第4話 敵艦載機の襲撃と地獄の業火の絨毯爆撃『越乃国戦記 後編』(5式中戦車乙2型/チリオツニの奮戦 1945年秋)

■11月4日 日曜日 午前9時過ぎ 金沢市野村練兵場近く、待機場所の竹林の中


 まだ、曙(あけぼの)にもならない山々の峰(みね)の縁(ふち)の空だけが白(しら)み始めた暁(あかつき)から、加賀(かが)沖と金沢(かなざわ)沖の水平線上まで接近したアメリカ海軍の戦艦群による海岸地帯への艦砲射撃は、日の出(ひので)と共に出撃した桜花(おうか)部隊の帰投できぬ特別攻撃によって強制的に止(と)めさせられた。

 突入する桜花の自爆攻撃で戦艦群は撃破されて水平線の彼方(かなた)の日本海(にほんかい)沖まで、桜花の射程圏外へと退避(たいひ)して行った。

 戦域条件が揃(そろ)えば、桜花の威力(いりょく)が絶大な戦果を上げる事を学徒兵搭乗員の自己犠牲精神に依(よ)って証明した。

 艦砲射撃の爆発と破壊力に驚愕(きょうがく)して慄(おのの)いていた防衛の軍人達や山地へ避難(ひなん)する市民達の目に、金沢沖の海上で棚引(たなび)く数条の黒煙が大戦果を知らしめて、喜(よろこ)びの歓声(かんせい)を上げて万歳三唱(ばんざいさんしょう)をさせたが、静寂(せいじゃく)は敵が退避する一刻(いっこく)余(あま)りの間だけで、敵に上陸作戦を完全に断念させるには至(いた)らなかった。

 主力艦を2隻も失(うしな)い、更(さら)に1隻が大火災を起こして撃破された金沢沖のアメリカ軍の上陸支援艦隊が、海面上に渦巻(うずま)く黒煙を残して水平線の向こうへと退去(たいきょ)してからは、頻繁(ひんぱん)に敵艦載機の編隊が高空から低空へと飛来(ひらい)して、先程(さきほど)とは比較にならない位(くらい)に慎重(しんちょう)に防御拠点の配置や戦力の偵察(ていさつ)をしながら、対空陣地からの反撃を挑発(ちょうはつ)して発見すると、猛禽類(もうきんるい)の獲物狩(えものか)りの様にグルグルと旋回しながら反復(はんぷく)攻撃をして、対空機銃を沈黙(ちんもく)させていた。

 午前中に何度も空襲警報のサイレンが鳴(な)り響(ひび)き、其(そ)の度(たび)に見上げると単機のB29が秋晴(あきば)れの高空を往復して入念に偵察して行った。そして、正午から午後3時過ぎまで断続的に吹き荒(あ)れる晩秋(ばんしゅう)の強風の中、何100機という敵機が波状(はじょう)攻撃を繰り返した。

 空襲警報のサイレンは全然(ぜんぜん)鳴り止(や)まない。

 朝方(あさがた)から平野部に低く漂(ただよ)う煙の煙幕から幾(いく)つも角(つの)の様に突き出す市街地や集落の火の見櫓(やぐら)の半鐘(はんしょう)もカンカンカンと鳴(な)らされ続けているのが聞こえていて、いつ機銃掃射(そうしゃ)を喰(く)らっても不思議(ふしぎ)ではない火の見櫓の上に消防団や自警団の年配の方が登り、硬(かた)い樫(かし)の木槌(きづち)を鐘(かね)に打ち続けて早鐘(はやがね)の警報を発し、住民達に速(すみ)やかな避難を促(うなが)している。

 無防備な櫓の上に登る予備役の年配の消防団員や自警団員の方々の責任感の強さと、今出来る戦いへの思いが半鐘の音(ね)に込められているのを感じて、我(わ)が身(み)が引き締(し)まるようだ。

 空爆の標的とされたのは、抵抗(ていこう)拠点(きょてん)になると思われる海岸部の集落や学校などの施設や船小屋のような小工場と、桜花が発進した三子牛山(みつこうじやま)や卯辰山(うたつやま)や加賀の丘陵地帯の場所で、攻撃が集中していた。

