第17話 初弾命中!『越乃国戦記 後編』(5式中戦車乙2型/チリオツニの奮戦 1945年秋)

■11月5日 月曜日 午前8時40分過ぎ 金石街道近くの植林帯の中


 先程(さきほど)まで頻繁(ひんぱん)に聞こえていた対空射撃音が疎(まば)らになっていた。

 完全偽装(ぎそう)で空からの脅威(きょうい)から逃(のが)れ、艦砲射撃の弾着に耐(た)えていた海軍の3連装25㎜機銃の連射は、西洋の死神が一閃(いっせん)する大鎌(おおかま)の様に敵歩兵達を薙(な)ぎ払(はら)い、装甲兵員輸送車の車列も穴だらけにした発砲は凡(おおよ)その方向と位置を敵に晒(さら)してしまった。

 更(さら)に薄(うす)れた煙幕に隠れ蓑(かくれみの)の効果が無くなった事で、正確な位置が敵に悟(さと)られると、忽(たちま)ち砲弾の嵐(あらし)や爆弾と機銃掃射の暴風雨(ぼうふうう)、そして極(ごく)短時間の敵の戦闘爆撃機との足掻(あが)く様な撃ち合いの末(すえ)に、マッチ棒細工(ざいく)の如(ごと)く潰(つぶ)されていった。

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 犀川(さいがわ)の河口の南岸、専光寺(せんこうじ)地区の浜に上陸した敵の歩兵と揚陸(ようりく)された戦車は、有効な対戦車兵器が地雷と携行式(けいこうしき)憤進弾(ふんしんだん)のみの防衛戦線を破(やぶ)って西金沢(にしかなざわ)の駅へ1㎞余りに迫(せま)っている。

 川向こうの植林帯の海側に在る稚日野(わかひの)と北塚(きたづか)の集落までアメリカ軍が侵攻して来て占領しているとの無連連絡が入っていた。

 今日の犀川の流速と水量を確認していないが、水位(すいい)が高くても、アメリカ軍の架橋(かきょう)装備や水陸両用戦車で、日本の2級河川(かせん)など易々(やすやす)と渡河(とか)してくるだろう。

 我々の側面位置になる対岸から煙幕に隠れて渡(わた)られると、金石街道の防衛隊の側面を攻(せ)められる事になり、金沢正面の戦線が総崩(そうくず)れになってしまう非常に危険な状況に陥(おちい)る。

「大尉、敵戦車縦隊は、金石街道を、尚(なお)も接近して来ます」

「はっ! ……そうか!」

 レシーバーに聞こえた砲手の加藤(かとう)少尉(しょうい)の声が、白昼夢(はくちゅうむ)を見て瞼(まぶた)を閉(と)じ掛けていた私を目覚(めざ)めさせた。

「大尉(たいい)、後方縦隊の先頭車との距離が、1000mを切りました。最初の縦隊の先頭車は500mです。射撃を開始しますか?」

「よぉ~し、後方縦隊の先頭に狙(ねら)いは付けているな?」

「はい! 狙いを付けています、大尉」

「よろしい、撃(う)てぇ!」

「撃ちます!」

バゥン!

 訓練射撃と同様に短(みじか)い発射音が響(ひび)き、砲身が勢(いきお)い良く70㎝ほども後ろへ滑(すべ)り、自動機構(きこう)で閉鎖器(へいさき)が開くと、発射薬を爆発燃焼(ねんしょう)させて弾頭(だんとう)を撃ち終えた空の薬莢(やっきょう)が薬室(やくしつ)から抜(ぬ)け落ち、床(ゆか)に用意されていたアルマイト製の四角い容器の中へ落ち、ガランと大きな音を立てて転(ころ)がった。

 後退(こうたい)した砲身は排莢(はいきょう)すると直(す)ぐに復座機(ふくざき)で元の位置へ戻(もど)ると、直ぐ様、上杉(うえすぎ)准尉(じゅんい)が次弾の徹甲弾(てっこうだん)を装填(そうてん)して赤いランプを灯(とも)した。

 発射から次弾装填完了まで、僅(わず)かに4秒。

 加藤少尉が照準(しょうじゅん)を定(さだ)める間に、上杉准尉は装弾庫から次に装填する徹甲榴弾(てっこうりゅうだん)を取り出している。

「命中! 横を向いて止まったぞ。だが、履帯(りたい)を切断しただけだ! もう1発だ。側面に命中させろ!」

「了解(りょうかい)! 撃ちます」

バゥン!

