第15話 一撃必勝の戦法『越乃国戦記 後編』(5式中戦車乙2型/チリオツニの奮戦 1945年秋)

■11月5日 月曜日 午前8時30分過ぎ 金石街道近くの植林帯の中


「大尉殿(たいいどの)、敵戦車縦隊(じゅうたい)の後方に続(つづ)く装甲車隊の後ろにも敵戦車の縦隊です。其(そ)の後ろにも敵戦車が続いてます。先頭縦隊の最後尾から300m後方です」

 霞(かす)む視界の中でも凡(おおよ)その距離を測(はか)れる照準眼鏡を覗(のぞ)く加藤(かとう)少尉(しょうい)が報告した。

「加藤少尉、最初の縦隊の先頭車を狙(ねら)うのはヤメだ! 前言(ぜんげん)の命令は撤回(てっかい)する! 先に敵の後方縦隊の先頭戦車を狙え!」

「了解(りょうかい)! 後方縦隊の先頭戦車に狙いを変更します。……大尉殿、照準眼鏡に、後方縦隊の先頭戦車を捉えました」

「よし、そいつから殺(や)って後方縦隊を足止(あしど)めするぞ。それから先頭縦隊の最後尾から前へ、逃げ場(にげば)を無くしながら、順番に始末(しまつ)して行くんだ」

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 仕留(しと)め方(かた)は、レイテ島で叢(くさむら)の中の1本道を1列で迫(せま)って来るゲリラを皆殺(みなごろ)しにした射ち方だ。

 叢の中の小径(こみち)を横切ろうとした時、100mほど向こうから一人(ひとり)のゲリラの男が立って私を見ていた。

 咄嗟(とっさ)に銃を構(かま)えて狙いを付け、男が叫(さけ)んで私の事を知らせる前に発砲して1発で倒した。

 すると、男がいた辺(あた)りの叢から、ワラワラと十五、六人のフィリピン人ゲリラが立ち上がり、私を殺(ころ)すか、捕(と)らえようと、此方(こちら)へ向かって駆(か)けて来るのが見えていた。

 胸近(むねちか)くの高さに生い茂(おいしげ)った草原の中に踏(ふ)み固(かた)められた真っ直(まっす)ぐな生活路だったが、一人(ひとり)が通(とお)れるだけの幅(はば)しかない小径(こみち)だったから、撃ち掛けて来たのは先頭の二人(ふたり)ぐらいだった。

 ゲリラ達が持つ小銃は日本兵から奪(うば)った、ボルトアクションで装填(そうてん)と排莢(はいきょう)を行う装弾数5発の38式歩兵銃ばかりだった。

 装弾された5発は連発がだが、1発撃つ度(たび)にレバーを起(おこ)してからボルトを引いて爆発燃焼(ねんしょう)を終えた薬莢(やっきょう)を排莢(はいきょう)させ、それからまた、ボルトを押し込みながら弾倉の銃弾を装填させる。そしてレバーを元の位置へ倒(たお)して固定すると、引き金を引くだけで弾丸を発射できる状態になる。

 走りながら此(こ)の一連(いちれん)の弾込(たまこ)め操作(そうさ)を行い、狙いを付けて引き金を引いたとしても、息切(いきぎ)れで喘(あえ)ぐ胸の上下(じょうげ)する動きと、駆ける体の左右の揺れで定まらない弾道に、直撃は無くて、敵弾は至近を掠(かす)める程度だった。

 直ぐに私は、脇(わき)の叢に2mほど入って、最後尾のゲリラから先頭へ100式短機関銃の弾倉に残る20数発の全弾の連射で全員を射ち倒すと、後は弾倉を交換しながら小道へ出て、倒れているゲリラ達の見える頭や胸や腹を一人、一人、狙い撃ちで止(とど)めを刺(さ)した。

 先頭から倒して行くと、後ろの者は前方の者達が銃弾を受けて数が減(へ)って行く様(さま)に怖気付(おじけづ)き、忽(たちま)ち叢に隠(かく)れて逃走してしまうだろう。

 それに倒れる者が盾(たて)となって致命傷(ちめいしょう)を与(あた)えられなかった後ろの者から、脅威的(きょういてき)な反撃を喰(く)らう可能性も有った。

 一人でも屠り損(そこ)なうとアメリカ軍に通報されて仕舞い、たった一人の好戦的な日本兵を殺す為(ため)の山狩(やまが)りが始(はじ)まり、上空には私を探(さが)す偵察機が飛び、進みそうな方向には先回りした敵が罠(わな)を仕掛けて待ち伏(まちぶ)せする。

