第10話:到着
グリドラからすれば、大した人数ではなかった。
休日の人通りと比べれば、平日の昼間である現在の人口密度は決して多くはない。
雑多な感じこそすれ、通って歩ける空間は十分にあった。
下に視線を落とす。
左脇腹にある違和感の原因を確認する。
リゲルがベルトから手を離さないのだ。
街の入り口からこの調子、というよりも此処が街の入り口なのだが、先ほどから初めて見る人間の量に圧倒されて動けない様子だった。
口を開けたまま固まっている。
その手を払ってもまた元の位置に戻ってくるを繰り返してもう何度目だろう。
まるで迷子にならないよう親にしがみつく幼子のようだ。
これは繰り返すだけ無駄だと、ため息とともに諦めた。
建物が立ち並ぶ光景、道行く人々、混ざり会う様々なにおい。
全てがリゲルの脳に衝撃を与えショートさせていた。
「いい加減行くぞ」
返事もできないらしい。
操り人形のような強ばった頷きしか返ってこない。
肌寒いのでさっさと進むことにする。
グリドラの上着はリゲルに着せている。
フードも目深に被せてあるし、上着から出ている手足は適当な布で巻いて隠した。
かなり怪しい容姿になってしまったが、包帯を巻いた子供ぐらいにしか思われないだろう。
この辺りでは貧困層の人間は珍しくなく似た風体の輩は思いの外存在しているし、第一にカウムであることがバレさえしなければいい。
ハントにはマントを着せた。
街中を行くのにほぼ裸同然の格好ではいられないし、こちらもアンドロイドであることを隠さなくてはならない。
リゲルとは違い人間そっくりの見た目であるハントがアンドロイドだと気づかれる可能性は低いとは思うが、眼の肥えた連中が潜んでいるとも限らない。
念には念を入れても損はないだろう。
よってグリドラはノースリーブの肌着一枚なわけだが、体格のせいか違和感は不思議となかった。
「本が見つかっても見つからなくても、俺が戻ってくるまで大人しく中で待ってろ。絶対に人には近づくな。いいな、わかったか」
ハントはともかくリゲルの反応の薄さに一抹の不安を抱きながらも、グリドラは目的の建物に1匹と1体を押し込め足早に去っていった。
グリドラが居なくなってしまったので、無意識のうちに今度はハントの服を握る。
リゲル達が置き去りにされたのは、街の中央に位置する図書館の前だった。
周りと比べると2倍も3倍も大きな建物に、再び衝撃が走る。
どうしてこんなに大きな建物を造るのか、造ることができるのか。
――人間って怖い。
いろんな考えと感情が混ざり合って、状況があまり理解できていない。
図書館全体が巨大な怪物に思え、出入り口は獲物を呑みこむ口に見えた。
突如として襲ってきた不安からハントに身を寄せれば、そっと手を繋いでくれた。
無機質で綺麗な瞳の中に微かな優しさが見えた気がして、ほんの少しだけ落ち着いた。
グリドラが言っていたことを思い出す。
この建物の中には沢山の本が置いてあり、ここになら『エムのいた世界』もあるかもしれないと。
赤黒い建物に恐怖心は消えないけれど、中に入らなければ折角ここまで来た意味がなくなってしまう。
絵本の続きが、エムのその後が知りたくて地中から出たのだから。
「……行こう」
コクリとハントが頷いた。
今度はリゲルがハントの手を引きながら、図書館の中へと足を踏み入れた。
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