 怪訝(けげん)な事に鉄道路線や道路や橋梁(きょうりょう)などの物流経路、動力源の電力を確保する発電所や変電所やダム施設、それと経済と生活を維持する商業地域は攻撃を免(まぬが)れていて、そして、戦闘員の供給源となる労働力が豊富な市街地へも、砲爆撃や機銃掃射をしていなかった。

 徹底的な日本の機能の破壊と日本人の殺傷は、生き残る日本人達に激しい憎悪(ぞうお)を刻(きざ)み付け、アメリカ人を悪魔の所業(しょぎょう)を行う残虐(ざんぎゃく)無知(むち)な侵略者か、魂(たましい)を刈(か)り取る大鎌(だいかま)を振るう死神に偶像化(ぐうぞうか)させて、敬(うやま)うどころか、懐柔(かいじゅう)されて生きるくらいなら死を選ぶ程の、頑固(がんこ)で一概(いちがい)な日本人を更に意固地(いこじ)にさせて、自分達が絶滅(ぜつめつ)するまで徹底交戦を継続(けいぞく)する様にさせてしまうと考えられるから、アメリカ軍は奴隷化(どれいか)や殲滅(せんめつ)などの不用意な占領統治をしない証(あかし)しを含(ふく)めて、上陸侵攻での排除(はいじょ)すべき抵抗拠点以外には無差別な攻撃を加(くわ)えていない。

 これは思うに、大日本帝国が敗北した戦後の処理を考えての、製造力や運送力を残す戦略なのだと思っていた。

 財閥主導の資本主義経済で大きな利潤(りじゅん)格差が生(しょう)じるアメリカを中心とした西側連合国は、利益の平等分配の限界に必(かなら)ず至るとされる考え方の共産主義を輸出するソ連が、大東亜戦争終結後の敵性国家だと決めているからだろう。

 将来的にソ連と殺(や)り合う為(ため)にも、日本の経済力と日本国民を防共(ぼうきょう)の最前線にしなければならないと、友好的な征服策を模索(もさく)していると思う……、いや、其の統治政策案は既(すで)に出来上がっているのだろう……。

 爆撃と機銃掃射に飛来したのは、沖へ避退したアメリカ海軍の空母からの艦載機や、本土の占領された何処(どこ)かの飛行場から発進したアメリカの陸軍や空軍の双発爆撃機と護衛する戦闘機の群(む)れだ。

 まるで、爆撃訓練のように双発爆撃機の大編隊が波状(はじょう)で1000m~3000mの中高度や300m~500mの低高度の水平爆撃を次々と行い、艦上爆撃機は何を狙(ねら)っていたのか分からないが、編隊のままで急降下爆撃をして地上すれすれで引き起すという、操縦技量の高さを見せ付けていた。

 敵の艦上戦闘機や艦上攻撃機は、対空迎撃の曳光弾(えいこうだん)を撃ち上げる陸軍の口径20㎜の単装の高射機関砲と海軍の口径25㎜の単装や3連装の機銃に対して、翼下(よくか)に搭載して来たロケット弾の一斉射と機首や翼に装備した四連装から八連装の口径12.7㎜の搭載機銃で激しく交戦していた。

 艦上爆撃機は爆撃後の引き起こし時や低空で通過の際に後部座席に備(そな)えた機銃が左右へ忙(せわ)しなく発砲していたし、其の翼からは、12.7㎜機銃とは違う大きな発砲炎から、たぶん、2門の20㎜機関砲で地上を掃射しているのが見て取れた。

 私が居(い)る場所から見える範囲では、3機の双発機が煙を引き、其の内の1機が炎に包(つつ)まれて、搭乗員が脱出する間も無く、金沢駅近くの市街地に墜落して爆発散華(さんげ)したのだが、其の墜落による爆発は折(おり)からの強風で、金沢駅の正面から安江町(やすえちょう)の東別院(ひがしべついん)までの家屋を50棟以上も全焼させる大火(たいか)になったと後で知らされた。