 猛獣(もうじゅう)や原住民への遭遇(そうぐう)程度の警戒が、視界に入る遠近全(すべ)ての影が注意すべき必然(ひつぜん)となって、一時(いっとき)も神経が休まらず、速(すみ)やかな移動は困難になってレイテ島から脱出できずにいただろう。

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 ゲリラ達を仕留めたのと同じ、逃げられ易(やす)い最後尾から撃破して逃げ場を無くし、先頭の縦隊の全車を屠(ほふ)ってやろうと、私は決めた。

「第2縦隊の先頭との距離が、1000mを切ったら、発砲しろ!初弾必中で最後尾の動きを止(と)めてくれ!」

「上杉(うえすぎ)准尉(じゅんい)。聞こえたか? 暫(しばら)くは間断(かんだん)無く、徹甲榴弾を矢継(やつ)ぎ早(ばや)に装填してくれ」

「大尉、了解です。迅速(じんそく)に徹甲榴弾を装填します」

「敵の歩兵部隊も続々と遣(や)って来るな。赤芝(あかしば)2等兵、指示は同じだ。全て、機銃で撃ち倒せ!」

「了解!」

 三人の返事の声が頼(たの)もしく揃(そろ)うのを聞きながら、双眼鏡でジリジリと迫る敵戦車縦隊を緊迫感と気負いで喘(あえ)ぎそうな息を鎮(しず)めて見ていながらも、ふと、一昨日(おととい)の晩飯(ばんめし)の後、宵闇(よいやみ)の中で会っていた彼女との語(かた)らいを思い出していた。

(死なないで……か……!)

 漆黒(しっこく)の影となって揺(ゆ)れる竹の葉の間から射(さ)す月明りの中、彼女は私の顔を見据(みす)えて小声ながらも、はっきりとそう言っていた。

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 大陸で国民党政府の首都で在った武漢(ウーハン)市の攻略戦や、それに続く襄東(シアンドン)平野の戦いでも、フィリピン攻略戦でのバターン半島の進撃でも、レイテ島での苦しい後退戦でも、部下達や周りにいた多くの戦友達が斃(たお)れていった。

 『靖国(やすくに)で会おうぞ!』、親しくしていた戦友は、そう言うと軍刀を振り翳(かざ)して硝煙に煙る中を敵陣へ切り込んで行った。

 『先に行って、待って…… いる…… ぞ……』、逃げ場の無い大量に落とされる敵の爆弾で大怪我(おおけが)を負(お)った、出征時(しゅっせいじ)から苦楽(くらく)を共にして一緒(いっしょ)に戦って来た戦友は、今際(いまわ)の際(きわ)に靖国神社で待つと言って事切(ことき)れた。

 『敵を殺(やっ)つけて、日本を勝利に導(みちび)く』という出征での大儀(たいぎ)の志(こころざし)は、己(おのれ)の最期に死に華(ばな)を咲かそうとする死を受け入れた捨て鉢(すてばち)な玉砕(ぎょくさい)の心境に今はなっていた。だが戦友達の今生(こんじょう)の別れの言葉を聞きながら私は思っていた。

(大日本帝国の軍人なら靖国神社か……。中華民国の将兵(しょうへい)は太平の天国か……? アメリカ兵だとヴェルハラか、ヘブンだろうか……? 誰も地獄やヘルへ落ちなくても良いのだろうか? 死後に待っている事ができる処(ところ)が在るのだろうか? そもそも、何故(なぜ)、靖国へ行かねばならないのだろうか? 本当に軍神になれるのか? 大切な人達が居る我が家(わがや)へ帰りたいとは思わないのか? 死後の世界など、本当に在るのだろうか?)

 勝(か)ち戦(いくさ)では、別けて整然と並べられた敵と味方の骸(むくろ)を眺(なが)めていて、負(ま)け戦では、野山に累々(るいるい)と朽(く)ち果(は)てた友軍の屍(しかばね)を横目で見ていた。

(本当に戦死した先達や戦友達が英霊(えいれい)となって靖国神社に集(つど)ったり、亡霊(ぼうれい)となったりして死地の戦場を彷徨(さまよ)っているのなら、戦争は既(すで)に終結しているはずだろう?)


つづく

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