第14話 接近する敵戦車縦隊『越乃国戦記 後編』(5式中戦車乙2型/チリオツニの奮戦 1945年秋)

■11月5日 月曜日 午前8時 金石街道近くの植林帯の中


 アメノウズメの周囲を警戒(けいかい)している義勇(ぎゆう)隊員の一人(ひとり)が、全身泥塗(どろまみ)れの少年を連(つ)れて来た。

 泥塗(どろまみ)れでも12、3歳にしか見えない少年は、此処(ここ)から1000mほど海よりに在る集落に前哨線(ぜんしょうせん)として配置されている機関銃隊の補助要員で、敵砲兵の効力射(こうりょくしゃ)が着弾する前に視認(しにん)した敵戦車縦隊の侵攻(しんこう)をアメノウズメへ知らせる伝令(でんれい)として、泥田(どろた)の中を泳(およ)ぐように来たのだった。

「報告します! 金石(かないわ)街道を敵戦車が1列縦隊(いちれつじゅうたい)で進んできます。確認できた数は、8輌です。以上!」

 泥田(どろた)の中を散開して迫(せま)り来(く)る敵戦車の他(ほか)に進軍し易(やす)い金石街道を、車速と火力と装甲防御に任(まか)せて前哨線(ぜんしょうせん)を突破(とっぱ)して来(き)た機甲(きこう)戦力が、防衛隊の側面や後方から強襲(きょうしゅう)して来る事は予想していた。

 それを阻(はば)んで撃退する為(ため)に我(わ)がアメノウズメは此処(ここ)にいる。

 あっさりとアメノウズメが緒戦(しょせん)で戦闘力を失(うしな)えば、挟撃(きょうげき)される防衛隊は支離滅裂(しりめつれつ)となって粉砕(ふんさい)され、1時間も経(た)たない内に敵軍は金沢市街地に突入してしまうだろう。

「御苦労(ごくろう)! お前の守備陣地は、まだ健在(けんざい)か?」

「敵の効力射(こうりょくしゃ)で重機が飛ばされるのを見ましたから、恐(おそ)らく…… 駄目(だめ)でしょう。でも、伝令任務の達成を報告に戻(もど)ります!」

「そうか、ならば、戻る事はならん。此処(ここ)の義勇隊に加(くわ)わって戦え!」

「……ですが、大尉(たいい)……。わっ、分かりました。自分は、此処で守備任務に就(つ)きます!」

 直立不動(ちょくりつふどう)で敬礼(けいれい)した後、少年兵は義勇隊員達に防火桶(ぼうかおけ)の水を掛けられて泥を落としながら、植林帯の前面に在(あ)る集落の守備陣地へと連れて行かれた。

 直(じき)に其処(そこ)も敵の歩兵と砲兵の激(はげ)しい攻撃に晒(さら)されて、少年達が生き残るのに難(むずか)しい状況と思えたが、防衛作戦上、守備に就(つ)かせなくてはならない。

「赤芝(あかしば)ぁ、無線で金沢前面の敵戦車隊が侵攻を開始したと、梯団(ていだん)の各小隊へ伝(つた)えろ! 」

「第3小隊2号車には、海上に敵艦船が現(あらわ)れて上陸行動を行(おこな)わないか、警戒を厳重(げんじゅう)にせよと、命(めい)じろ!」

「大尉、赤芝は、敵戦車隊の侵攻開始と厳重警戒を、各車に伝えます!」

「大尉! 敵戦車です。伝令の報告通り、街道を縦隊で進んで来ます」

 砲塔上面のハッチを開(あ)けて双眼鏡で索敵(さくてき)していた上杉(うえすぎ)准尉(じゅんい)が逸早(いちはや)く敵戦車を発見して報告すると、砲塔内に戻ってハッチを閉(し)め、砲手席から潜望鏡式(せんぼうきょうしき)観察窓を覗(のぞ)いて近くの様子を見ている。

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 敵戦車隊が遣(や)って来る金石街道沿いには夏の陽射(ひざ)しと冬の寒風を避(よ)ける並木として樹高の高い松の木が植(う)えられていて、金石の浜に上陸して侵攻して来る敵と待ち伏せの布陣を展開する我が防衛隊にとって、好不都合(こうふつごう)の有る遮蔽物(しゃへいぶつ)になっている。

