第12話Strange accident
「それじゃあ……開いてくれ」
一瞬ためらいながらも美洋は発見されたファイルを開くようにゴーサインを出す。ハイドは黙って頷くと人差し指を向けフォルダを開く。次の瞬間、
『コオオオングラアアチュレエエエエエーショオオオオオオン!! おめでとう!! 今か今かと楽しみにしていたよ……といってもこれはすべて録音、あらかじめ記録されていた音声だけどね。何がともあれ私は嬉しい! よかったよ、せっかく準備した第二会場を無駄せずに済んだ!おっと、質問はしないでくれよ! さっきも言ったがこの俺様は録音音声そのものだからな。質問が来ても答えられねえのさ!』
ハイテンションで、それでいて耳障りな音声がパソコンから鳴り響く。だが、その一言一句を聞き漏らさないためにも人間である美洋たちは落ち着き、エルデロイドであるハイド達は録音を開始する。
『さて、君たちは誰かな? 国に所属するエージェントだろうか。それとも流れのハッカー? 俺様としては美洋君たちだったりすると嬉しいねぇ。なんといっても水城真希奈の遺産……とはまたちょっと違うが忘れ形見、俺様たちも注目しているわけだがどうかな……って聞いても無駄だったね! はっはっはっはっは!』
不愉快な笑い声が響く、だがそれを止める者は誰もいない。誰にもできない。
ひとしきり笑ったのち、音声はひっそりとしたものになる。だが最もそれで耳障りな音声でなくなるわけではないが。
『まあいい。君たちが何者であろうとかまわない、と言ってもこのフォルダを開けたということはエルデロイドがいるはずだ。そうなるとリーシャ、或いは美洋君のどちらかがいるということ……いいねえ、いいねえ、計画通りだ。よし! それでは第二会場の説明をしよう! おっと、今の発言で流れのハッカーでは無理だという私の悪趣味が露呈してしまったかな。キヒヒヒヒ』
同時にパソコンの画面に地図が表示される。東京郊外の地方都市だろう。
『見えるかね?! これが今回! ダミーの情報に惑わされずに正解のパソコンを探り当てた君たちに対するご褒美であり、そして招待状だ! 目先の情報に惑わされるような愚か者はご遠慮願おう! おっと、条件が一つ、ここには今回、このフォルダーを見つけたメンバーのみできたまえ。他の人員、戦闘のプロであったりとかそういうのはいらない。え、それだと信用できない? それなら仕方ない。預かっているデータを世界に公表するだけだ。今このフォルダーが開かれたのが何日の何時何分かは知らないが時間は限られている。聡明な判断を期待しているよ』
音声は途切れた。
〇〇〇
「なるほど……ね」
「よし! 美洋君! そうと決まったら行っちゃおう!!」
パソコンから聞こえる音声が消え、美洋が捜査したわけでもないのに勝手に電源が切れる。
「え……美洋さん、本当に行くの? 危ないとか考えないの?」
だが、その動こうとする美洋の行く手を阻むようにリーシャが立ちふさがる。
「リーシャ、無駄な議論はやめろ。僕の行動は縛らないという条件だったはずだ」
「そうですけど……ピノキオ! あなたもそう思うよね……ピノキオ?」
隣に立つ自身の所有するピノキオに同意を求めるリーシャ。だが、その相棒からの返事は鈍かった。
「……ああ、そうだな。敵の要求なら私たち四人だけで行くしかないはずだ。しかしそうなるといざ荒事に巻き込まれた場合不安が残る。もしも分断された場合私では異なる場所にいる全員を守ることができない」
「いや、そこは大丈夫だよ。私の腕力でも美洋君を担いで逃げるくらいはできる。つまりエルデロイドと人に分断されないようにだけ気を付ければ何とかなるよ。美洋君軽いし」
ピノキオのあげた懸念を払拭するのはハイド。それに美洋も追随する。
「ああ、そう言うことだ。エルデロイドが二体もいればたいていの困難は何とか出来る。それにピノキオはハイドに比べて戦闘型だろう。苦労する敵はそうたくさんはいないはずだ」
銃を恐れず、鋼の拳をふるい、冷静な頭脳で敵を追い詰める。それが戦闘型のエルデロイドであるピノキオの政策コンセプトだ。古くから研究され、水城真希奈が存命であればすでに世界の戦争はまた違うものになっていたかもしれないといわれるほどの代物。
もちろん、彼女亡き今、このピノキオが戦闘が得意だったとしても水城真希奈が作れたであろうロボットに比べればかわいいものであろうが……。
「で、でもぉ……」
それでも不安そうな表情を見せるリーシャ。
だが、そこで成り行きを見守っていたレイが話しかけてくる。
「リーシャちゃん、頼むわ。今は……今はもう時間がない。次のステージが終わりとも限らない今の状況では私たちは従うしかないの」
「そうだ。でも安心できるとしたらう一つ。相手はあくまでゲーム、遊び、と思っているということ。こっちが勝てる要素も間違いなくあるはずだ」
「そっか……それもそうだね」
しぶしぶ、といった様子でリーシャも道を開ける。
「それとレイさん」
「何だい?」
