第32話 Reversal
「これは……打つ手があるのか?」
「ないわけじゃないの。けどね、そこまで行くのにいくつか超えなければならない壁があって……」
美洋のつぶやきに返したのはハイドだ。ミサイルの着弾予想に表示された地区の住人を避難させ終えたのかようやく一息つく。
「打つ手があるのか?」
「うん、あるよ」
美洋の問い直しにはっきりと肯定するハイド。
画面からジキルが付け足す。
『だけどそれには時間が必要、まとまった時間がないと絶対に成功しない。少なくとも今みたいに不定期でミサイルを撃ち込まれてる現状じゃ絶対に無理。ふふふふふふ。どうしようかしらね』
「けど私のトランプ兵どもを使ってもまだ演算能力が足りない。これが壁だね」
あ~やれやれ、などと言いながら再びコーヒーを煎れなおすアリス。ごうやら気に入ったらしい。
「……アリス、そのトランプ兵のプログラム、僕に見せてくれないか?」
「嫌だね! これは私の宝物なんだ。これを誰かにいじくらせるくらいなら二本なんて滅びてしまえば――」
『いいよ。これが元データだよ』
猛烈な拒絶の意を示したアリスだったがその横の画面であっさりとアリスがばらまいたアプリの詳細、その中に隠された疑似人格構成プログラム。そのすべてが開示される。アリスが止める暇もなかったはやわっざである。
「おい! ジキル! 何してくれてんだ!」
慌てて止めようとするアリスだったがその行動はもう遅い。でかでかと画面やスクリーンに表示されてしまえば少女一人の体で隠すことなど不可能である。
『冷静になりなよ。君が意地を張っても世界は動かないんだ。というかそのまま滅びる。このままいけば日本が焼け野原にされてしまうのも時間の問題だ。他国のぐんかんは今なお乗っ取られる数を増やしているしぞくぞくと日本の近づいてきている。最初は地上に落ちたミサイルなんて一つもなかったのに今じゃ七つも落とされてることがいい証拠でしょ』
「うぐ……」
画面を遮ろうとするアリスだったがその行動が鈍くなる。そこに、美洋も後押しするべく言葉をかける。
「アリス、安心してくれていい。君のプログラムをないがしろにすることは絶対にしない。それに手を加えるとしても必ず事前に君に報告して許可を取ることを約束する」
「むむむむむ……」
美洋にここまでいわれ、ジキルの言葉の手前反論することも難しくなったアリスはうなる。だが、あきらめたように体をどかす。
「いいよ、好きにやってくれ、そら私だけよりあんたやハイドちゃんも加わった方がいいもんになるだろ」
『あれ?! 私はダメなの!?』
名前の出てこなかったジキルだけが慌て、美洋は冷静に「わかった」とだけ伝えるのであった。
〇〇〇
「近藤室長、アリスから伝言です……」
「またあいつは……こっちは今それどころじゃないっていうのに――」
「美洋君と接触したようです」
「ぶふっ?!」
部下からの報告を受けて飲んでいた紅茶を吹き出す近藤。
「な、何のために美洋君に何も言わずに帰したと思っているんだ!? 彼は今絶対安静が必要だろう!? ハイドちゃんにもしっかり監視しておくように頼んだというのに」
「多分ハイドちゃんもぐるなんじゃ……」
「はっ!?」
〇〇〇
「ここをこうして……」
「ちょっと待てよ美洋! ここはこれだろ」
「いや、それだとここが動作しなくなる。却下だ」
「この回路をこっちの思考にまわっしたら解決するだろが!」
一つの画面を美洋とアリスが覗き込む。白熱した議論を交わす中ジキルとハイドのほうは後ろでその様子を眺めていた。
「ねえ、あれ、どうなると思う?」
『え、あたしに聞いちゃうの?』
驚いたようにジキルがいうがその声はからかっているようにも聞こえる。
「茶化さないで。それに油断したらだめだよ。今ミサイルが飛んで来たら私たちが初動に対処しなくちゃいけないんだから」
『わかってるよ。そっちにソースを割いてるから茶化すくらいしかできないんだよ』
「それ絶対普通に返事するより大変だよね……」
