第12話 残存小松航空隊の総攻撃『越乃国戦記 後編』(5式中戦車乙2型/チリオツニの奮戦 1945年秋)
■11月6日 月曜日 午前6時 金石街道近くの植林帯の中
昨日(きのう)も標的となっていた小松(こまつ)飛行場では、敵艦載機が帰投(きとう)して行った夕暮(ゆうぐ)れから、予備機も含(ふく)めて飛行可能な全機が、松林や砂丘斜面に隠(かく)されていたコンクリート製の掩体壕(えんたいごう)から引き出されて、今日の未明(みめい)までに発進を済(す)ませていた。
越乃国(こしのくに)梯団(ていだん)が小松製作所に到着した時には80機余(あま)りだと聞かされていた神雷(じんらい)隊の作戦可能な保有機は、昨日の敵の戦艦群の艦砲射撃での被害(ひがい)と反撃の出撃での未帰還機(みきかんき)、それに其(そ)の後の敵の爆撃での損失(そんしつ)により、今朝の全力出撃は40数機に半減していた。
艦砲射撃と爆撃で穴ボコだらけに掘り返された滑走路(かっそうろ)を夜通しの人海戦術で修復して発進させた全機には、木場潟(きばがた)の山側湖畔(こはん)へ疎開(そかい)させていた予備の備蓄(びちく)燃料を使って燃料タンクを満杯(まんぱい)にし、機体とエンジンと武装は整備と調整を徹底(てってい)させて弾薬も定数を装填(そうてん)されている。
高度200mから300mの低空で集結した帝国海軍飛行隊神雷部隊は、敵の艦隊と夜間戦闘機のレーダー探知を避(さ)けて加賀(かが)丘陵地帯の上空を同高度で大きく旋回(せんかい)して、艦砲射撃が始まってからも払暁(ふつぎょう)を待(ま)っていた。
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暁(あかつき)に東の空が白(しら)んで白山(はくさん)の頂(いただき)が紅(あか)く染(そ)まり、疎(まば)らな東雲(しののめ)が金色(こんじき)に輝(かがや)き出すと、神雷部隊は旋回(せんかい)を止(や)めて各飛行隊毎(ごと)に編隊を組み直(なお)して突撃体勢に移(うつ)った。
艦砲射撃の砲弾が落下する中を突(つ)きっ切り、海岸線を海上へ出た神雷隊が、更(さら)に、高度を低くした時、白山の稜線(りょうせん)から覗(のぞ)き始めた朝陽(あさひ)の鋭(するど)い輝(かがや)きが、水平線上で盛(さか)んに一斉射撃を放(はな)つ戦艦群と巡洋艦群を鮮(あざ)やかに照(て)らし出した。
雷装(らいそう)した1式陸上攻撃機と既(すで)に搭載されるべき航空母艦の無い艦上攻撃機の『天山(てんざん)』の編隊は、波立ちが収(おさ)まった夜明けの凪(なぎ)で鏡(かがみ)のような海面をスレスレに、翼(つばさ)が触(ふ)れんばかりの超低空で突撃して行く。
其(そ)の前方を雷撃隊の露払(つゆはら)いをする為(ため)に、防空警戒ラインの駆逐艦や軽巡洋艦に反跳(はんちょう)爆撃の攻撃を行う胴体内に爆弾を格納(かくのう)した艦上攻撃機の『流星(りゅうせい)』が高速で飛翔(ひしょう)して行き、其の上空を敵艦隊を守(まも)る敵艦上戦闘機の排除(はいじょ)に、零式(れいしき)戦闘機隊が急上昇して行った。
敵の艦隊を直掩(ちょくえん)する3、40機の艦載機と空戦に入る零式戦闘機隊よりも、更に高空を数機の高速爆撃機『銀河(ぎんが)』の水平爆撃隊と急降下爆撃機『彗星(すいせい)』の編隊が飛んでいる。
攻撃隊の編隊を発見した敵艦隊は待ち構(かま)えていたかの様に、直(す)ぐに陸上への艦砲射撃を中止して、猛烈(もうれつ)な対空砲火を撃(う)ち上げだした。
小松航空隊の司令から頂戴(ちょうだい)した7倍率の双眼鏡で見ていると、攻撃隊は小松沖と金沢(かなざわ)沖へと2手に分かれて、金沢沖へは加賀(かが)平野から低空で回り込んでから攻撃態勢になった。そして、海上に出たそれぞれの攻撃隊の上空を爆撃の被害から逃(のが)れた丘陵上(きゅうりょうじょう)のカタパルトから射出(しゃしゅつ)された『桜花(おうか)』が、猛烈(もうれつ)な速度で追い越して行った。
桜花に向けて打ち上げられる弾幕(だんまく)が殆(ほとん)ど無いまま、3隻の戦艦の中央に輝く炎(ほのお)の塊(かたまり)が見えて、3機の桜花が突入に成功した事を知った。
