第9話:休憩

 手足らしい手足のない、不思議な生き物だった。

 きらきら輝く川の中にハントが立っている。

 両手にはそれぞれ1匹ずつ魚が握られており、何とか逃げようと力強く身をよじっている。

 ハントと言えば絶え間なく弧を描く銀色の身体に怯むでもなく、握力を緩める気配は無い。

「ハント、良くやった!」

 横では何故かグリドラがガッツポーズをしている。

 そんなに嬉しいことがあったのか、ここにきて初めて笑顔らしい笑顔を見た気がする。

 ――ミミズ……とは全然違うか。

 リゲルは必死でハントが握る生物に似た生き物を自分の記憶の中から引っ張り出そうとしていたが、ようやく出て来たのは手足がないという共通点だけのミミズで見たことのない水性生物に興味津々だった。

 背の低い植物が目立つ森の中にある川のほとりで1人と1匹と1体は今晩の食糧集めに勤しんでいた。

 あれから歩き続けようやく谷間の道を抜けたのは日が沈み始めた頃。

 アンドロイドのハントはともかくリゲルとグリドラはもうヘトヘトで、時間的にこれ以上の移動は無理と判断し、この辺りには人間を襲うような肉食動物が生息していないはずだから安全だと言うグリドラの言葉を信じ野宿する場所を探していた時、リゲルの耳が拾った川のせせらぎ。

 河原もあり焚火をするにも適しているとこの付近で野宿することが決定した後、ハントが何の前触れもなく川へ入り魚取りを始めたのだった。

 無表情で差し出される魚をおっかなびっくり受け取る。

 嗅いだことのない生臭さに眉間に皺が寄り、表面のヌメヌメが気持ち悪い。

 瞬きをしない大きな目は平面で、必死に口を開閉する姿は非常にグロテスクだった。

「うわっ」

 まだ元気が残っていたのかビチリと跳ねられ思わず落としてしまった。

 運よく河原の上だったので逃げられることはなかったが、少し怒りの混ざった声を出しながらグリドラが慌てて捕まえすぐさま魚の腹にナイフを差しこみ内臓を取り出す。

 血液と内臓があっという間に流されていく。

 腹が開いている以外見た目に大した違いはないのだが、リゲルは思わず目を背けその場を去った。

 数十分後、リゲルとグリドラはお互いの食事に目を見張ることとなる。

 見事な火が上がる焚火の横に立てられた魚が2匹。

 口から木の枝を生やし天を向いている。

 表面は斑に焦げ透明な油が滴る姿は、記憶の中の瑞々しいものとはかけ離れていた。

 対してリゲルが手にしている葉っぱで作った器の中には大小様々な虫がカサカサと音を立てながら逃げ道を探し回っていた。

「おぇ」

「うぇ」

 2人が声を漏らしたのは同時だった。

 相手がそれを食すのだと理解した瞬間の反応だった。

「死骸を食べるの?」

「生きた虫を食べるのか?」

 焚火を真ん中に向かいあい、お互いに問いかける。

 間に座ったハントはすっかり見慣れた体育座りで事の成り行きを見守っている。

「でも、種族が違うから仕方ないよね」

「危険な目に遭った仲だしな。大目に見てやるよ」

「腰抜かしてたくせに」

「動けなくなってただろ」

「穴掘ったじゃん」

「柵を落としたろ」

「……」

「……」

 2人は笑った。

 リゲルは子供らしく歯をむき出しにして。

 グリドラは静かに口角を上げる。

 昼間の1件のおかげで、お互いの心境に少なからず変化が生まれたらしい。

 虫の他にリゲルが採ってきた野いちごは1人と1匹と1体で仲良く分けた。

 グリドラはハントにも食べ物を分け与えるリゲルを止めはしなかった。

 会話は少ないが、穏やかな食事の時間だった。

 緩やかな空気の中、どこか満足そうにハントが頷いた。




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