カミングアウト

 ミナミがバーカウンターに頬杖を突きながらコータに尋ねる。


「野外で昼間にお酒飲むってなると、ビールになるの? コーちゃんのお勧めは?」

「んー、野外か。やっぱコロナとか? ライム刺してさ」


 それを聞いて、ヤスが歓声を上げる。


「おー、色的にも野外の太陽出てる時とか似合いそうだね。シンタ君はなんだっけ、あのゾウのやつ? タイのだっけ?」

「チャーンか。あれもいいなあ。俺はビールに氷入れる派だから氷入れて飲みたいなあ。アウトドアベンチ持って行って、座って飲みながら音楽聞いて……最高かよ」


 太陽がまぶしく輝く青空の下、芝生の広がるフェス会場にキャンプ用ベンチをどっかりと据え、悠々とビールを飲みながらステージを見る姿を想像したのか、うっとりとしてため息をつく。


「タイだと、あとシンハーか。チンタオは……ツムギ、あれは中国だったっけ?」

「そうですね。漢字だと『青島』って書くビールです」

「へー。私、ビールは苦手だけどさっきシンちゃんが連れてきた人が飲んでた黒いの? あれの泡のとこだけなら好き」

「ギネスですね。私もあれは泡がおいしいと思ってるので、ビアグラスじゃなくて、カクテル用のストレートのロンググラスに入れて出してるんです。ああすると、綺麗で泡部分が長めになるので」

「そうだったのか」

「知らなかったのかよオーナー」

「酒関係は全部ツムギにお任せだからな。俺はオーナー兼キッチン担当だ」


 コータは情けないことを堂々と言って胸を張る。


「キッチン担当とか偉そうに言ってるけど、売れてるのほぼムギちゃんの酒の方ばっかじゃねーか」

「MAKA-MAMAってお酒メインだよね」

「ご飯売れないんだもん! コーちゃんてさ、ムギさんのヒモだよね。この飯マズヒモオーナー」

「飯マズはやめろ!」

「ヒモはいいのか」

「それは否定しきれねえ……っていいからビールの話だ! ヤスは……ビールはあんまりか。カンパリかパッソア専門だもんな。ほんとフルーツ系好きだよな」

「うん。ビールは特にこだわりないなあ。あっ! でもあのチェリーのやつ? あれもビール? あれは好き」

「チェリーのビール? そんなのあったかツムギ?」

「うちで出したことあるのでしたら、ミスティックチェリーじゃないですかね。えーっと、たしかまだ2本くらい……ありました。これです」

「そうそう! これ」


 ツムギは、サクランボのイラストが描かれたラベルを持つビンをカウンターの上に置いた。緑色のビンを通してさえ、うっすらと中の紅色が透けて見える。開けてみます? とツムギが栓を抜いてビアグラスに注ぐと、やわらかな照明の明かりの下に、よく熟れたサクランボの色をしたフルーツビールが、静かな泡の音と共に輝きながら現れた。ビアグラスからは、甘酸っぱいチェリー・ジュースの香りがあふれ出す。


「あー、いいねー。いい香り。見た目も綺麗だねこれは。太陽の光の下でも見てみたいなあ」


 ヤスは頬杖を突いたままうっとりと見入っていたが、我慢できなくなったのかグラスを手に取り、ぐいっと喉へと流し込んだ。


「昼間に見ても綺麗でしょうね。でも、みんな、昼間に飲む事を前提に話していますけど、フェスの時は夜間のみMAKA-MAKA営業ですよね。私も昼間はスタッフの方の仕事がありますから、お店に常駐はできませんし……」


 ツムギが、“自分の好きなビールカミングアウト大会”になりつつあった会話の流れを修正する。


「そっか。言われてみりゃそうだな。フェス前提で考えねーとな。ツムギ、他にいつもと違う事ってあるか?」

「そうですね。一番大きいのは、フェスでは飲み物は紙コップに入れて提供するという事でしょうか」


 野外フェスでペットボトルや紙パック以外の飲み物を提供する場合には、基本的に、どんな飲み物でも紙コップに入れて提供する。大きな理由は2つ。怪我対策とゴミ対策だ。


 フェス中には、飲み物を飲みながら移動する人も多く、中には、ステージ前でも飲み物片手に音楽を聴く人もいる。こういった場合、瓶や缶といった容器は危ないのだ。接触すると怪我になりやすく、また、あまり想像したくはないが、トラブルが起きた場合には武器となってしまうことさえある。その点、紙コップであれば安心だ。