部屋の外に出ようとした美洋が足を止めて振り返える。その際すぐ後ろを歩いていたハイドが美洋の背中にぶつかったのはご愛敬。
「今回の件。トロイの木馬の話は聞いていましたね?」
「ああ、わかっている。我々の中に不注意で感染させてしまった何者か、或いは」
「故意に仕掛けたやつがいる、その可能性もありますのでそこら辺の調査をお願いします」
「わかった、承ろう」
その会話が終わると美洋たち四人は部屋を出る。目的地は東京郊外。すでに閉店したショッピングモールが示されていた。
時刻六月二十日深夜一時
〇〇〇
「み、美洋さん……やっぱり明日にしませんか?」
「時間がないって言っただろう。今から決行する」
「無理です無理です無理です! こんな暗い中私歩けません!」
「美洋君! そんな女おいてて私たちだけで早く済ませようよ!」
「マスター、置いてかれますよ」
場所はすでにショッピングモールがある商店街。ピノキオの運転する車で四人はここまで来たのだった。
だが、肝心のショッピングモールを前にして……、
「で、でもぉ……」
ピノキオの所有者リーシャが音を上げた。
「でもぉ……じゃありません。時間はまだ二日ほどありますがここからさらにどんな難題が押し付けられるかもわからないのです。早く済ませるべきでしょう」
「ねえねえ美洋君、私たちだけ先に行ってもいいかな」
「そうだね。ピノキオ。悪いけどリーシャをここで一人で置いていくことは望ましくない。一緒にいてやってくれ」
「美洋さまが言うのであればそのように」
まるで執事のようにきれいな礼を美洋に返す。その様子を見て美洋達は大丈夫だと判断する。
「よし、それじゃあハイド、行こうか」
「うん! 行こう!」
懐中電灯は美洋がもち後ろに、暗闇でも光関係なしに視力を働かすことができるハイドが先頭に、暗いショッピングモールの中を歩き始めた。
〇〇〇
「ねえねえ美洋君」
「どうした?」
暗がりの中迷わずハイドとその後ろを心細い懐中電灯一つの明かりでついていく。がらんとしたしょっっピングモールの中ハイドの明るく、かわいらしい声が場違いに響き渡る。
「美洋君って今回の事件ってどう思ってるの?」
「どう、というのは?」
うーんとねえ、と腕組をしながらハイドは悩む。その表情は後ろにいる美洋には見えない。
「さっきのマッドハッターの名前が入ってたフォルダーがあったでしょ? 私とピノキオさんで開いたの」
「ん? 二人がかりで?」
特にそぶりを見せなかったので美洋はハイドが一人でフォルダーを開いたものだと思っていたのだ。
「うん、最初は私一人で開こうとしたんだけどね、どうしても開かなかったの。ピノキオさんと回路を共有したら何とかなったんだけどね」
「そうか……。ハイド一人じゃ無理なフォルダーか……」
「うん、なんというかね……。今回の事件、変というか……。あ! それにそれに、情報管制室のパソコンが乗っ取られたとかも明らかにおかしいよね! あそこ私物持ち込めないしオフラインのはずだし」
「……それも確かに……ね。あそこは副室長のレイさんが徹底して見張っているはずだ……」
「そうでしょ……。ん? 美洋君、止まって」
「?」
曲がり角を曲がろところになって突然ハイドが手で出すの合図を出す。一瞬驚いた美洋だったがすぐにその理由を知る。
ウィーン、ウィーンと音が鳴る。
「ハイド、これ……」
「しっ」
小声でやり取りする二人。美洋は懐中電灯のスイッチを消す。
だんだんと大きくなるモーター音。そしてついに美洋の前にその正体が現れる。
「ロボット……?」
そう、目の前の通路を通過していったのはロボットだった。ただ、人型というわけではなく足は戦車のようにキャタピラーとなっており人を模しているのは上半身だけだ。ハイドが何かしたのか、それとも音を立てずにやり過ごしたのがよかったのかとりあえず見つかることはなくロボットは美洋たちの前方の通路を通り抜ける。
「ハイド、あれがなにか分かるか?」
「あれは……詳しくはわからない……。でも国や企業が作ったものじゃないってこととはわかる。明らかに戦闘用のもの」
そう、情報を持っていなくてもわかること。それは明らかにあのロボットが警備や戦闘に特化しているということだ。
その腕に生えているのは五指ではなく機関銃。目の前に出た瞬間ハチの巣にされてしまうのは間違いない。それに足のキャタピラーの部分も小回りが利くようにするためかかなり小さい。
「うーん……今回の遊びは鬼ごっこかな」
「見つかったら即射殺だけどね」
完全にロボットが見えなくなったところで美洋たちは通路に出る。
「よし、とりあえずはロボットが北方向をたどっていく方向で探していこう」
「うん、そうだ……」
「きゃあああああああああああああああああああああ」
ハイドの返事を遮るように少女の悲鳴が入口の方から聞こえたのであった。
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