第7話【疑心暗鬼】

10月10日。


私が父親の元へ辿り着いた時、なぜかそこにはパトカーが数台停まっていて、現場保持のための黄色いテープが引かれていた。


何かあったのかな?


「すみません、この騒ぎは一体……?」


私は野次馬の中にいた、恰幅の良いおばさんに声を掛けた。


「なんかね、夫婦喧嘩から殺人事件に発展したらしいのよ」


「えっ? 殺人事件?」


「何でも、ここの旦那さん結構女遊びが酷かったみたいで、我慢できなくなった奥さんが、店にあった包丁で刺し殺したんですって」


そんな……まさか……。


長年憎んで来た相手の、呆気ない死。


私はその場に崩れ落ちそうになる自分のカラダを、2本の脚で必死に支えていた。


どうして、私が事を起こそうとした当日に父親が殺されたの?


この日の為にしてきたことは、全て無駄だったっていうの?


朦朧とする意識の中で、私はその答えを繰り返し考えていた。


しばらくすると、お店の中からスーツ姿の2人の刑事が出て来た。


1人は若い男、もう1人は30代くらいの女。


店の中は、どうなっているんだろう?


アイツは、どんな表情で息絶えたの?


被害者の娘という立場を利用して、事件の詳細を聞くために2人へ詰め寄りたかったけど、私の足は1歩も踏み出すことができなかった。


鉛のように重いカラダ。


ため息をつきながら、カバンへ視線を移す。


この中には、アイツを殺すために用意した刃物が入ってる。


矛先を失った復讐の刃は、今後どこへ向ければ良いんだろう……。


雨に打たれながら、私は生気を吸われたように立ち尽くしていた。


「大丈夫……?」


隣にいたおばさんに声をかけられて、ようやく私は我に返った。


「もしかしてあなた、ここのご夫婦とお知り合い?」


「いっ、いえ。偶々通り掛かったらすごい人だかりができていたので……失礼します」


傘もささずにいる自分に周囲の人々が怪訝な眼差しを送る中、私はその場を離れて、おぼつかない足取りで自宅へ戻った。


「ユリ!?」


アパートのドアを開けた途端、部屋で待っていたヤスヒトが慌てて駆け寄って来た。


「復讐は、果たせなかった……」


「えっ?」


「アイツ、再婚相手の女に殺されたって……」


私がそう呟くと、ヤスヒトは一瞬驚いたように目を見開いたけど、すぐに落ち着きを取り戻して、私を優しく抱きしめた。


「そうか……。とにかくキミが無事で良かった。このままじゃ、風邪をひく。一先ず風呂に入って温まっておいで。話はそれからにしよう」


「……うん」


お母さんが亡くなったとき、あれほど自分を復讐へ駆り立てたヤスヒトとは別人のようだった。


まるで復讐が果たされなかったことを安堵するかのような彼の態度に、私は微かな違和感を覚えた。


シャワーを浴びて着替えた後、事件現場で見聞きしたことを話し終えると、私の頭は少しずつ冷静さを取り戻していった。


諸悪の根源である父親が死んでしまった以上、もう私の復讐劇は終わりを告げた。


それはどう足掻いても、変わらない事実。


それならせめて、自分と母親が苦しんでいた傍らで、再婚相手の女と共に父親と暮らしてきた弟から、どんな生活を送っていたのか直接話を聞きたいと思った。


結果として、殺人事件が起きてしまった家庭で育った弟。


もしかしたら彼も、女にだらしのない父親に対する憎しみや嫌悪感を持っているのかもしれない。


別に同情してほしいわけでも、共感してほしいわけでもない。


ただ、2年ほど前のアーヴァン探偵事務所からの調査結果でしか知らない現実を、自分の目で確かめて、決着をつけたかった。


「なるほどね……。ところで、弟の居場所、知ってるの?」


それまで黙って私の話を聞いていたヤスヒトが、急に口を開いた。


「えっ、あの家に両親と一緒に住んでるはずだけど……」


