第9話 Game Start
「と、いうわけで、君に依頼だ」
「何が、と、いうわけで、なんですかね」
「まあまあ、美洋君! いいじゃない! 受けようよ」
時刻 六月十九日午後五時。場所は美洋の家の応接間。そこに机を挟んで二組の男女が向かい合っていた。
片側に座るのは黒髪長身の青年と赤髪の少女。言うまでもなくこの家の主である水城美洋と彼の所持する
そして、彼らの反対側に座るのは、一回りも二回りも年上の男女。
一人は水城美洋の育ての母のような存在であり、同時に現在、美洋に仕事を斡旋している天海
だが、いつもなら電話で済ませるその行為をせず、家まで来たことには訳がある。それがレイの隣に座る大柄な男性だ。
名前は近藤
「美洋君、私からもお願いだ。君に拒否権はない。というか君にしか頼めないと思っている。どうか、この通り!」
そう言っていきなり頭を下げる大男。突然の大輔の行動に驚きながらも美洋は返す。美洋と大輔は初対面であり、そんな男にいきなり頭を下げられては彼であっても驚くというものだ。
「大輔さん、頭を上げてください。いろいろ聞かせてください。まずなぜ俺なのか」
「二つある。一つは君にしか頼めないと思ったからだ。先日の【トランプ兵】による冤罪事件。あれは放っておけばあの会社の株が暴落するのは目に見えている。なにせ人が死んで、横領もおこったからな」
「それで?」
「もしそうなれば大惨事だった。あの会社は日本を支える国直属経営大企業の一つ、それも上位三つには入る会社だ。その会社の信用が落ちることは日本の信用が落ちることに直結するし、それによっておこる損失経済は計り知れない。極めて重大な案件だったのだ。それを防いだうえで事件を解決した美洋君のことを高く評価しているのだ」
「大袈裟ですよ。犯人を追い詰めただけです。会社がハッキングを受けたという事実は消えませんし俺たちもギリギリでした」
嘘を感じさせない大輔の誉め言葉に美洋はぶっきらぼうに返す。彼自身、あの事件は解決した事件の一つという程度の認識であり、事件にかかわった動機も姉に関する情報が見つかるかもしれない、という希薄なものであったため大した思い入れはない。
「謙遜を……私たちが見逃していた部分を発見したのは事実だ。そういうわけで上も含め、我々は君を、いや、君たちを高く評価している」
「ふ~ん、じゃあ、もう一つは?」
突然、先ほどまでお菓子を食べていたハイドも会話に加わる。値踏みするような視線を近藤に投げながらまた一つお菓子の袋を開ける。
「私は君が姉に関しての遺産を探していることを知っている。そしてだ。今回の事件は君の姉関連の可能性が高い」
あっさりと述べられた言葉、事実。だが、その言葉を聞いた瞬間、美洋の目は見開かれ、疑問が口からこぼれる。
「どういうことです? 先ほどの話のどこに姉が関連しているのですか?」
「落ち着きたまえ、君らしくもない」
だが、すぐにたしなめるようにレイが落ち着かせる。
「いいかい? 今回の事件、敵はマッドティーパーティーと名乗った。聞き覚えは?」
「確か……【トランプ兵】が名乗った……、ああ、そういうことですか」
ようやく納得したように美洋はうなずく。
「そうだ。現在トランプ兵。アリスと名乗った少女を尋問中だがわかっていることは三つ。一つは彼らは複数人からなるテロ組織であること。二つ、彼らはまだまだこの日本の中枢を担う東京で事件を起こす気であるということ。そして最後に、そのメンバーは全員君のお姉さんを崇拝していること、いや、狂信でもいいかもしれないな」
「それなら確かに、僕が動く理由には十分です。ハイド、いいよね」
「もちろんだよ! 美洋君がいいのなら私はいつだってどこだってオールオッケー!」
「よかったよ。君たちが引き受けてくれて。もちろん、私たちも可能な限りバックアップはする。何かあれば言うといい」
変える準備をしながらレイがいう。だが突然動きを止め何かを思い出したように振り返る。
「どうかしましたか?」
突然のレイの挙動を不審に思いながら美洋は聞く。だが、レイは美洋の方を見ずに玄関に通じる扉の方に目を向け声をかける。
「君! 入ってきてくれて構わないよ」
直後、はぁーい、という元気な声が聞こえパタパタと来客用のスリッパで歩く音が近づいてくる。
「誰です?」
「今回の君の助っ人だ。必要ないというかもしれないがそれならそれで彼女にノウハウを教えてやってくれ」
美洋の問いにレイが答える。同時に扉は開かれ新たな人物が現れる。
美洋には地毛か染色かの見分けはつかないが髪は茶色一色。夏が始まったばかりだからか上は白のトップスに薄手のカーディガン。下はデニムショートパンツで長い脚を惜しげもなく見せている。美洋ほどの高身長ではないだろうが(彼の身長は百八十センチである)女性としては高い方だろう。
「どーも! この度、水城美洋執行官の補佐役を務めさせていただきます! リーシャです!! よろしくお願いします!」
意気揚々と声を張り上げ、元気な挨拶をかます少女。年齢は美洋と同じ十九くらいであろう。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ体形であり、おそらく美人に入る部類だろう。
「帰らせて下さい」
美洋の好みではないが。
「え?! ちょ、ちょっと!? 私お手伝いに来たんですよ!? 先輩たちからお話を聞いていた憧れの美洋さんに、ほんの少しでも貢献できればと今日は朝から三時に起きてせっせと身支度を確認して持つ物もってここまで来たんですよ! 何がいけなかったんですか!? 顔ですか?! それとも胸は小さいほうがよかったですか?! それとも役立たずはいらないと?!」
挨拶を返されないどころか拒否の反応を示されたためか、少女は動揺しわめく。その様子を見ながら近藤とレイはやれやれという顔になる。
そして美洋が答えた。
「そういう騒がしそうなところだ。役立たずでもなんでも静かならいてくれていい。静かならな」
その答えを聞くと「ぐはあ」と言いながら胸を押さえる少女。だが、彼女は食い下がる。
「じゃ、じゃあ、静かにしますから! それなら! それならいいですよね!? 私、美洋さんとお仕事できることをとっても楽しみにしていたんですよ?! それともこんなかわいい女の子のお願いを……」
「そういうところだ」
「ぐはあ」
今度は近藤に物理的に頭をはたかれうめき声をあげるリーシャ。レイが申し訳なさそうにしながら美洋に向かって手を合わす。
「美洋君。本当に申し訳ないのだけどこの子のスキルアップのためとでも思って協力してくれないかしら? 実を言うと今、仕事場の方が使い物にならなくなっていてね、復旧のために動けるメンバーはそうしているのだけど彼女の専門はちょっと違っていてね。言ってしまえば彼女、今やることがないのよ」
仕事場というのはもちろんレイたちが働く国家サイバー犯罪対策情報室のことだろう。そして使い物にならないというのも納得のいく話だ。なにせデータのすべてが暗号化されたということなのだから。
美洋は少女を見る。涙を浮かべながら(おそらくはたかれた痛みからのものだ)美洋に上目遣いを送る少女。ハイドが彼女に対してうなっているが気にせず美洋は決断を下す。
「わかりましたよ。普段から無視しまくってるレイさんの頼みです。今回くらいなら引き受けましょう」
その言葉に「え!? ほんと!?」と喜ぶ少女が一人、そしてその少女に憎々しい視線を向ける赤髪の少女が一名。
現在、六月十九日午後五時三十分
期限まであと二日と十八時間三十分
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