第31話 Inside story

「なんでここで……姉さんの名前が……」

『なんでってそれは水城真希奈が今回の、いや、これまでのマッドティーパーティー関連の事件、そのすべてにおいてその渦中にいたからだ』


 『水城真希奈の復讐』、それを聞いた美洋は耳を疑う。


「水城真希奈の名誉のために言わせてもらうけど彼女がマッドティーパーティ―の黒幕とかではないからね!」


 あわてて口を挟むハイド。彼女の復讐と言われ彼女が主犯格のように言われたのが気に障ったのだろう。

 だが、


「なんで……ハイドがそのことを知っているんだ。僕が気を失っている間に」

「それは……」

「はいはいはいはい、ハイドちゃんをいじめない、そこの美青年。彼女だっていろいろ苦悩してたんだから」


 割って入るのはアリス。飲み終わったコーヒーを新たに煎れ直しもとの椅子に座る。


『はいは~い、そこもいまから説明するからおとなしく聞いててね~』


 画面の中からジキルが手を振る。


『まず、美洋君、君に知らされていなかったこと、ハイドの製作者についてだ。君、傍目に見ていてどうおもった?』

「どうって……」

『明らかに、文明レベルが違う、とかそういうこと、思わなかった?』



 言われて美洋は黙る。黙るしかない。一番近くにいた彼がそのことに気が付かないはずがないのだから。

 ジキルの説明が続く。


『まあ? 国も? ピノキオとか作ってたみたいだけど? 明らかにその中身のレベルが違うのよね。セキュリティー、感情の豊富さ、柔軟な判断能力、まさしく、一個の人間としてそこにいるハイドは動いている』


 私も体ができてたら同じ存在になれたんだけどね~、と言葉を続ける。


「なんで、君には体がないんだ?」


 最後の言葉に美洋は尋ねる。なにか嫌な、確信めいた感情を感じながら。


「単純なことだ、製作者が……水城真希奈が死んだからだ」


〇〇〇


「姉さんが……製作者?」

「そうだとも、そしてそれが今の【エルデ】の暴走とも関連する」


 やはり……というか、そうだったのか……という感情がごちゃ混ぜになった気持ちになりながら美洋は新たな事実を次々と知っていく。


「水城真希奈の死因は銃殺。これに関しては研究所にもカメラの記録が残っていたし警察の方でも検死の結果はそう書かれていた。間違いない」


 アリスがコーヒーに砂糖を入れ、くるくるとかき混ぜながらする説明を見ようは黙って聞く。


「そしてだ、その当時彼女が開発していたのはジキルの体だ。もっとも今から製作開始、というところで死んだから設計図すら作られていないけどね。あ、ちなみに襲撃犯は某国のテロリストだ。そしてすでに消滅した」

『私はナイスボディにしてって頼んでおいたんだよ~。それを邪魔するやつなんて皆滅んじゃえばいいんだよ』


 残念そうに、残酷な内容が画面から声が聞こえる。


「消したのか」

「消したよ。私はハイドに拾ってもらったことも含めていろいろと恩を受け取っているからね、彼女の敵だというのならば私の敵だ。一人たりとも逃がしはしていない」

「そうか……」


 自分の知らないところで姉の死に関する事件が一つ片付いていたことに若干、思うところはあった。


「君が知らなかったのも、実行犯の情報にたどり着けなかったことも仕方がない、君が全部隠していたんだろう? ハイドちゃん」

「なんだって?」


 その言葉には驚かざるを得ない。美洋だって、【姉の遺産】を探す、ということをしながら、同時に姉を殺した犯人を追い続けていたのだ。当然だろう、たった一人の姉を殺した犯人だ。憎まないはずがない。


 だが、どんなアプローチをかけてもどんな情報網を張っても美洋がその姉を殺した犯人にたどり着くことはなかった。


 それも当然だ。なにせ美洋のすぐそばで情報を操作している優秀なハイドがいれば犯人に関する情報など隠されてしまうに決まっている。


 どういうことか、という視線をハイドにとばす美洋。彼女は視線を逸らしたりはしなかった。


「私は……水城真希奈の願いを受け取った。受け取っていた。だから貴方を、美洋君を危険な目にあわせることはすべて遮断してた」


 すがるような目で美洋を見つめるハイド。


「今の情報管制室の仕事だって全部事前に調べた。その全てに危険がないとわかったら情報管制室に情報を流して美洋君に仕事が行くようにしてた……さすがにそこの馬鹿が関わり始めてからは無理だったけど……」


