第18話 噴進弾と88㎜戦車砲の威力『越乃国戦記 後編』(5式中戦車乙2型/チリオツニの奮戦 1945年秋)

■11月5日 月曜日 午前8時45分過ぎ 植林帯から廃墟の集落へ転戦


 金石(かないわ)街道を進んで来た敵の先頭縦隊の戦車を撃破し始(はじ)めた其(そ)の時、右前方200mの畦道(あぜみち)から長く炎(ほのお)の尾を引く大きな噴進弾(ふんしんだん)が一斉(いっせい)に打ち上げられて、遠く金石砂丘の際(きわ)に家屋が連(つら)なる宮越(みやこし)と大野(おおの)の集落へと向かって飛んで行く。

ブオォ、ブオォ、ブオォォォ!

 桜花(おうか)のロケット推進音とは違う、耳を潰(つぶ)す様な少し低めの轟音(ごうおん)は飛翔(ひしょう)直後から長く吹(ふ)き続ける尺八(しゃくはち)の様な音(ね)の重(かさ)なりに聞こえて、溝鼠色(ドブねずみいろ)の太い燃焼煙が見上げる角度で細くなって行き、『あの跳(は)ねた墨(すみ)みたいな小さな粒達(つぶたち)が落ちて行くんだ!』と思った時、スゥっと炎が消えるとフッと喧(やかま)しい音が途絶(とだ)え、黒くて細い煙筋(けむりすじ)が高空の風に流されて乱(みだ)れた。

 燃焼炎は熱い強風となって噴煙(ふんえん)と共に、アメノウズメへ噴(ふ)き掛けて来たが直ぐに吹(ふ)き払(はら)われた。

 だが、真夏の日向(ひなた)に居(い)る様な熱気は暫(しばら)く車内に残り、搭乗員達の気持ちを高揚(こうよう)されてくれた。

 噴進弾に狙(ねら)われている集落は、住民達が既(すで)に金沢市の山手(やまて)へ避難(ひなん)して無人だったが、敵の戦車隊に続いて進撃していた歩兵部隊と水田を進んで来た歩兵部隊の最後方が、反撃されて炎上する戦車隊を見て今は攻撃発起(ほっき)の最前線陣地となっている集落内へと急(いそ)いで戻っているのが見えていた。

 新(あら)たに日本軍の抵抗(ていこう)火点(かてん)と思(おぼ)しき、植林帯や周辺の集落を砲撃と空爆で灰塵(かいじん)と化してから、再度、戦車隊を先頭に侵攻(しんこう)して来るつもりだったのだろう。

 実際、それが彼らの常套手段(じょうとうしゅだん)で、それを可能とさせる戦力の余力を敵は持っていた。だが其の支援を実行して侵攻作戦を練(ね)り直し、進撃隊形を組む前に52発もの直径20㎝のロケット弾が時刻(じこく)を合わせて、彼らの頭上に向けて一遍(いっぺん)に発射された。

 ロケット弾は橙色(だいだいいろ)に輝(かがや)く炎を噴きながら濃(こ)い灰色の太い煙の尾を伸ばし、集落の家々の大屋根を遥(はる)か高く越える弧(こ)を描(えが)いて敵陣へと落下すると、半径100mの範囲へ死の破片(はへん)と火炎を飛散させる大爆発を起こした。更に角度を変えて同時発射された同数の大型噴進弾は射程を伸ばして、宮腰(みやこし)漁港から大野湊(おおのみなと)までの金石砂丘を越えた海側一帯へも噴き上がる炎となって着弾した。

 金石砂丘の手前際と向こう側へ一遍に着弾して、一斉に大爆発した噴進弾は、再度の前進の為に集結していた敵の歩兵部隊と海岸に大量に集積した弾薬や燃料を爆砕(ばくさい)して、大音響を伴(ともな)った地震のような揺(ゆ)れと夕陽(ゆうひ)よりも大きな炎の輝きの並(なら)びを見せてくれた。

 金石砂丘を挟(はさ)んで大きな炎の立ち壁(かべ)ができ、何者も熱の災厄(さいやく)から逃れられないと思わせた。

 炎の立ち壁が消えると長く連なった二(ふた)つの集落の破壊痕(あと)から発生した、立ち昇(のぼ)る火事の二十数条の煙が遠望できた。

 噴進弾の発射陣地が並んで配置されていた二つの長い畦道は、発射台や陣地壁として組まれた線路の枕木(まくらぎ)と秘匿(ひとく)の為に幾重(いくえ)にも被(かぶ)せられていた筵(むしろ)と肥溜(こえだ)めに模(も)していた板材が燃やされて、白煙や黒煙がもうもうと立ち昇って空を覆(おお)うとしていた。