 さらに、ビンや缶は、処理が大変なゴミとなってしまう問題もある。そこで、朝霧JAMの場合は、主催者側でリサイクル可能な再生紙を使った紙コップを何種類か用意し、それを店舗側に選んでもらう形で提供している。どの店舗も、基本的にはその紙コップを利用して飲み物を提供するのだ。


 実はこのリサイクル可能な容器の提供と利用は、飲み物だけでなく、食べ物の器に関しても同様だ。平皿やどんぶり、ふたのできるフードパック等、いろいろな形の専用の紙食器が用意され、それを利用する形をとる。さらに、会場内の各所には、ゴミの種類を分別して捨てられるゴミ箱が何個も設置されている。今でこそ、いろいろな野外フェスでも見かける光景だが、こういった取り組みの走りとなったのが、朝霧JAMでもある。


 消費される紙食器や、飲み終えたペットボトル、使い終わった割り箸なども含めて出たごみを、できるだけリサイクル資源として再利用する、「ゼロ・エミッション」という目標を掲げている。過去の野外フェスの反省や、ゴミ問題に関する意識の高まりを受け、高いリサイクル意識を持ち、それを実際に行動に移しているフェスでもあるのだ。


「なるほど。そういったわけで紙コップなんだ。じゃあ、飲み物の色は見えないわけだね」


 ヤスは、ミスティックチェリーの入ったビアグラスを目元の高さまで上げて残念そうに見つめている。


「はい。見えないんです。特にビールの瓶って、特徴的なラベルデザインの物も多いですから、お客様の中には、ビンで提供して欲しいって方も多いんです。”青空の下で、ビンから直接ラッパ飲みなんて普段できないからやってみたい”、という方も。でも、紙コップにいれて提供させていただいています」


 ツムギは申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。


「ムギちゃんが謝る事ないじゃん。でもそうか。全部ってことは、カクテル出すとしても紙コップなのか。そうなると、作る側としても残念なんじゃない? ムギちゃんの作るの、すげー色が綺麗だし」

「だな。ツムギ、その辺こだわってて、いっつもグラス磨いてるもんな。氷も気泡の入ってない締まって透き通ってるの買ってきてるし」


 唐突にシンタとコータに持ち上げられたためか、ツムギは戸惑って困り顔になったが、それを誤魔化すかのように少し早口で話し出した。


「えと、フェスの時に提供する場合、もう一つ困る事があるんです。それは、シェーカーが使えないんです。シンクが無いので。1杯だけなら作れますけど、洗えないんですよね。使った氷の処理も大変ですし」


 他の4人からは、ああ、そっかーと声が上がる。ミナミは不満げに抗議までする。


「ムギさんがシャカシャカ振るの見れないんだ。えー、残念ー。カッコよくて好きなのにー」

「お前たまにシェイクする必要無いもんまでさせてるもんな。カルーアとか。味とか関係なくツムギがシェーカー使うの見たいだけだろ」

「そうですけど何か問題でも? 言っておくけど、私がムギさんの一番のファンだからね。ねームギさん。しっかりしてるし、お嫁に来てもらいたいくらい好き」

「は? お前のとこになんかにウチの大事なツムギを嫁には出せねーぞ」

「うるさいヒモ。飯マズ」


 コータとミナミがまたつねり合いを始めようとするのを、ツムギが止める。


「まあまあ2人とも。でも、カルーアミルクもシェイクする作り方レシピってあるんですよ。その方がクリーミーになっておいしいっていう方もいます。カクテルの作り方なんて、バーテンの数だけあるって言われるくらいですし」


