第11話Information control room
「え~とさ……美洋さん……」
「美洋でいい」
「……それじゃあ美洋……やっぱ無理です。美洋さん、どうして私たちはまだスタート地点なわけですか?」
場所は移動して国家情報管制室。時刻は六月二十日午前零時。真夜中である。リーシャの本来の働く場所……とはまた少し離れているが先ほど美洋たちに依頼にきたレイや近藤の働き場所である。そこで美洋は各職員が使うパソコンがずらりと並ぶ中、一台一台を見て回っていた。
リーシャの問いにため息をつきながら美洋は答える。
「リーシャ。それは他のプロがこの場所をとっとと引き払って各自別の場所を調べに言ったのに何で僕はいまだにここにいるのか、という質問でいいのかな」
嫌味たっぷりに、自身の思考を邪魔されたことに対してイライラしながら美洋は考える。彼が何かしているときハイドは絶対にしゃべりかけない。なぜならば彼が無言でいるときというのは大抵思考に没頭し満足のいく答えを探しているときだからだ。そして彼はそれを邪魔されることをひどく嫌う。
ハイドがあきれたようにパソコンに何かを入力する指を動かしながらリーシャの方を見る。案の定、美洋のいら立ちが伝わったのか「ひぃ」と小さな悲鳴を上げながらしどろもどろに返す。
「は、はいぃ。あ、あの……こう言ったらあれなんですけど、みんなはもうこの場所でやることはもうやっちゃったわけですよね? 美洋さんが他の人より遅いなんてことはないと思うと気になっちゃって……」
現状、確かにリーシャの言う通り、他の依頼を受けたプロのハッカーたちはいくつかのパソコンを調べるとすぐに外に出て行ってしまっていた。だからリーシャは自分たちが他の人に後れを取っているのでは……と不安になったのだ。
何しろ彼女にとってこれは尊敬する人物美洋との初仕事。失敗に終わりたくはない。
だが、美洋にとってそんな事情も気持ちも関係ない。ただ淡々と自身の推測とそれを裏付ける証拠を上げる。
「リーシャ、これを見てみろ」
そう言って彼は今まで見ていたパソコンのうちの一台をある画面で止めて指をさす。それにつられて彼女もその画面に目を通し……
「ん? これは……発信源?! 美洋さん! もしかしてこれってあのわけわかめな音声データが送られてきた発信源なんじゃ……」
「次はこれ」
一瞬興奮気味になりかけたリーシャだったが次に美洋が指示した他のパソコンの画面に目を通すと今度は目を丸くする。
「発信……源? でもこの住所って……」
「ああ、そうだ、別のパソコンで調べた発信源とは違うんだ。向こうのパソコンは岡山だったしこれは埼玉から、あっちは東京から」
「じゃ、じゃあ美洋さんはこれをどういうものだと思っているの? まさかこれ全部別の場所からここにあるパソコン全部がハッキングされたってこと?」
「いや、違う。流石にこれはおかしいと思う。すでに僕だけでも八台、ハイドが調べただけでも十五台が似たように調べていくと似たような画面になる。だけど……あからさまだ」
「あからさま?」
リーシャが首をかしげる。そしてそこに得意げにない胸を張りながらハイドが赤い髪を振りまきながら説明を開始する。
「も~リーシャさんばかだな~! 美洋君が言いたいのはね、どのパソコンを探してもどこかにたどり着く、そのたどり着けてしまうっていうことがあからさまってことなの!」
「え、えぇっと……」
「だ~か~ら! この前の【トランプ兵】のことは聞いたでしょ? 今私たちが、ひいてはこの国にテロを仕掛けようとしている輩っていうは明らかに異常な、常軌を逸した技術を持つ集団なんだよ。それならこんなふうにどこのパソコンを探してもあっという間に次の目的地を見つけることが簡単……だと思うの?」
「う……。そ、それじゃあ美洋君は今何をやっているのよ!」
苦し紛れにハイドに言い返すリーシャ。だが再びパソコンを移動し新たな画面を開いた美洋が割って入る。
「あいつ、男だか女だか知らないがマッドハッターと名乗った人物は遊びといった。ゲームと言った。僕が思うゲームっていうのはあらかじめヒントが隠されているものだと思うんだ。敵が一方的に弱かったりしたらつまらない……まあ、相手に楽しもうって気が合ったらの話だけどね」
「随分とゲームのことについて熱く語りますね。娯楽にはあまり興味がない人物だと思っておりました」
それまで黙っていたエルデロイドのピノキオが美洋に話しかける。ははは、と笑いながら美洋はエンターキーを押し、新たな画面を開く。