 他にも犀川や浅野川の土手(どて)沿いに分散して集められた籾殻(もみがら)の山が順番に燃やされて、朝靄(あさもや)のような霞(かす)ませる煙を絶(た)やさないようにしている。

 2射目を発射する予備弾が無い噴進弾発射陣地を燃やして火事にしていたのは、発射操作を行っていた義勇隊の少年達と国民服を着た壮年(そうねん)の国防隊の人達だった。

 陣地が燃え盛(さか)るのを確認した彼らは、一目散(いちもくさん)に駆(か)けて来て植林帯を通り越し、後方の金沢駅西側の集落間に、同様な噴進弾の発射陣地を秘匿配置した畦道へと移(うつ)って行った。

 打(う)ち上げられる噴進弾と其の弾着方向を泥田(どろた)に伏せて呆然(ぼうぜん)と見ていた敵歩兵達が立ち上がり、噴進弾の轟音での耳鳴(みみな)りに悩(なや)まされながらも進軍したが、刺(さ)して有った竹竿(たけざお)の横を通過した時、防衛隊の一斉射撃が浴(あ)びせられた。

 機関銃小隊の指揮所と予備弾薬は大抵(たいてい)、鎮守(ちんじゅ)の森の木立(こだち)に囲(かこ)まれた集落の神社に置かれて、其処(そこ)から各機関銃分隊へ射撃命令が下された。

 近距離に接近する敵兵へ各集落の機関銃から一斉射が開始され、バタバタとアメリカ兵は薙(な)ぎ倒(たお)されて行く。

 機関銃陣地は半壊(はんかい)した大きな農家の床下(ゆかした)に周囲を土嚢(どのう)で固(かた)めて造(つく)られたトーチカか、畑脇(はたけわき)の肥溜めを外周の板塀に石材の補強をして交互(こうご)に重ねた枕木を屋根代わり被(かぶ)せてから泥と砂で隠したトーチカで、伏せる敵兵を直角に複数の射線が交差するように配置された機関銃で、迫(せま)り来る戦い慣(な)れした敵の海兵隊の兵士の半数以上に射弾(いだん)を確実に浴びせて撃ち倒し、残りを泥水の中に射竦(いすく)めた。

 防衛隊の塹壕陣地に気付かずに真横を通過していた露払(つゆはら)い役の敵戦車は。防衛隊員が携行(けいこう)する対戦車噴進砲に後方や側面から狙われて、横や後(うしろ)の薄い装甲を貫通(かんつう)して来た複数の鉄の噴流で次々と炎上させられている。

 噴進弾の発射人員が後方へ下がると入(い)れ違(ちが)いに、対戦車噴進砲を携行した義勇隊と留守(るす)部隊の陸軍兵達が機関銃を装備して植林帯まで増援(ぞうえん)として来(く)る予定になっていたが、来(き)ている様子は無かった。

 此(こ)の状況で来(こ)られても予想される敵の砲撃と空爆で無駄(むだ)に損害を増(ふ)やすだけになるので、それらが済(す)むまで後方で待機しているつもりなのだろう。

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バゥン!

ガラン、バサッ、ガサッ、ガコン!

バゥン!

 噴進弾が天高(てんたか)く上がって行く最中(さいちゅう)に、上杉(うえすぎ)准尉(じゅんい)が急いで装填(そうてん)して加藤(かとう)少尉(しょうい)が続け様に放った砲弾は、此方側(こちらがわ)を前進して来た敵戦車2輌へ見事に命中して、敵戦車群の戦闘意欲を粉砕していた。

 上陸したアメリカ軍は既に金石砂丘の海岸側へ砲兵陣地を構築しているはずだが、未(いま)だに制圧射撃を加えて来ないところをみると、噴進弾の爆裂で損害を被(こうむ)っているのかも知れない。