 ミナミがほら見た事かという視線をコータに向け、コータは歯をむいてそれに応じる。


「わかった。フェスでシェーカーが使えないって事はわかった」

「あ、ごまかした」

「てことは、基本的にシェイクしないでかき混ぜるステアするだけの奴しか置けないってことか。じゃあ、フェスで定番のカクテルってのはあるのか?」


 ツムギは小首を傾げて少し考える。


「どうでしょう。『フェスと言えばこれ』という特定のカクテルは、あまり無いかもしれません。フェス毎に開催地やテーマにちなんで、地元の食材を使ったオリジナル・カクテルを出したりする感じでしょうか。朝霧の場合ですと、酪農が盛んなのでミルク系のカクテルを出したり、静岡という事で焼酎やリキュールをお茶で割って出す店舗もありますね」

「なるほど。ミルクなあ。ミナミの得意分野だな」

「あとは……ああ、そういえばソッコ・バーのマスターが、ソルティ・ドッグが変な売れ方をしたって言ってました」

「ソルティが? あれにフェスっぽさなんかあるか?」

「フェスっぽさというか、塩です」


 ソルティ・ドッグは、ウォッカベースのカクテルだ。氷を入れたグラスに、ウォッカとグレープフルーツを注いで提供するのだが、その際、グラスの縁をレモンで濡らし、そこに食塩を付けて提供する。

 フレッシュジュースを使ったカクテルのさっぱりした味と、フチに付けた食塩の味の組み合わせに妙がある、人気の高いカクテルとして知られている。


「フェスの時って、どのカクテルも同じ紙コップで提供しますから、見た目が全部一緒になるんです。でも、ソルティにはきっちり塩を付けて提供していたら、『見た目が同じなのに、口を付けるとフチがしょっぱくてびっくりする』というのが妙にウケたらしくて、ちょっとしたブームみたいになって売れた、って言ってました」

「へえ、フェスならではと言えばフェスならではなのかもね。面白い」


 ビアグラスを空にしたヤスは、ほんのり頬をさくらんぼ色に染めている。


「そういやソッコさんも店出すのか?」

「はい。確かエリアは違いましたけど、今年も出店されるはずです」

「そっか。じゃあウチではソルティは無しだな。ソッコさんの名物にして貰おう。他にお酒扱うのってどこだ?」

「えーと、ビールは割とどこも用意してますね。あ、NINEナインさんではバイエルンマイスタービール出すって言ってましたよ」

「まじか! ステファンさんとこのか」


 バイエルンマイスタービールとは、富士宮の上井手地区にある地ビール醸造所だ。ドイツ人のビール技師であるステファン氏が富士山周辺のきれいな水にほれ込んで建てた醸造所であり、本場ドイツ仕込みの麦芽とホップを使ったクラフト・ビールを作っている。こぢんまりとした店売りもしている醸造所に見えるが、実はドイツ大使館御用達のビール工房でもある。


 レギュラーのビールは2種類ある。ひとつは、上面発酵で作成された「エーデルワイス」。酵母が多く生きたままの状態で瓶詰めされ、グラスに注ぐと地ビール特有の白身のかかったオレンジ色のボディが現われる。これぞクラフト・ビールというフルーティーな香りと、酵母の甘みを感じ、後味の非常に良いビールである。


 もうひとつは、下面発酵のピルスナースタイルで作成された「プリンス」。こちらはビールの王道を歩むフレッシュな王子とでもいう正統派のビールだ。透き通った黄金色のボディを持ち、のど越しは爽やかで口に程よい苦みが残る。スタンダードでありながら、一回りおいしい、威風堂々たるビールである。


 この他にも、「季節のビール」と称して、もう1種類のビールを一定期間ごとに作成している。大抵はスタウト・ビール、いわゆる黒ビールであるが、マイスターが趣味で作っているような所があり、希少で高級な素材を惜しみなく使っているためか、非常に美味なビールとなっている。