 敵の後方縦隊の先頭戦車の曝(さら)した側面の中央に火花(ひばな)が散(ち)って、ポコッと穴が開いた刹那(せつな)、爆発の炎(ほのお)が噴(ふ)き出て砲塔を路肩(ろかた)に飛ばした。

 ガラン、カコンと上杉准尉が装填した音に混(ま)じって、撃破(げきは)した敵戦車の方向からドドーンと落雷のような搭載(とうさい)弾薬の爆発する音が聞こえて来た。

「よし! 上手(うま)いぞ、加藤少尉。次は先頭縦隊の最後尾を撃て!」

「撃ちます!」

バゥン!

 狙われた敵の先頭縦隊の最後尾の戦車は、砲塔の右側前面に命中の火花が飛び、貫穿(かんせん)して内部で爆発した徹甲榴弾に、砲塔上面のハッチを半開きにして周囲を覗(のぞ)いていた車長と装填手が押し出されるようにハッチの縁(ふち)に凭(もた)れ掛かると、其の儘(そのまま)二人(ふたり)は動かなくなり、戦車は停止した。

 其(そ)の砲塔上のハッチから上がり出した黒煙が直ぐに炎に変わり、誰(だれ)も脱出しない儘に最後尾の敵戦車は大きな炎に包(つつ)まれた。

「またもや完全に破壊(はかい)したな! いい調子(ちょうし)だ加藤少尉! この調子で、どんどん行くぞ! 次は、其の前の奴(やつ)だ」

「はっ! ございます、大尉。次を撃ちます」

バゥン!

 少し車列から外(はず)れて正面の半分以上を見せていた最後尾から2輌目は、加藤少尉に由(よ)って操縦手前面の装甲板にポツンと丸く、徹甲榴弾の貫穿した黒い孔が開(あ)けられた。

「加藤少尉、残りの6輌は自由に撃て。ただし、1輌も逃(に)がすな!」

 残りの6輌は、漸(ようや)く最後尾から撃たれている事に気付いて左右に列を乱(みだ)し始(はじ)めた。

 列を離れたのが、此方側(こちらがわ)に3輌、内2輌は砲身を左右に振(ふ)って仲間を殺(や)った相手を探(さが)しているが、どうも、其の動きから察(さっ)するに複数の対戦車砲か、水平に構(かま)えた高射砲に狙われていると考えているようだ。

 後方から3輌目のM4戦車は最早(もはや)、隊列の体(たい)を成(な)さなくなった列から離れて行き、そして後方へ逃れようと反転してエンジンを吹(ふ)かした。

「了解! 全(すべ)て撃破します。撃ち漏(も)らしません、大尉!」

「撃方(うちかた)、始めます」

バゥン!

 88㎜砲の鋭(するど)い乾(かわ)いた発砲音と後座(こうざ)する砲身に車内の空気が乱れ、潜望鏡(せんぼうきょう)越(ご)しに見える薄(うす)い硝煙(しょうえん)の中を赤い火の玉が小さくなって消えて行き、反転して見せた敵戦車の後部が一瞬(いっしゅん)、ブルンと寒気(さむけ)が走った様に震(ふる)えると、上面のあらゆるハッチの隙間(すきま)からゴォッと爆発的に火を噴き出した。

 敵前で防御(ぼうぎょ)の弱い後面部を晒(さら)すなんて愚(おろ)かな判断は、忽(たちま)ち燃える鉄の棺(ひつぎ)となって後悔(こうかい)をする間も無く火葬に至(いた)った。

 まだ、列に留(とど)まって停車しているのが1輌、これは、列を乱した僚車(りょうしゃ)に遮蔽(しゃへい)されて角度的に命中しても、弾頭が滑ってしまいそうだ。

 残りの1輌は、反対側へ列を外れて、砲身を上下左右に振って索敵(さくてき)をする砲塔の一部が見えるのだが、砲塔の大半と車体は撃破された僚車で死角(しかく)になってしまい、此処(ここ)からは良く見えない。

「まだ、敵はこっちを見付けていないぞ! 加藤少尉、此方側へ出た3輌から始末(しまつ)するんだ! 先に後方のを殺ってくれ!」

「了解、後方から始末し……」

バゥン!

 復唱(ふくしょう)が言い終わらない内に発射された砲弾の朱色(しゅいろ)の曳光(えいこう)は、後進を加速し始めた後方のM4戦車へ吸い込まれてガックンと膝(ひざ)が折れたように停車すると、乗員達が我先(われさき)にと脱出して行く。


つづく

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