第8話:強かな生物

 リゲルは人間と言う生き物が今ひとつ理解しきれていなかった。

 さっきまで自分達を殺そうとしていたジャッカル。

 今は無残にも柵の下敷きになり串刺しになっている。

 息絶えたジャッカルを眺めるも、この現状に現実味を感じていなかった。

 本当に死ぬのだと思った。

 しかし、ハントがジャッカルに蹴りを入れた時、リゲルの中で何かが動いた。

 それは勇気だとか闘争心だとかの立派なものではなかったが、絶対に勝てないと思っている相手が一度でも痛い目に遭っているのを見てしまうと確証のない自信が時として生まれることがある。

 ハントの一撃だけでなくグリドラの言っていた罠を見つけたのもそんな高揚をさらに引き立てる要因となった。

 急に身体が軽くなった気がした。

 倒せると思った。

 思ってしまえば簡単なことで、グリドラの腕から抜けだしたリゲルは猛スピードで地面に潜り穴を掘り進め、柵が落ちるであろう手前に穴を掘った。

 地上からではわからない、ギリギリのライン。

 思った通り、グリドラしか意識していなかったジャッカルは見事に落とし穴に足を取られる形となり罠の餌食になったのだ。

 そこからだった。

 リゲルが不思議に思ったのは。

 さっきまで腰を抜かしていたグリドラは暫くの間放心したまま動かなかったのだが、ジャッカルが息絶えたと理解した瞬間、おもむろに柵を動かし始めたのだ。

「何やってるの!?」

「……何って、勿体ないだろう」

「何が!?」

「毛皮に決まってるだろうが」

 グリドラの突然の奇行に、もしかするとジャッカルに追われていた時よりも混乱したかもしれない。

 ジャッカルの肉体から柵を抜くとせき止められていた血液がゴプリと流れ出し、瞬時に鉄臭さが鼻につく。

 そこからはもう、信じられない光景が繰り広げられた。

 グリドラは腰のナイフを使ってジャッカルの毛皮を剥がし始めたのだ。

 慣れているのか動作は実にスムーズで差して時間もかからずことは終わった。

 着ていたマントで毛皮を包み背負うグリドラに軽蔑の眼差しを送るも本人は全く気にしていない。

 後に残ったのはピンク色の肉の塊だけ。

 喉元まで熱い液体がせり上がってきたので慌てて視線を外す。

「頭おかしいんじゃないの?」

「どこが。ジャッカルの毛皮なんて高値で取引されているものを放っておくほうがおかしいだろ。生きるためには金がいる。金になるなら大抵のものは利用する。それが例え傷物だったとしてもな」

「……肉は?」

「肉食動物の肉はあまり金にならない。肉を売るなら草食動物かせめて雑食だな。正直無価値ってわけでもないからもったいないとは思うが、あの質量を運んで街まで歩くのは無理があり過ぎる。そこのアンドロイドが働いてくれればいいったって、あんなんじゃあ期待もできないしな」

 先ほどから空中のあらぬ方向を凝視しているハントのことを差してるのは明らかで、余計に胸の悪さが増した気がした。

 ――さっきまで怯えて逃げてたくせに。

 人このことは言えないけれど、それを抜きにしてもグリドラの変わりようには驚きを通り越して呆れてしまう。

 人間とは、こうも強かな生物なのだろうか。

 他の生物に利益を感じたことのないリゲルにとってグリドラの行動は到底理解できるものではなかった。


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