「なんだよ。ステファンさんとこのあるなら、ウチでビール持ち込むことないな。そこで買おう。かえってサーバーとかビンとか持ち込まなくていいから、その方が楽だ」

「ふふ。そうですね。あと、ミルキー牧場さんでは、ハンターズビールさんの物を置くって言ってましたよ」


 フジヤマハンターズビールは、山や畑に囲まれた、富士宮の柚野地区に建てられたブルワリーだ。規模こそ小さいが、麦やホップ、さらには、添加する柚子やハチミツといった素材まで、完全に地元の食材のみを利用して作成する事を掲げている。


 ラインナップは、英国パブを思わせる、無濾過で甘みの強いペールエール「Mt.FUJI ALE」や、一大ブームを巻き起こしたIPAの流れを汲む、ホップの香りが強烈な「NENGU IPA」、さらには、不思議な甘さの残るスタウト・ビール「朝霧Mow-Mow STOUT」等が取り揃えられているが、確定しているというわけでは無い。


 新進気鋭のブルワリーらしく、日々試行錯誤を重ねてビールの味を研究しているため、いろいろな工夫や狙いを聞きながら、実際にできたビールを楽しめるのが魅力のスポットでもある。


「おー、俺まだ飲んだことないんだよ。できたの今年の5月だっけ?」

「はい。いろいろ試行錯誤されているみたいですよ。そうだミナミさん、ハンターズさんの黒ビールスタウトには、朝霧高原の牛乳をブレンドしてみたりもしているそうですよ」

「えー! 飲みたーい」


 ミナミは身を乗り出して目を輝かせている。


「それにしても、なんでハンターズビールなんだ? まさかモンハン?」

「それ僕も思った」


 シンタとヤスのモンハン勢2人は、ブルワリーの名前に興味を持ったようだった。


「違うわ! オーナーさん達は、元々柚野の農家と猟師さんなんだと。お前らと違って、リアルで狩りしてんだよ。ビールと一緒に、獲って来たジビエ料理も出してくれるんだよな?」

「はい。そうです。農家の方や猟師の方が兼業しているブルワリーなので、農耕日や狩猟日には休みの事もあるんです」

「はー、そうなんだ。それは飲んでみたいなあ。フェスの時行ってみるか」

「うん。そうしよう」


 シンタの言葉を聞いてヤスと一緒にうんうんと頷いていたコータが、ハッとした顔になって手をパンパンと叩く。


「そうだそうだ。フェスだフェス。持ってく酒決めなきゃだな。このまま好きな酒上げてったらキリねえな。……そうだな、えーっと、それじゃあ一人ひとつずつ、ベースの酒を上げてくか。それを持ち込むことにして、残りはツムギに任せよう」


 コータは、振り返って後ろの棚に並んでいるビンを眺める。


「まず俺からな。えーっと……あれ? 無いな? ま、いいか。俺はジンね。あれがあれば後はいいや」

「はい。ジンですね。今はここに入れてありますよ」


 そういうと、ツムギは足元の冷凍庫からタンカレーの瓶を取り出してカウンターへと置いた。


「ああ、そっか。そのほうが冷えるし凍らねーんだっけな。あとそうだ、一緒にこれも頼む」


 そう言うと、コータは手にしていたトニック・ウォーターの小瓶を軽く振る。

 トニック・ウォーター自体は、お酒ではない。カクテルを作成するときに、ベースとなるお酒を割る炭酸飲料だ。ほのかにハーブの香りと甘みが付加されており、そのまま飲んでも、「香り付きの炭酸水」の代わりにもなる。