「昔からゲームは好きだよ、姉ともよくやっていたし、レイさん、君の上司になるのかな? 姉が死んでからは引き取ってくれたレイさんもよく相手になってくれた。仙術ゲーム、ポーカー、将棋にオセロにパズル、様々だ」
そう言いながら今までいじっていたパソコンから再び離れる。そのパソコンには大阪からハッキングを受けたという情報を示す画面が開かれていた。
次のパソコンをいじりながら美洋の語りは続く。なお、この間もハイドとピノキオは美洋と同じ作業をしている。リーシャだけがこの作業ができないため外野でいることになる。
「だからこういうのは好きだよ。気分的には脱出ゲームかな。この中で隠された情報を探しだすんだ。例えば……こんなふうにね。うん、時間的にはいいんじゃないかな」
現れた画面に満足げにうなづく美洋。腕時計の指す時刻は零時半。
「それって……?!」
覗き込んだリーシャは驚きの声を上げる。彼女にはプログラムに関する知識が美洋たちに比べて圧倒的に少ない。だが、今美洋が指示した画面が何を示しているのかはわかった。
【Not Found】
他のパソコンであればどこからインターネットがつながったのかを指示していたページ。だがこのパソコンだけは違った。
「やっぱりおかしいよね。今残りのパソコンもハイドとピノキオに見てもらっているけれどそもそもここはネットにつながらないんだ。そうなったら外部からの連絡、つまりネットを介したサイバー攻撃なんてできっこない」
「で、でも美洋さん、実際にここのパソコンたちに貼っていた情報はサイバー攻撃を……」
恐る恐る、といった感じでリーシャは切り出す。だがこんどは今回、美洋はそれを否定せずに肯定する。
「ああ、サイバー攻撃を受けたのは間違いない。だがそれはネットを介してじゃなかったってだけの話だ」
「え?」
リーシャがあっけにとられる。当然だ。サイバー攻撃は電子上で行われる行為。彼女のイメージではインターネットでつながっていない場所はすべて安全だ。
だが、その内心を見透かしたように美洋は首を振る。
「いや、そんなことはない。インターネットを介さないもサイバー攻撃なんていくらでもある。有名なのは【トロイの木馬】。これくらいなら君も聞いたことがあるだろう」
「ば、馬鹿にしないでください! それくらいだれだって……まさか?!」
トロイの木馬。トロイア戦争においての故事から名づけられたコンピューターウイルスの名称。普通は正規のアプリなどに見せかけて悪質なものをインストールさせたりするものをいう。
だが、これの真骨頂はそこからだ。一度パソコンが感染するとする。そうすれば今度はそのパソコンに接続したUSBや電子機器も感染していくというものだ。
「まさか美洋さん。誰かが感染した電子機器をここに接続したからここにいる皆さんのパソコンが感染したと思っているのですか? ここは仮にも国家の最先端を行く人たちの集団ですよ?! そんな初歩的なものに……」
「ああ、だから最初は全く考えていなかった。だけど確率的にはそっちの方が高いと思うね。なにしろ……ここに証拠もある」
そういってみようは別のフォルダ、その深いところにまで検索をかける。
「ハイド! ピノキオさん! 来てくれ」
「ん? なあに? 美洋君」
「お呼びでしょうか?」
呼ばれた直後、作業を中断して二体のエルデロイドが美洋に近づいてくる。
「二人にお願いがある、このパソコンの、たぶん最深奥、そこにある怪しげなデータをすべてチェックしてもらいたい。君たち二人がかりならどんなウイルスが来ても抑え込めると思う」
「わかったよ! 【解析開始】」
「了解しました。【解析開始】」
赤紙の少女が、屈強な青年が、眼を閉じ目的のパソコンに手をかざす。彼らエルデロイドは直接の干渉をしなくても電子機器に干渉できる。この物語の最初、ハイドが某会社の社長に披露したように。
そして開かれていく膨大な数の暗号化されてしまったデータ。どれも人である美洋にも、エルデロイドである二人にも解読することはできない。
だが、
「違う……違う……ちが……美洋君!!!」
「ありましたよ。これでいいでしょうか?」
突然声を上げるハイド。同時にピノキオも眼を開き後ろにいる美洋たちを振り返る。
「ああ、十分だ。やっぱり相手は遊びたいらしい」
二人のエルデロイドが示したフォルダ。そこにはしっかりと名前が書かれていた。
【Mad Hatter】
彼らの目に、それは挑戦状にしか見えなかった。
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