第11話 噂の防空戦艦が接近している『越乃国戦記 後編』(5式中戦車乙2型/チリオツニの奮戦 1945年秋)
■11月5日 月曜日 午前5時 金石街道近くの植林帯の中
昨日(きのう)と同じ、天候は快晴(かいせい)だ。
東の上空が幽(かす)かに白(しら)み始(はじ)めたばかりの、まだ暗い内の5時から敵艦隊が小松(こまつ)沖と金沢(かなざわ)沖へ接近して、電探(でんたん)照準(しょうじゅん)での間断(かんだん)の無い艦砲(かんぽう)射撃(しゃげき)が始まった。
昨夜(さくや)遅(おそ)くに再(ふたた)び接近する敵艦隊を探知(たんち)した夜間偵察の電探(でんたん)を装備した神雷(じんらい)部隊の彩雲(さいうん)が月明(つきあ)かりの海上に視認して、『敵艦隊及び輸送船の大船団が接近中』の警報を発(はっ)していた。
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午前2時頃には、水平線の彼方(かなた)に展開したと思われる敵空母群が、盛(さか)んに艦載機(かんさいき)を発進させているらしい爆音が波間(なみま)から聞こえていた。
遠望する水平線辺りの空がボゥと明るくて、『米軍としては珍しく丑三(うしみ)つ時(どき)の出撃だな』と見ていた。
爆音が一旦(いったん)大きくなって北方(ほっぽう)へ遠(とお)ざかった様に聞こえて来た事から、艦載機は編隊を組んで攻撃目標へ向(むか)ったと考えた。
能登(のと)半島か、富山(とやま)湾で新(あら)たな敵の侵攻(しんこう)作戦が始まったのか、それとも敵が警戒すべき、我が大日本帝国海軍の新たな脅威(きょうい)が出現したのかも知れない。
艦載機群が此方(こちら)へ向かって来ていないのなら、これは、ひょっとして……、大和灘(やまとなだ)と佐渡(さど)沖でソ連の船団や連合国の艦隊に大打撃(だいだげき)を与(あた)えたと噂(うわさ)される巨大な防空戦艦が金沢沖の敵艦隊を撃滅(げきめつ)する為(ため)に、能登半島沖に迫(せま)って来ているのかも知れないと察(さっ)した。
二日(ふつか)前に司令部で初(はじ)めて聞かされた極秘(ごくひ)情報では、戦艦『長門(ながと)』よりも巨大で強力な2隻の戦艦の『武蔵(むさし)』と『大和(やまと)』は、それぞれフィリピンのシブヤン海と沖縄へ進撃する道半(みちなか)ばで撃沈された。だが、新たに絶望的な戦局を覆(くつがえ)すかもしれないと上層部で噂されていたらしい満州(まんしゅう)の旅順港(りょじゅんこう)で建造された新型戦艦は既(すで)に海軍の艦船籍に入り作戦に従事(じゅうじ)しているそうだが、日本海の大和灘付近だとか、東支那海(ひがししなかい)の済州島(さいしゅうとう)辺りだとか、所在(しょざい)が不明で、状況も緒戦(しょせん)は完勝しただとか、まだ戦闘訓練中だろうとか、明確(めいかく)に知らされていないようだった。
其(そ)の新型戦艦とは別に長崎(ながさき)の造船所か、横須賀(よこすか)の造船所なのか、何処(どこ)で進水して搭載兵器の艤装(ぎそう)されたのか分からないが、満州の大連(だいれん)港で細部(さいぶ)の仕上(しあ)げと艤装が完成して朝鮮(ちょうせん)の元山(げんざん)沖で本土決戦の為(ため)に温存(おんぞん)されていた『丹生(にう)』という艦名の防空戦艦が有ると、司令部で聞かされていた。
元山沖にいた新鋭の防空戦艦『丹生』は、能登半島沖の舳倉島(へぐらじま)近海で行っていた訓練を中止して佐渡沖のソ連艦隊を撃退した後、能登半島の輪島(わじま)漁港の沖に点在する七ツ島(ななつじま)に紛(まぎ)れていると知らされていた。
敵艦載機が能登方面へ向かっている様子(ようす)を急(いそ)ぎ司令部に伝えると、やはり、聞いていた防空戦艦『丹生』が金沢沖の敵艦隊を撃滅(げきめつ)する目的で、待機(たいき)していた七ツ島の岩礁群(がんしょうぐん)付近から全速力で南下して来ていると返電された。
防空戦艦とは、甲板上を主砲以外は対空砲と対空機銃で埋(う)め尽(つ)くし、遠距離は主砲、中距離は高角砲(こうかくほう)、近距離は大口径機銃と中口径機銃、3万mから手が届(とど)きそうな肉迫(にくはく)距離まで効果的(こうかてき)な対空射撃を行って雲霞(うんか)の如(ごと)く来襲する敵航空機の空襲下を無理矢理(むりやり)押(お)し通(とお)り、敵機動部隊に直接的な砲撃を加(くわ)える事を主目的とした巨大戦艦だそうだ。
複数機の水上機を搭載(とうさい)しており、空中戦での防空と敵潜水艦の索敵(さくてき)と爆撃で進撃する防空戦艦の露払(つゆはら)いが主任務となっているとも聞いた。
4万m以上の射程を誇(ほこ)る巨砲なら能登半島口の羽咋(はくい)市辺りまで近付いてくれれば、金沢沖の敵機動部隊を撃滅できそうだが、例(たと)え、対空戦闘に特化(とっか)した防空戦艦といえども、300機以上もの敵艦載機の波状(はじょう)攻撃と敵戦艦群の砲撃及び敵の巡洋艦や駆逐艦、更(さら)に潜水艦からの雷撃を凌(しの)ぎ切れるだろうか?