 金石街道は金沢駅の南側に在る中橋町(なかばしまち)から犀川(さいがわ)河口の宮越(みやこし)とも呼(よ)ばれている金石町まで一直線に結(むす)ぶ、加賀藩(かがはん)期に造成された幅(はば)の広い見通しの良い物資運搬用の道路だ。

 金石街道の向かって右脇(みぎわき)に見える線路は明治期(めいじき)に敷(し)かれた鉄道馬車の鉄路を基(もと)にした北陸鉄道の電車が貨車(かしゃ)を牽引(けんいん)して走行する起動(きどう)路線で、貨物を満載したトラックが頻繁(ひんぱん)に走る未舗装(みほそう)の街道よりも40数トンの5式中戦車の重量に耐(た)えられる土木(どぼく)設計になっていた。

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「上杉准尉、徹甲榴弾(てっこうりゅうだん)を装填(そうてん)しろ」

「徹甲榴弾、装填完了!」

 閉鎖器(へいさき)が閉まり砲尾(ほうび)の薬室(やくしつ)に砲弾が装填された事を示(しめ)す赤いランプが、砲手の照準器(しょうじゅんき)脇(わき)に灯(とも)るのと同時に、装填手の上杉准尉の報告する声がレシーバーから聞こえた。

「加藤(かとう)少尉(しょうい)、敵戦車の先頭縦隊は8輌、単縦陣(たんじゅうじん)の1列で来るぞ! 速度は約30㎞! 戦車の後方に装甲車も列を成(な)しているぞ!」

「敵縦隊の車間は30m~50m、先頭車を400mまで引き付けてから、撃(う)つぞ!」

「初弾は、先頭のM4の正面、向かって右側、操縦席(そうじゅうせき)を狙(ねら)って停車させろ!」

「次弾は、砲塔基部(きぶ)を狙い、砲の旋回(せんかい)を出来なくするんだ!」

 双眼鏡で約1000mの距離の遠方に視認した、此方へ向かって来る敵戦車隊の状況を、砲手の加藤少尉へ知らせてから、射撃要領(ようりょう)を指示(しじ)する。

 敵戦車隊は、義勇隊員の少年が守備をしていたと思われる集落の残骸(ざんがい)へ機関銃の長い連射を浴(あ)びせると、他(ほか)にも日本兵が潜(ひそ)みそうな遮蔽物(しゃへいぶつ)へ機銃掃射をしたり、まだ形を留(とど)めている集落の家屋を榴弾で吹き飛ばしたりして、進攻方向を警戒しながら、追従(ついしょう)する歩兵部隊の歩(あゆ)む速度に合わせて、ゆっくりと近付いて来ている。

 敵戦車の車体の前面装甲板に搭載されている機関銃と砲塔上面に増設している2挺(てい)の機銃が、長い連続射撃で街道の両脇に点在する家屋や茂(しげ)みを掃射(そうしゃ)している間に、敵の火炎放射器を背負(せお)った歩兵が近付き、ホースで水を遠くへ撒(ま)く様に放射した火炎を浴びせて焼き払(はら)っていた。

 まだ非難せずに留まっている住人や命令に背(そむ)いて敵を迎(むか)え撃とうと潜んでいた防衛隊員が、火達磨(ひだるま)になって飛び出して来たり、炎(ほのお)の中で蠢(うごめ)く人影になっていたりしていないかと心配したが、確(たし)かに、どの火事場も無人の様だった。

「先頭車を撃破(げきは)した後は、最後尾の敵戦車の足回(あしまわ)りを狙って、停止させるんだ」

「それから、縦隊を外(はず)れて後退(こうたい)しようとする敵戦車を、順番は任(まか)せるから、全車を仕留(しと)めてくれ」

「了解です」

 まるで、ラジオ放送のニュースアナウンサーのような加藤少尉の息を乱(みだ)していない落ち着いた返事が、レシーバーに心地好(ここちよ)く響(ひび)く。

「上杉准尉、敵から砲撃されて、位置が知られたようなら、煙幕弾(えんまくだん)を敵戦車隊の前面と此方の手前側へ発射して、位置を変更(へんこう)する」

「命じたら、発射しろ」

「大尉、了解(りょうかい)しました」

「煙幕が敵の視界を遮(さえぎ)ったら、指中(さしなか)1等兵、右側の集落の北西角へ移動して、加藤少尉、敵戦車の残りを殲滅(せんめつ)するぞ!」

「赤芝2等兵、其処(そこ)から敵兵が見え次第(しだい)、直(ただ)ちに機銃で撃ち倒(たお)せ!」

「了解!」

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 アメリカ軍の機甲戦力の多大な投入と強引(ごういん)な進攻に焦(あせ)りが感じられた。

