第8話 山田さん
私はお穣様たちからの白い視線あるいは無視にも負けず、校門前で勧誘のビラ配りを続けた。ここで折れたら頑張って早起きした意味がないもん! でも、ビラ配り開始を始めて1時間、だーれもビラを受け取ってくれない……。なんなの!? 受け取るくらい受け取ってくれても良いじゃん!? 私が冷たい花の峯女子学園の生徒に不満を持っていると声をかけてくれた生徒がひとり。私のクラスで席が後ろの……名前なんだったっけ? とにかくクラスでの自己紹介のときに私に硬式野球部がないことを教えてくれた子だ。
「も、桃井さん、ダメだよ……!」
「何がダメなの?」
「部員勧誘は決まった時間と場所でしかやっちゃいけないんだよ……!」
「えっ!? そ、そうなの!?」
「そうだよ……! この学園、ルールには厳しいから怒られちゃうよ!?」
まさかの真実に戸惑う私に近寄る黒い影……。
「そこのあなた、何をやってるのかしら……?」
そこにいたのは入学式のときにも大声を出した時に注意された黒ぶち眼鏡をかけた生活指導担当っぽい女性の先生だった……。
「……どうやら部活の勧誘をしていたみたいね? 勧誘は指定された時間・場所でしかやってはいけないことになっています。すぐに指導室に来るように!」
その先生は私よりも身長は低いのに凄い力で私の首根っこを掴むと引っ張って指導室に連れ込んだ。その後は授業開始ギリギリまでこっぴどく怒られた。花の峯女子生徒としてあるべき姿や校則のこと、色々指導されたけどいっぺんにたくさん言われても頭に入らないよ!
お叱りから解放された私はクラスの机で突っ伏していた。
「桃井さん、大丈夫?」
声をかけてくれたのは、私の席の後ろの子、そう名前思い出した。
「こっぴどく叱られちゃったよ。でも大丈夫。ありがとう、山田さん」
「え、あの……、私山中……」
「よーし、授業を始めるぞぉ。席に付け」
山田さんは何か言おうとしてたみたいだけど、先生の声にかき消されちゃった。後で聞いてあげよっと。ああ、早起きしたら疲れちゃった……。一限目は古典かぁ。寝ちゃいそう。
案の定、私は一限目から夢に旅だった。その後休憩時間に職員室に呼び出されたのは言うまでもない……よね?
……ビラ配りは失敗したけど、まだ野球部創部の道が断たれたわけじゃない。あの黒ぶち眼鏡先生は怒ってるときに教えてくれたんだ。ビラ配りや校庭で勧誘をやるのはダメだけど、個人的に誘うのは問題ないって! ようはおおっぴらにやるのはダメだけど声かけは問題ないってことだね。校則やら品格やらのことは忘れたけど、それだけはちゃんと覚えた。ならやることは変わんないね。入ってくれそうな人に声掛けまくるんだ! まずは後ろの席の山田さんだよね。昼休みに入った私は声をかける。
「ねえ、山田さん!」
「え、あの、私山な……」
「野球部に入ってくれない!?」
「え? や、野球? ごめんね、私もう放送部に入っちゃったの……」
なんてことだろう。山田さんはもう放送部なんだ。でも仕方ないよねこればっかりは……。
「山田さん、もし私が甲子園に出たらその時は学校中に放送してね」
「え? 女子野球部って甲子園でやるの? あ、あと私は山な……」
「あ、私食堂に行かなきゃ! 今日お弁当わすれちゃったんだ! ごめんね、山田さん!」
私は山田さんを置いてクラスを走り出た。ごめんね、山田さん! 今度一緒にご飯食べよう!
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