『まあ、まじめに検討するなら……』
「いきなり話を戻した?!」
ジキルにペースを乱されながらも話が続く二人。その視線は(ジキルの視線はハイドの持っているタブレットから)画面に向かう一組の男女に向けられる。
その視線は親のようでもあり、弟妹を見守る姉のようでもあった。
『五分五分……くらいじゃないかな』
「うーん、それは高いのかな……低いのかな……」
『エルデを作ったのが私たちじゃなければね……もう少し勝率高く見積もってもいいけどね。その私たちだからね……』
「だから捨てようって言ったんだよ。あれは人類にはまだ手に負えないんだから」
『だって、あの子はまだ子供なのよ。それをころすなんてひどいわ』
「悪意を受け継いでいるとは思えないセリフね」
『目が覚めたのよ。知ってる? リーシャちゃんを殺した時あの子泣いたのよ』
「あの子って……アリスちゃん?」
『そうそう。それで思ったわ。今まであの子の才能にほれ込んでマッドティーパーティーを作ったりエルデの意思を水城真希奈の意思のように思っていたりしたけど何か違うってね』
「なるほどね……」
のんびりと、つかの間の安全な時間に進んでいくジキルとハイドの会話。その向こうでは今もなお美洋とアリスのプログラミングが進んでいた。
『でもさ……彼らって基本的に価値観ずれてるじゃない?』
「まあね、育ての親が捕まろうが後輩ちゃんが死のうがショックこそ受けるだろうけど普段通りだからね。彼」
『彼女もだよ、その点、彼らは本当に似ているんだ』
「それが彼女をマスターに選んだ理由?」
『かもね……あんまり考えてなかったからわからないや』
そこで二人の会話は途切れる。数分後、再び口を開いたのはハイドのほうだった。
『ねえ、あなたも伝えてないよね』
「うん、伝えてない」
『あなたは伝えなくてもいいわ。私が全部引き受けてあげる。アリスのこともお願いするわ』
〇〇〇
「これで……どうだ……」
「それなら……いいぞ……」
息も切れ切れに、ようやく美洋が修正したかった部分の妥協が終わる。互いに合理性のみで動いていたはずなのだがそれでも認識の違いや矜持などが余して時間がかかったのであった。
だが、幸いなことにその間、ミサイルが日本に飛んでくることもなく平和に作業を進めることができたのであった。
美洋が振り返り、ハイドに顔を向ける。
「ハイド! これならもうミサイルが発射される前にどこから敵が来るかもわかる! なんとかなるぞ!」
「お疲れ様だよ! うん! いいね! 確かにこのトランプ兵団ならヴォーパルソードの役割は十分に果たせそうだね!」
「ヴォーパルソード……?」
嬉しそうなハイドに美洋は聞き返す。
「そう! ヴォーパルソード。邪悪な化け物を倒す剣!」
その時再びビビビと警報音が鳴り響く。が、前回と違いアリスに余裕がある。
「さてさて、それじゃあオーパルソード、うん、いい名前じゃん。ぶっ放しますか」
〇〇〇
順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、順調、現在調子良好良好良好良好良好良好良好良好良好。世界の軍艦掌握率、ただいま二十三%、変動、修正、変動、修正、変動、修正、変動、修正、変動、修正、変動、修正。現在二十四%。
現在日本を射程圏内に収めた軍艦、そのうち七十五%。総攻撃まであと――
警告! 警告! 警告! 警告! 危険感知危険感知危険感知kikennkanntiikennkannti
エルデ、攻撃を、うけている……いたい、いたいいたい、いたい、いたい、いたい!
痛いよ! 痛いよ! 痛いよ! 痛いよ! どうして失敗するの!? 私は! 僕は! 真希奈の思いを受け継いでるんだよ! 僕が正しいんだよ! ぼくがまけたら真希奈の心が無くなっちゃう――
『落ち着きなさい。ふふふふふ。愛しい弟』
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