 ソ連の本州上陸を阻止(そし)するのなら、海上封鎖(ふうさ)だけで事が足(た)りるだろうが、大日本帝国を無条件降伏に導(みちび)けず、日本全土の完全占領に遅延(ちえん)しているとなれば、ソ連の艦隊と輸送船団は洋上の連合軍の艦隊を圧(お)し退(の)かせて通り抜(ぬ)け、本州への上陸を果(は)たすだろう。

 そうなれば、戦後の日本国土の分割統治にソ連は強い発言力を得(え)る事になる。

 それは、先ず日露(にちろ)戦争で割譲(かつじょう)された南樺太(みなみからふと)の帰属、それから、満州国の保護保全と治安(ちあん)の維持(いじ)を建前に傀儡(かいらい)政権を樹立させるまでの暫定(ざんてい)統治を行う。

 其の後(あと)は千島(ちしま)列島の全島と北海道全域と本州の東北地方を統括(とうかつ)占領、不義(ふぎ)な南朝鮮(ちょうせん)を見放(みはな)して北朝鮮の分断占領、それに東京都と大阪市の沿岸部の分割統治を確実に主張して、ほぼ罷(まか)り通る事になるだろう。そして、戦後日本は赤化(せっか)の動乱(どうらん)だ。

 共産(きょうさん)イデオロギーに洗脳(せんのう)されて行く日本人は、アメリカやイギリスなどの西側連合国との矢面(やおもて)に立たされ、世界経済の最前線で敵対するだろう。

 自由競争の資本主義と相反(あいはん)する能力的平等分配の共産思考(しこう)は皇族の廃止(はいし)を要求し、天皇陛下が世間(せけん)に下野(げや)して庶民(しょみん)となるような、日本歴史上のドス黒い汚点(おてん)として慟哭(どうこく)すべき不幸が起きるかも知れない。

 それは正(まさ)に、決して起きてはならない事だ! だが、アメリカ軍に一矢(いっし)を報(むく)いて、最低でも、降伏条件を体制護持(ごじ)へ留(と)め置くという僅(わず)かな有利へと導きたいという願いと、陛下が最後に立て籠(こ)もる刀利(とうり)の地へ易々(やすやす)と進攻されない為(ため)にも、簡単(かんたん)に防衛線を突破されて金沢市街を抜け、県境の山峡(やまかい)へ至(いた)らす訳にはいかない。しかし、大日本帝国は天皇陛下が統治する立憲君主制(りっけんくんしゅせい)の国家体制だ。

 まかりなりにも大日本帝国憲法には、臣民(しんみん)の権利と義務、帝国議会の行政府、司法の3権を分立が明記され、選挙による衆議院と貴族院の2議会制の民主主義政治が行われているが、3権の最終裁定は天皇陛下の権限で執行(しっこう)される。

 天皇陛下は、帝国陸海軍の統帥権(とうすいけん)と大日本帝国の統治権を持ち、立法と行政と司法の議会決定を承認か否(いな)かの決議をなされる。

 臣民は兵役と納税の義務が有り、人権の法律は天皇陛下からの恩恵(おんけい)なのだ。

 従(したが)って、帝国陸海軍の参報本部及び大本営が立案する作戦の遂行(すいこう)決議は、天皇陛下が下(くだ)し、作戦終了も天皇陛下が承認(しょうにん)して決定される。

 それに大日本帝国の陸軍と海軍は天皇陛下の軍隊だ!

 現人神(あらひとがみ)の天皇陛下と直系の皇族方を御護りする為の帝国臣民で構成された軍隊で、天皇陛下を頂点とした大日本帝国の国家体制を護持する為に臣民が一丸(いちがん)となって外敵と戦う軍隊であって、決して臣民と其の生活を守る軍隊ではなかった。

 故(ゆえ)に、天皇陛下しか、この大東亜(だいとうあ)戦争を終結(しゅうけつ)する事ができない。

 天皇陛下がなされようとした8月15日の大東亜戦争の終結は、本土決戦や一億総玉砕(いちおくそうぎょくさい)を熱狂的に謳(うた)い掲(かか)げて狂人の如(ごと)く盲信(もうしん)する一部の幹部(かんぶ)軍人達が起こした宮城(きゅうじょう)事件というクーデター、いや反乱によって、現在も継続(けいぞく)されている。


つづく

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