桜花が命中した3隻の戦艦から撃ち上げていた曳光弾(えいこうだん)のカーテンは瞬時(しゅんじ)に消えて、真っ黒(まっくろ)な煙が濛々(もうもう)と2隻から昇(のぼ)り出し、1隻はチカチカと爆発が連続する小さな光りを瞬(またた)かせながら傾(かたむ)いて行った。
3機の桜花が散華(さんげ)した大戦果を前面に迫(せま)らせながら、攻撃隊の編隊は無傷(むきず)の敵艦船群への射点へと突入して行く。
それらの華々(はなばな)しい航空攻撃を、昨夜から竹の皮に包(つつ)んで持たされていた朝飯用のオニギリを手に取りながら、食べるのも忘(わす)れて我々は黙(だま)って見続けていた。
艦砲射撃の射線を避けていた防空駆逐艦群は対空射撃の弾幕を張(は)りながら、水平線上の艦砲射撃を担(にな)う戦艦と重巡洋艦が並(なら)ぶ列の向こうへ出ようとしていた。
戦艦群の両端と後方にも複数の防空巡洋艦がいて、戦艦群と後方の空母群を守る様に位置を変え始めている。
それらの全(すべ)ての艦から間断(まだん)無く射ち上げられる曳光弾(えいこうだん)が砂丘の向こうの遠くに、悪魔の防壁(ぼうへき)の光るカーテンのようにも、海上に降(ふ)る雨の雫(しずく)の煌(きらめ)きの様にも見えた。
殆(ほとん)ど停止して陸上への主砲射撃を連続して行う敵戦艦群を守る駆逐艦や防空艦は、大日本帝国海軍の潜水艦からの雷撃と特攻艇の襲来(しゅうらい)を警戒(けいかい)して艦砲射撃を続ける戦艦群の正面への配置は無く、其の手薄(てうす)になっている陸上側から『流星』隊の反跳爆撃と『銀河』隊の水平爆撃が敢行(かんこう)されると、一瞬弱まった対空砲火の隙(すき)を衝(つ)いて超低空から無傷(むきず)の戦艦への雷撃と、水平線の彼方(かなた)の航空母艦へ高空からの急降下爆撃機が狙(ねら)いを定(さだ)めて突撃して行く。
理想的に連続した航空攻撃の直前には、突入した『桜花』の命中による動揺(どうよう)で敵の対空火線は、更に乱(みだ)れていた。
急降下爆撃機からの爆弾は、機体を引き起こせなくなるギリギリの低空で投下(とうか)され、大きな標的になる1式陸攻はガンガン命中弾を浴(あ)びながらも撃墜される寸前に、『流星』と『天山』は着弾する対空砲火の水柱を翼端(よくたん)で切る超低空で魚雷を放(はな)っていた。
パッパッパッパッと増(ふ)え続ける黒い煙球(けむりたま)は、『彗星』隊や零式戦闘機隊を狙って猛烈に撃ち上げる高射砲弾の炸裂(さくれつ)だ。
ババッ、ババッと泡立(あわだ)つ海面が割れる様に飛沫(しぶき)が魔法の白い壁のように噴(ふ)き上がるのは、海面スレスレに肉迫(にくはく)する雷撃隊の『流星』を狙う多連装機関砲の連射だ。
黒い煙球と白い壁の中に煌(きらめ)くオレンジ色の小さな玉と細(ほそ)く流れる灰色の線は、被弾して散華する友軍機だった。
激(はげ)しい対空砲火を浴(あ)びながらも12、3機が不時着して帰還(きかん)できていた。だが、其の搭乗員の何人が五体満足で機から降りられたのか、知らされていない。
無線機からは墜落(ついらく)と不時着の報告ばかりで、攻撃を終(お)えて無事に着陸している機が有るとは聞こえて来ない。
小松飛行場は艦砲射撃や空爆に曝(さら)され、2次攻撃を行う予備機体も無く、飛べる機体が無くなれば、海軍小松飛行隊の将兵は、七尾湾(ななおわん)、富山湾(とやまわん)、三国港(みくにこう)、及(およ)び、桜花部隊へ合流して守備の強化と出撃作業要員になれとの命令が出されていたが、現在の戦況では移動は困難(こんなん)で大きな被害を被(こうむ)ると判断(はんだん)されて、最寄(もよ)りの守備陣地で陸戦隊(りくせんたい)として陸軍部隊と合流して戦うしかないだろうと、また、生還(せいかん)可能な機は富山(とやま)県内か、福井(ふくい)県内の飛行場へ逃(のが)れているだろうと思われた。
水平線上に立つ多くの黒煙の損害にも関(かか)わらず、敵艦隊は後退せずに残存(ざんぞん)の戦闘艦群から、艦砲射撃は再開されて海岸沿いに火炎地獄(かえんじごく)の阿鼻叫喚(あびきょうかん)が戻って来た。
つづく
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