「いや、弟はもうあそこには居ないよ」


「ウソ、どういうこと?」


「ユリが復讐を心に決めた日から、ずっと何かで役に立ちたいと考えてた。だから、僕はキミの父親だけじゃなく、母親と弟の動きも探っていたんだ」


ヤスヒトの告白に、私は思わず言葉を詰まらせた。


憎しみに捉われていた自分は、父親のことしか頭に無かった。


アイツの行動パターンは把握していたとはいえ、実行する時に家族の存在が復讐の妨げになる可能性は十分あったはず。


それなのに、蓋を開けてみれば杜撰ずさんな復讐計画だったことに、自分でも呆れてしまう。


どうして今まで、そういうことを考えていなかったんだろう。


私はまるで、何かに思考を操られていたような気分に襲われた。


「まあ、そんなことを言っても実際彼らを調べていたのは僕じゃないんだけどね」


焦りの色を浮かべる私をよそに、ヤスヒトは財布の中から1枚の紙切れを取り出した。


2つ折りのそれを開くと中には、Venusという店名と所在地が書かれている。


「池袋にあるお店……?」


「ああ、このホストクラブにカズっていう男がいる。そいつが、キミの弟だ」


弟に関する具体的な情報を一体どこから入手したんだろう?


疑問に思ったけど、多分それを聞いたところでヤスヒトは教えてはくれないんだろうな。


「高校を卒業してすぐに家を出て、ホストになったらしい。それ以来、実家には戻ってないって話だよ」


「そっか……。ありがとう」


受け取った情報を元に、私は早速お店のホームページにアクセスした。


そこに載っていた弟の姿は、ホストにしては珍しい、黒の短髪で爽やかな青年だった。


2年前の写真と比べると、やや父親に顔が似て来た印象を受ける。


私は事件が落ち着きをみせた頃を見計らって、弟に会いに行くことにした。



事件から2週間が経った、10月24日。


平日を狙って私が初めて訪れたホストクラブは、白を基調とした明るいお店だった。


「いらっしゃいませ!」


エレベーターから降りるなり、活気のある男たちの声がフロアに響き渡る。


ソファー席に案内された私は、No.1のカズを指名した。


けれどこの日は初回だったこともあって、彼が自分の席に着くまでしばらく時間がかかった。


「お待たせして申し訳ありません」


30分ほど待ったところで、姿を見せたのは写真で見た通りの爽やかな青年。


鬱陶しい髪型をしたホストが多い中で清潔感のある彼は、少し異質な存在に感じられた。


「ユリさんはこういうお店、初めてですか?」


「はい……」


お酒を作りながら気さくに話しかけてくる彼に適当に相槌を打つと、私は唐突に本題へ切り替える。


中村なかむら 一樹いつきさん。私は今日、あなたに会うためにここへ来たんです」


「どうして俺の本名を……?」


目の前に居る弟は私の言葉に手を止め、明らかに動揺していた。


「実は私、あなたの腹違いの姉なんです」


「腹違い? 親父の再婚前の……?」


「はい。突然お店まで押しかけて、ごめんなさい。でも、どうしてもあなたと一度、直接話がしたくて」


「……何で、今更?」


イツキの問いに、私はどう答えるか一瞬迷った。


逮捕された再婚相手の女が事件の翌日、大塚警察署の留置所で突然死したことは、ニュースで知っていた。


確か原因になった病名は、大動脈解離。


もしかしたら彼は両親を亡くした自分に、私が金銭的な下心を持って近づいて来たと思っているのかもしれない。


だけど、相手がどんなに警戒していようと、今私が知りたいことはただ1つ。


「私と母を捨てた父がその後、弟や再婚相手の女性とどんな生活を送っているのか。そのことは、ずっと前から気になってました。でも、まさか殺人事件が起こってしまうなんて、思ってもみなくて……。もし、よろしければ父はどんな人だったのか教えて頂けないでしょうか?」