 そこの馬鹿、というのはおそらく画面の中の少女ジキルのことだろう。


「そういうわけだ。水城真希奈の【弟を守る気持ち】これを強くメッセージとして受諾したのがそこのエルデロイドであるハイドだ」


 ひとまず、ハイドが自身の安全のために動いていたということで一応納得する美洋。だがそこでまた新たな疑問が生まれる。


「そうか……。じゃあ、ジキル……君は姉さんの何を受け継いだ?」


 ジキルがにやりと嗤う。


『私が受け取ったのは悪意だよ』


〇〇〇


「そう……か」


 いろいろと驚くべきことや腑に落ちるものを聞き終え、美洋は疲れたようにベッドへと倒れこむ。ハイドがコーヒーを煎れてくれるがありがとうだけ言って飲もうとはしない。


「さて、事情はだいたい察してくれたかな?」

「いや、まだだ、いくつかわからないところはあるけどそれでもあと一つだけ」


 アリスの確認に首を横に振る美洋。


「何だい?」

「今までの話しから察するにエルデというのは姉さんは関わっていあ人だよね?」

『そうね、エルデを私たちが作っていたのは水城真希奈がハイドの体の背作に明け暮れているときよ。構ってもらえなくて暇だったからね』

「なんで今、そのエルデが暴走を始めたんだ? 今までは言うことを聞いていたんだろ?」

『あ~、そこか~』


 言いにくそうに眼を泳がせるジキル。ハイドも目をそらす。


「君のせいだよ。まあ、状況を作ってしまったのは私だが」

「僕のせい?」

「そうだ、あの時、君は私に銃を向けただろう?先に使っていた私だ。別にそれを咎め得たりしないがあの私の真正面に立って、銃で脅しをかけようとした、その姿勢がいけなかったんだよ」

「どういう……あ」

「そう、エルデは水城真希奈が死ぬ前に作られた。そして当然彼女の死にざまを記録した。銃で脅され、最後には撃たれるという一連をね」

「じゃあ、エルデは僕を、姉さんを襲った存在と重ねたって話か? だから僕たちはエルデが操縦していたヘリに攻撃されたと?」

「そうだね~。もちろんそれでリーシャ君の死の責任が君にあるとは言わないけど――」


 ビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビ


 その時、ジキルのいたパソコンから警報が鳴り響く。


「今度はなんだ?!」

「また来たね! ジキル! ハイド! 弾道計算!」


 驚く美洋とは逆に、アリスは何の音か知っていたらしく即座に動き出す。ジキルとハイドに師事を出すと自身も他のパソコンの前に(おそらくアリスが持ち込んだものだろう)座りなにやらカタカタと打ち出した。


 切迫した雰囲気からアリスに直接聞くのも憚られ、アリスがなにかを打ち込んでいるパソコンの方を覗き見る。


「これは……自衛隊の……」


 アリスがアクセスしていたのは自衛隊の、その管理サーバーであった。ふ~、と息をついたアリスが振り返る美洋を見据える。


「そうだよ。ちなみにこれはハッキングしたんじゃない。向こうの方から頼んできたんだ」

「向こうって……自衛隊から?! アリスに?!」

「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。私は君より計算能力に関してなら上だと自負しているよ。もちろん自衛隊の持ってる計算機程度にまけるはずもない」

「自衛隊のもってる計算機……」


 それがなんだったかと美洋が思い出す前に、ジキルとハイドの方からも声が上がる。


「発射予測数九十七! 撃墜不可、そのうち七!」

『撃墜不可の着弾ポイント表示します!』


 直後、スクリーンに七か所、日本のあちこちに点が表示される。


「これは?」

「エルデの攻撃だ。彼……男とか女の概念があるかは知らないが彼女たち曰く弟らしい。彼は今姉を傷つけた存在に対しての怒りが空回りに空回りしてミサイルで日本をすべて消し去るつもりらしいね」

「なんだって……それにミサイルなんてどこから……」

『これ』


 これ、というかわいらしい声とともにジキルが他の画面に画像を映す。


「これって……おいおいおい、冗談じゃないぞ! エルデはどこまでやる気なんだ」

「どこまでもやる気なんだよ。これがいい証拠じゃないか」


 画面に映っていたのは日本の……ではなく、アメリカ、ロシア、イギリス、といった様々な国の軍艦たちであった。

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