「上杉准尉、まだ敵に此方の位置が知られていない。敵戦車隊の前面と右側の集落と敵側前面に煙幕弾を発射して、目隠(めかく)しをする」

「狙いが定まったら、発射しろ!」

「大尉、了解しました。頃合(ころあ)いを見定めて、煙幕弾を射ちます」

「指中(さしなか)1等兵、煙幕が展開されたら、植林帯から金石街道へ出て、全速で右側の集落へ移動するぞ! 集落では北西の角(かど)へ行き、崩(くず)れた塀や倒(たお)れた庭木の影、もしくは半壊の家屋の中に隠れろ」

「加藤少尉、残った2輌を始末するぞ!」

「了解です、大尉』

「移動途中で、敵戦車を撃てそうなら知らせろ。停(と)めて殲滅するぞ!」

「赤芝(あかしば)2等兵、敵の戦車兵でも、歩兵でも、見付けたなら機銃で射竦(いすく)めろ!」

「大尉、発煙弾、照準良し!」

「上杉准尉、発煙弾を発射ぁ!」

バスッ、……バスッ。

 僅かな間隔(かんかく)を置いて放たれた発煙弾は、狙った場所で予想していた以上の、打ち上げ花火の1尺玉(いっしゃくだま)よりも大きく破裂(はれつ)して完全に敵の目隠しをしてくれた。

「よし、指中1等兵、アメノウズメの御光臨(ごこうりん)だ!先頭縦隊を屠(ほふ)り終えたら、次は後方縦隊の残りを殺(や)るぞ!」

「はい! アメノウズメの向きを変えて、林の中を街道まで速(すみ)やかに進み、それから煙幕下を全速で右側の集落まで移動します。大尉!」

 車体後面の排気管から大量の青白い燃焼煙を吐かせながらアメノウズメの向きを変えた指中1等兵は、片野の砂丘での走行訓練の時の全速力と同じくらいの速度で金石街道上を進み、大きな家の塀と塀横の納屋(なや)を潰(つぶ)して止まった。

「指中1等兵、このまま庭先を通って西の端(はし)の家まで進めろ」

「了解しました、大尉。このまま前進します」

 集落内の数件の家の塀や生垣(いけがき)を押し倒し、背戸(せど)の池を埋め、納屋や石の灯篭(とうろう)を倒壊させながら指中1等兵は、集落の金石側の端に在る屋敷森(やしきもり)に囲(かこ)まれた大きな農家の広い庭でアメノウズメを停止させた。

 司令塔のペリスコープから、アメノウズメに撃破されて金石街道上に燻(くすぶ)る敵の先頭戦車縦隊の車列の中で、撃ち洩(も)らしていた2輌の方向を反転させているのが見えた。

「後退する寸前だぞ! 2輌共、側面が丸見えだ!」

「加藤少尉、砲塔は、砲身を何処(どこ)にも引っ掛けないで、旋回(せんかい)できるな」

「右の母屋(おもや)側以外は、問題無く旋回できます。大尉」

「指中1等兵、右斜めに構(かま)えろ!」

「了解、大尉!」

 排気煙を上げない様にエンジンを僅かに噴かして左側の履帯(りたい)が少し回転して、車体の左角が敵に向けられた。

「加藤少尉、砲を左へ回して、残りの2輌を殺ってくれ!」

 砲塔が左に回り、砲身が狙いを定めて行く。

 正面のペリスコープの長方形の鏡に映(うつ)る街道に、先頭車が燃える敵の後方の戦車縦隊と街道脇の溝や線路へ退避して、こちらを隠れ見ている敵の歩兵達がいた。

 左側のペリスコープに集落の中を隠れながら敵に迫る防衛隊員達と、小型化した対戦車噴進弾兵器を携行した若い挺身勤皇隊員達が背を低く屈(かが)めて、畦道を進むのが見えた。

「赤芝2等兵、敵後方縦隊の車列横に敵の歩兵どもが伏せている! 見えるか? 脇の線路や溝にもいるぞ! 射ち倒せ! それから、防衛隊と義勇隊が前進しているから、機銃の射線に入れないように、気を付けろ!」

「道路上と側溝(そっこう)に敵兵が見えます。味方(みかた)を撃たないようにします、大尉。撃ちます!」

ダダッ! ダダダダッ!