「わかりました。カクテル用に何箱か持って行くつもりでしたので大丈夫ですよ」

「よし。じゃあ次。ミナミは?」


 ミナミは、特に棚を見回すことなく即答する。


「たまご! カルーア! 紅茶! 一つ選ぶなら……たまご!」

「はい。わかりました。これですね」


 ツムギが棚からワニンクスのアドヴォカードの瓶を取り出してカウンターに置くと、ミナミは嬉しそうにビンに両手を添えた。


「コータ君、ミルクはどうしましょう。持ち込んでもいいし、現地でミルキーさんのとこから買ってもいいですけど」

「だなあ。どうせ仕入先もミルキーさんだしなあ。まあ、任せるよ。で、ヤスは?」


 ヤスも棚をちらっと見たが、ほぼ迷うことなくカンパリの瓶を指さした。


「やっぱりカンパリで。オレンジでもグレープフルーツでもソーダでもなんでもアリで」

「ふふ。わかりました。いいフルーツを探しておきますね」


 ツヅキはサントリーのカンパリの瓶をカウンターに並べる。


「で、俺か。そうだなあ……じゃあ、ウォッカにするかな。朝霧の夜は冷えるしな」


 シンタは、しばらく考えるとそう言った。ツムギは頷いて足元の冷凍庫からストリチナヤのウォッカを出して、カウンターへと並べた。


「はい。わかりました。あとは私ですね。そうですね……やっぱりラムとテキーラを持って行きますか。フルーツやトニックがあれば、いろいろなオーダーに対応できるでしょうし」


 ツムギがラムとテキーラの瓶をカウンター上に追加すると、コータがパチンと手を打った。


「よっし、これで決まりだな! いやあ、楽しみだなあ。あと2週間も無いくらいでフェスがくるのか」

「はい。あ、それとあとひとつありました」


 ツムギはそういうと、棚からワインの瓶を取り出してカウンターへと並べた。


「シンタさんも言っていた通り、朝霧の夜は寒くなるでしょうから、ホットワインを用意しておきますね。たしか、シナモンもまだあったと思いますし」

「おー、そりゃいいな。さすがツムギは気が利くな」

「うちの嫁ですから」

「は?」


 ミナミとコータが睨み合いを始めた横で、今度はシンタがポンとひとつ手を叩いた。


「そうだそうだ。嫁と言えば、お前ら日曜日はよろしくな。はい、ヤス。これ俺たちの子供の頃の写真。他に余興の時にこっちで用意しといた方がいい物とかあるか?」


 シンタが、バッグからアルバムを取り出してヤスに渡す。次の日曜日は、シンタの結婚式なのだ。式にはコータ・ミナミ・ヤスの3人が招かれており、余興を頼まれている。3人は顔を見合わせると、ミナミが小学生のように手を上げた。


「はーい。シンちゃん、ピアノ用意できる?」

「ピアノ? ああ、いちおうあるぞ。無駄にデカい式場頼んだからな」

「よかった。じゃああとは大丈夫。何やるかは当日のお楽しみで」


 ミナミは腕を組んでフフフフと不敵に笑う。シンタは若干不安そうな顔になったが、にこっと笑うと、期待してるぞ、と言ってグラスを口に運んだ。


「ムギちゃんは用事があって来れないんだよね。ごめんね、俺たちだけで楽しんじゃって」

「いえ、良い式になるといいですね」

「ありがとう。トビセもムギちゃんに会いたいって残念がってたよ。2次会の後に抜け出して連れてくるからさ、その時に挨拶させてくれって。夜にはもう用事済んでるの?」

「はい。大丈夫です。私もトビセさんに直接お祝い言いたくて。会うの楽しみです」

「よかった。ところで何の用事なの? フェス関係で忙しいとか?」


 シンタがそう口にすると、ツムギとコータは、困ったように顔を見合わせた。だが、すぐにコータが取り繕うように言った。


「まあ、そんなもんだ」


 妙な空気が場に流れると、ツムギがコータの肩に手を置いてひとつ頷いた。


「コータ君。やっぱり皆には本当のことを話しておきましょう」

「お前……いいのか?」

「はい。ずっと打ち明けたいと思っていて。いい機会なので」

「わかった」


 ツムギは改まった様子で皆の顔を見まわすと、ゆっくりとした口調で切り出した。


「ごめんなさい。シンタさん、日曜日に用事があるというのは、嘘なんです」

「うん」


 何事かあると察した3人は、真っすぐツムギの方を向いて話を聞く体制になっている。シンタも相槌を打つだけで先を促した。


「実は、列席者の方々の中に、会いたくない人がいるんです」

「俺たちの式の列席者に?」


 シンタは流石に驚いたようで、思わず聞き返す。ツムギはゆっくりと頷き、はっきりした口調で答えた。


「はい。私の――。私の本当の父です」

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