「親父について……。それなら、わざわざこんなところまで来なくても、自分の母親に聞けばいいじゃないですか」


「そうしたいのは山々ですが……。母は私が高校3年生の春、心筋梗塞で亡くなりました」


イツキは面倒事はごめんだと言わんばかりに、語気を強めたけど、小さな声で呟いた私を見るとバツの悪そうな顔をした。


「あっ、すみません。そうとは知らず、失礼なことを……」


「いえ、突然押しかけられたら誰だって迷惑ですよね」


「うーん……そうだなぁ。あまり店ではプライベートなことは話せないし、明日の昼過ぎとかは、ご都合いかがですか?」


「えっ?」


「夜は店に出なきゃならないので、もし夕方まででよければ時間作りますけど……」


そう言ってイツキが差し出して来た名刺には、携帯の番号が書かれている。


「ありがとうございます」


私はすぐさまスマホをタップして彼の携帯にワンコールした。


「じゃあ、この番号を登録しておきますね。明日、午後3時に池袋駅西口で待ち合わせでどうですか?」


「ありがとうございます。宜しくお願いします」


私はイツキと約束をして店を後にした。



翌日。待ち合わせ時間より10分くらい早く西口に到着すると、すでにイツキが待っていた。


「お待たせして、すみません」


「いえ、俺もさっき来たところです。お店なんですけど、ここから少し歩いたところに、オススメのカフェがあるので、そこでもいいですか?」


「はい……」


ホストっていう仕事柄、池袋のお店にはかなり詳しいのかな。


イツキに案内されるまま7~8分歩き、到着したカフェはウッド調の内装がおしゃれで、とても静かな空間だった。


大通りから外れているせいか、店内は比較的空いている。


私とイツキは一番右奥の壁側の席に腰掛け、アメリカンコーヒーを2つ注文した。


「昨日は失礼しました。まさか、あんな形で腹違いの姉と再会するなんて思ってもみなかったので」


「いいえ。私の方こそ驚かせてしまって、ごめんなさい」


向かい合った私たちは、改めて頭を下げる。


「実は俺、親父に再婚前にも子供がいたって、中学を卒業するまで知らなかったんです。ユリさんは親父と一緒に過ごした記憶って、全くないんですか?」


「はい。私が生まれてすぐ両親は離婚してしまったので……」


「そうだったんですね。俺はその頃の詳しいことは、両親から何も聞いていなくて」


多分イツキは、ウソはついてない。


だとすれば、彼の母親が私の母親と高校時代の同級生だってことも、父親の浮気相手だったことも知らないはずだ。


まあ自分の息子に、わざわざ自身の過ちを話す母親もいないか……。


店員がアメリカンコーヒーを2つ運んで来たところで、私は一番知りたかったことを問い掛けた。


「イツキさんから見た、父ってどんな人だったんですか?」


口を開きかけたイツキが、一度間を置くようにカップへ右手を伸ばす。


「うーん。一言で説明するなら……冷たい人間……かな?」


そう答えてからコーヒーを一口飲んだ彼の瞳は、父親に対する嫌悪感を前面に出していた。


「親父はね、一度手に入れた存在に、興味はないんです。それは女であれ、物であれ変わらない。だから、俺も母さんも親父の視界には入っていなかった」


「虐待とか、されていたの……?」


「いいえ、俺たちに手を上げることはなかったです。暴力とか怒りとかって、要は相手に対する期待や関心が強すぎる現れだと俺は思うんです。いつも新しい女や、物を欲しがっている親父には、そんな感情すらなかったんじゃないですかね」


「だから、イツキさんはあの家を出てホストに?」


「はい。あの家庭は既に崩壊していたし、ホストなら金を稼ぎながら、住むところにも困らないと思って……。それに、母さんが親父を刺殺したって聞いた時も、あまり驚きはなかったんです。むしろ、あれ程人から憎しみを買う性格で、今までよく無事に生きてきたなっていう気持ちの方が大きかったんですよ」


そう話すイツキの声は淡々としていて、彼自身も父親に対して無関心なことが、私には手に取るようにわかった。


「あの……もし、ユリさんがご迷惑じゃなければ、また時々こうして会えますか?」


「えっ?」


「俺、両親のことはあまり好きじゃなかったし、今まで家庭のこととか自分のことって、人に話したことがなくて……。それにユリさんがどんな生活を送っていたのかも、知りたいんです」


「ありがとうございます。そう言って貰えると私も嬉しい。ぜひ、時間のある際は連絡してください」


「良かった……」


明るい私の返事に、イツキは屈託のない笑顔を見せた。


世の中に腹違いの姉弟っていうのは、一体どれくらいいるんだろう?