其の防空戦艦が大破する程(ほど)の大損害を被(こう)っても、沖の敵機動部隊を撃退したのならば、我々陸軍は水際(みぎわ)への総攻撃を決行(けっこう)して、上陸している敵軍を海に追い落としてやろう。そして、まだ防空戦艦の主砲と対空砲が一部でも射撃可能で残弾も有るのならば、手取川(てどりがわ)河口付近に主砲の射撃が可能な傾(かたむ)きで座礁(ざしょう)着底していただき、全弾を撃ち尽(つ)くすまで海岸砲台として敵を遠(とお)ざけて欲(ほ)しいと思う。
午前二時半から逐次入電した能登半島最高峰の宝達山山頂に設けた監視所から状況報告は、敵航空機の爆音が海上方向から聞こえて来て、能登半島の西の先端辺りで、パパッ、パッと砲炎(ほうえん)や爆発炎の瞬(またた)く光の煌(きらめき)めきと間断の無い砲声が続いて、夜空が探照灯(たんしょうとう)の光りの筋(すじ)と照明弾(しょうめいだん)の輝(かがや)きでボウと赤く照(て)かっているのが見えていたが、何度も連続した爆発音が聞こえた後の午前3時半過ぎには、瞬く光と砲声が疎(まば)らになり、やがて再(ふたた)び月明りに照らされる海から分散して帰投する敵機の爆音が聞こえて来て、それも聞こえなってからは未明(みめい)の静かになり、標的となった艦船からの火災は見えず、轟沈(ごうちん)したような大きな爆発や轟音(ごうおん)も無かったと有った。
其の時刻に遠雷(えんらい)の様な砲声の轟(とどろき)が微(かす)かに聞こえて来たが、それ以上に砲声は大きくならず、煌く光も金沢沖へ近付いるとの報告は来なかった。
真(まこと)に残念な事だったが、我が帝国海軍の建艦技術の粋(すい)を結集した最高峰傑作(けっさく)の強大な防空戦艦は単艦で勇躍勇戦(ゆうやくゆうせん)していたが、ふと砲声は途絶(とだ)えた切り一向(いっこう)に聞こえて来なくなり、金沢沖の敵艦隊を其の主砲の射程内に捕(と)らえる事も無く、繰(く)り返し執拗(しつよう)に群(むら)がる敵艦載機から投下される多くの照明弾に照らし出され、幾多(いくた)の爆弾と魚雷攻撃に曝(さら)された挙句(あげく)に奮闘(ふんとう)空(むな)しく、撃沈されて水侵(みづ)く屍(かばね)になってしまったか、発艦した敵艦載機の帰投が続いている事から袋叩(ふくろだた)きにされて反撃能力を失(うしな)い大破しながらも後退中なのか、それとも操舵を破壊されて迷走しながら日本海沖の彼方へ退避中なのか、はたまた浮いているだけの廃墟(はいきょ)になっているのかも知れない。
其の後は明け方の上陸作戦に備えて艦載機の発艦は無く、砲声も再び聞こえて来そうに無い様子から、金沢沖の敵艦隊を撃滅または撃退に防空戦艦『丹生』の勇躍は当(あ)てに出来そうになかった。
水平線上に鬼神(きしん)の如(ごと)く単艦で奮戦をする防空戦艦の姿を目にする事が出来なかったのは本当に残念であったが、我が『越乃国(こしのくに)梯団(ていだん)』も上陸侵攻する敵地上軍との戦闘で、今日、明日には草牟須(くさむす)屍になるだろうと、悲愴(ひそう)の覚悟で気持ちを引き締めた。
つづく
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