 車体前面にボールマウント式で搭載する口径7.7㎜の97式機関銃が射ち始めて、籠(こも)るような連射音が聞こえ出した。

 其の連射音に合わせて小気味の良い振動が手を置く司令塔の鋼板から伝わって来ると、薄く漂い出した戦車砲弾の発射薬の燃焼とは違う色と臭いの発砲煙が臭覚(しゅうかく)を刺激(しげき)した。

 機銃弾の5発毎(ごと)に1発入れられている曳光弾(えいこうだん)の橙色(だいだいいろ)の輝きが、低い弾道から敵兵へと集弾して行く狙いの良さを、出そうになるくしゃみを堪(こら)えながら感心して見ていると、敵戦車へ照準を合わせ終えた加藤少尉が発砲した。

「撃ちます!」

バゥン!

 逃げようと向きを変えていた敵戦車へ朱色(しゅいろ)の曳光が吸い込まれて行き、暗(くら)い緑色の車体に真っ黒な孔がポコッと開いた。

ガラン、バサッ、ガサッ、ガコン!

 次の88㎜砲弾が装填されている間に、全部のハッチが開いて敵の搭乗員達が被弾した戦車から脱出して言った。

 装填を終えた事を上杉准尉が砲手の加藤少尉へ知らせると、加藤少尉は一瞥(いちべつ)して上杉准尉の安全を確かめて引き金を引く。

バゥン!

 放たれた砲弾は、被弾した僚車の向こうを後退して行く敵先頭縦隊の最期の1輌の後部側面へ命中して、忽(たちま)ち炎上させた。

「よし! これで先頭縦隊の8輌全部と、後続の縦隊の先頭車を仕留めたな。良く遣った加藤少尉! 後続の縦隊の残りは、前から後方へと、確実に狙える奴から撃って行け!」

「はい、大尉。ありがとうございます」

 砲塔が右へ少し旋回して、加藤少尉が次の獲物(えもの)に狙いを付け始めた。

 義勇隊の少年達が畦道から街道上に出て携行した噴進弾や擲弾筒(てきだんとう)を撃ち、敵歩兵と激しく交戦している様子が見える。だが半自動小銃と多くの自動火器を装備するアメリカ軍に圧倒(あっとう)されている。

 畦道を駆(か)けて街道の敵兵の側面を攻(せ)めようとした防衛隊も、逆に間断(かんだん)無く放たれる敵の自動火器の弾幕で近寄(ちかよ)れず、畦や農道の僅かな窪地(くぼち)に伏せて、じりじりと後退するしかない状態に見える。

 水浸(みずびた)しの水田にボチャン、ボチャンと何かが頻繁(ひんぱん)に落ちて来て、時々爆発していた。

 直(す)ぐに、其の爆発は、義勇隊と防衛隊の決死の反撃を阻(はば)む敵の迫撃砲弾で、疎(まば)らに炸裂するのは、落下して来る口径が60㎜や81㎜の軽い迫撃砲弾では、深く軟(やわ)らかい水田の泥と溶(と)けた粘土の層を貫(つらぬ)けずに弾頭先端の着発信管が作動しない所為(せい)だと理解した。

 加藤少尉が発砲を続ける中、暫(しば)し見守っていると着弾した半数以上が炸裂(さくれつ)していなくて、其の多くが不発弾になっている。

 それが防衛隊の損害を軽微(けいび)にさせている事に喜(よろこ)んだが、季節外れの水張(みずば)りをした上に台風の豪雨(ごうう)が冠水(かんすい)させて土壌(どじょう)を深くまで緩(ゆる)めた水田は、履帯幅が60㎝のチリオツニでも忽ち嵌(はま)って仕舞い、其の遮蔽物(しゃへいぶつ)の無い水田地帯での緩慢(かんまん)になる動きは、敵の恰好(かっこう)な標的になるだろう。

 アメリカ軍のM4戦車は、履帯幅を広くする部品を取り付けているが、嵌り込んで身動きが儘らない様にならない為の物で、機敏(きびん)な動きを可能にする物ではないだろう。

 急な旋回や進路変更は履帯の外(はず)れを招(まね)き、それこそ車体底が閊(つか)えるまで泥に沈んでしまうだろう。

 陣地間の連絡に使われている履帯仕様(しよう)で軽量な94式軽装甲車でさえも、着底する車体の腹に履帯は空転して立ち往生(おうじょう)してしまうだろうから、集落内の乾燥(かんそう)した土地や造成した陣地への通路、それに金石街道と金石電車軌道(きどう)の線路上しか、チリオツニを安心して走行させる事ができない。


つづく

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