私たちのように運良く顔を合わせて、お互いを知ることができたケースは、稀なのかもしれない。


私はふとそんなことを思いながら、改めて過去と向き合う覚悟を決めた。


それからしばらくして、私はもう一度父親が殺された現場へ足を運んだ。


あれほど復讐に囚われていた心が次第に薄れていく一方で、得体の知れない何かがずっと頭の片隅に引っかかっていたから。


ここに来ればすべての決着がつけられると思っていたんだけど、どうやらそう上手くはいかないらしい。


「あの、失礼ですが……」


不意に掛けられた声に振り向くと、そこには警察手帳を持った女性が立っていた。


大塚警察署刑事課強行犯係の赤城あかぎ 陽子ようこ……彼女は私が中村隆司の娘であることを知って、過去についても色々と調べていたらしい。


正直、そんなことはどうでもよかったけれど、自分があの日現場にいたことを見られていたのは予想外だった。


そして、刑事さんの口からは続けて信じられない言葉が飛び出した。


「実は今回の事件の犯人である中村早苗の知人には、銀髪の若い男性がいたそうなんですが心当たりはありませんか?」


銀髪の若い男性……?


きっとそれって、ヤスヒトのことだよね?


刑事さんがそれを聞くってことは、まさかヤスヒトと私の関係も知ってるの?


私は彼女に動揺を悟られないように、シラを切り、早々にその場を離れた。


自宅へ戻る途中、刑事さんの言葉を思い返すと、不可解な点が少しずつ繋がっていく感覚がした。


高校3年生の春、お母さんが心筋梗塞で突然死したことをきっかけに、ヤスヒトに衝き動かされて、父親へ対する復讐心に支配されたこと。


そして、いざ決行しようとした日にアイツは殺され、更には罪を犯した再婚相手までもが死んだこと。


確証なんてない。


だけど、こんなに都合よく復讐対象が次々と命を落としたことが、単なる偶然とはとても思えない。


ヤスヒトが私の動きをコントロールしながら、再婚相手に接触して、彼女にも何かを仕掛けたんじゃないか。


そんな考えが突如私の頭に浮かんだ。


もしこの仮説が真実に近いものなら、ヤスヒトは暗躍して、私の復讐を妨害したことになる。


けしかけたのは彼なのに、どうして?


一体、何のために……?


グルグルと思考を巡らせながら歩みを進める私の心拍数は、急激に上昇していた。


「ただいま……」


「あっ、おかえり」


部屋に戻るとヤスヒトは台所に立って、お昼ご飯の支度をしていた。


高校を卒業してから同棲を始めて、約1年半。


家庭的な彼は私にとって裏切ることのない協力者であると同時に、今は大切な人でもある。


それなのに、どうして……?


本当のことを知りたい気持ちが半分、一方で本当のことを知るのが怖い。


「ねぇ、ヤスヒト。あなたが私の復讐の邪魔をしたの?」


私は喉から絞り出すように、その問いを口にした。


野菜を切る度に、包丁の奏でていた規則正しい音が止まる。


「帰ってきた途端、どうしたんだ?」


唐突に投げかけられた言葉にヤスヒトは包丁を置いて苦笑し、私の方へ向き直った。


そんな顔を私に向けないで……。


「私には内緒で、中村早苗に接触していたんでしょ?」


「ちょっと待ってくれ。なんだよ、いきなり……」


「あの事件を担当していた、赤城って刑事さんから聞いたの。中村早苗の知人には、銀髪の若い男がいたって……。それって、ヤスヒトのことだよね?」


まっすぐ見つめる私の視線に反応するかのように、ヤスヒトの表情が次第に不敵な笑みへと変わっていく。


「そっか、刑事が僕の情報を掴んでいたのは意外だったな。あの女、取調べ中に喋ったのか。余計なことを……」


「まさか、本当にヤスヒトが……?」


「ああ。ユリの父親を殺すように、あの女をけしかけたのは、僕だ。あの女は、堕とし易かったよ……。お陰で簡単に、キミの復讐を止めることができた」


疑念が確信に変わってしまったその言葉に、私の呼吸は乱れていく。


「勘違いしないでくれよ。僕が暗躍していたのは全て、ユリのためだったんだから」


「どういうこと……?」


「あの日、実際に父親と対面していたとして、本当にキミは躊躇うことなく彼を殺すことができたと思っているのか?」


「当たり前でしょ。そのために、ずっと動いてきたんだから」


この返答にヤスヒトは、狂気に満ちた笑い声を上げた。


「あははは! 迷わず、即答か。やっぱりアイツらは、僕が殺して正解だった」


いつもとは全く違うヤスヒトに動揺しながらも、私は彼をまっすぐ見つめ続けた。


「父親を殺して復讐を果たせば、ユリの憎しみは消えてしまう。そんなことをしたら、狂気を纏う美しいキミがいなくなってしまうじゃないか……。僕は、憎しみと殺意に満ちたキミが一番好きなんだよ。ユリだって、美しいままでいたいだろう?」


そんな理由で……?


狂ってる……!


私が数歩後ずさったところで、ヤスヒトは包丁を手に取り、突然自分の左手の甲を切りつけた。


「ちょっと、何して……!?」


切り開かれた傷口から次々と溢れてくる血液を舌先で舐めると、ヤスヒトは私に近付いて強引に唇を重ねた。


隙間から捻じ込まれ、絡められた舌に、血の味が広がっていく。


イヤ……放して!


ヤスヒトを突き飛ばそうとする意思に反して、力の入らない自分の両腕。


更に心臓は強く拍動して、血液が全身を巡るのと同時に、何かに侵食されていく感覚に襲われる。


「おめでとう……。遂にこれでキミは憎しみと殺意に駆られる、僕の美しいパートナーになった」


唇を離したヤスヒトが呟くと、彼以外の目に映るもの全てがモノクロに変化した。


何、これ……。


額にうっすらと滲んだ私の汗を指で拭って、ヤスヒトは口を開く。


「さて、ここで1つ質問をしよう。殺人を犯す人間と、そうでない人間。その違いって、何だと思う?」


「突然、何言って……」


「いいから、答えて」


「……狂っているか、否か」


しばしの沈黙の後、私の出した答えに、ヤスヒトは汗のついた指先を舐めながら笑った。


「なるほど、ユリはそう思うのか……。でもね、僕は自分の本能に従順か否かだと思うんだ」


「本能……?」


「ああ。人間は本来、どんなモノも殺せる生き物のはずなんだ。実際、食用の動物や魚、鬱陶しい虫を殺すときは何とも思わない人間が大半だろ?

それなのに、なぜ同種を殺すことだけは、躊躇うのか。邪魔だと思うのなら、排除すればいい。それを抑え込むかのように被っている仮面を、僕は剥がした。本能の赴くままに行動したとき、人はどんな姿を見せるのか興味があったからね……。結果、中村早苗はキミの父親を殺したわけさ。そして、その裁きを受けるかの如く、留置所で突然死した」


ヤスヒトの言葉に耳を傾けている間も、心臓の煩さは増していく。


モノクロだった視界が徐々に色彩を取り戻すのと同調するように、私の中にヤスヒトへ対する憎悪と殺意が湧き上がった。


「さて、そろそろ良いかな。ねぇ、ユリ。今、どんな気分?」


「……復讐の邪魔をしたヤスヒトを殺したい程憎んでる自分と、ヤスヒトを愛おしく思う自分がせめぎ合ってる」


「いいね。まさに、愛と憎しみは表裏一体っていうわけだ。キミにはいずれ、全ての真実を伝えよう……」


そう言って私の右頬を撫でる彼の左手は、 出血も止まり、傷口もすでに塞がっていた。

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