 それから更に2機の艦載機が、火を噴(ふ)いて落ちるのを見た。

 1機は搭乗員が落下傘(らっかさん)で脱出した後に空中で火の玉となって爆発四散(しさん)したが、もう1機は不時着するつもりだったのか、30軒ほどの農家が水田に囲(かこ)まれて島みたいに見える集落へ滑(すべ)るように落ちて大火災を起こし、其の集落の半分以上の家屋(かおく)と木々が燃(も)やされてしまった。

 交戦している高射機関砲は、東金沢駅や西金沢駅や野々市(ののいち)駅の周辺の陣地に配置された10基と、浅野川(あさのがわ)や犀川(さいがわ)の土手(どて)上に擬装(ぎそう)された機関砲が2基ずつ計4基、私が居る南側背後の満願寺山(まんがんじやま)から高尾(たかお)地区の丘陵の方に5基、それに卯辰山北側の小坂(こさか)丘陵へも配置されている3基の高射機関砲の、9ヶ所の陣地に分散布陣させた合計22基の高射機関砲で、襲来(しゅうらい)する敵艦上機群を網(あみ)で包む様に弾丸を浴(あ)びせている。だが、其の対空防衛網は敵機の反復攻撃に因(よ)って、徐々に撃ち上げる火線を減(へ)らして来ていた。

 小松(こまつ)市方面は、海沿いに在る海軍小松飛行場と柴山潟(しばやまがた)南側の丘陵地帯が集中的に狙われていて、漂う煙で霞(かす)む中に10条以上の立ち上る黒煙が双眼鏡のレンズ越しに見えた。

 爆弾を投下し終え、ロケット弾を撃ち尽(つ)くした敵機は、半数程になっても盛(さか)んに曳光弾の束(たば)を撃ち上げる高射機関砲や機銃の掩体壕(えんたいごう)陣地の撃破と、海岸付近や水田が広がる平野部に点在する集落への機銃掃射に集中して来た。

 激しい連射で瞬(またた)く間(ま)に搭載機銃の弾薬を撃ち尽くした双発の爆撃機の編隊が、次々と翼を傾(かたむ)け、遣って来た東や南の方角へ機首を向けて帰投へと飛び去って行く頃(ころ)、北東の方向の空からヴォン、ヴォンと大型犬の鳴き声のような音が途切(とぎ)れなしに聞こえて来た。

 音の方向を見上げると、先導機に従(したが)えられたB29が24機編隊で一つの梯団(ていだん)になって、それが4つ、数珠繋(じゅずつな)ぎで向かって来ている。

 二つ目までの梯団は上空を素通(すどお)りして小松方面へ向かい、後の二つの梯団は、それぞれ三子牛山と卯辰山に大型爆弾を一斉(いっせい)に投下した。

 爆弾は正確に目標となった三子牛山と卯辰山の山頂に集中していて、麓(ふもと)の住宅地で爆発するような狙(ねら)いを外(はず)した爆弾は1発も無かった。

 一(ひと)つ、一つの爆弾の炸裂ではなくて、爆撃目標地点の地面全体を隅々(すみずみ)まで深く掘り返して噴き散らかしながら爆発の炎で焼き尽くす、極(きわ)めて精密な照準(しょうじゅん)で投弾された絨毯爆撃を、間近(まぢか)で見たのは初めてだった。

 4発重爆の大編隊が投下した爆弾が一遍(いっぺん)に爆発する絨毯爆撃は、二(ふた)つの小山の頂上が火山の如(ごと)く大噴火(だいふんか)して無くなるかと思うほど、高々と広範囲に噴き上がった土砂(どしゃ)の凄(すさ)まじさと大轟音と強い地響(じひび)きに、艦砲射撃とは違う強烈な破壊の威力に度肝(どぎも)を抜(ぬ)かれてしまった。しかし、爆弾投下は1回の通過時のみで、何時間も続く艦砲射撃の様な執拗(しつよう)さは無かった。

(これで、焼夷弾の束が何100個もバラ撒(ま)かれでもしていたら、石造りやコンクリートの建物が数えるほどしかない金沢の街は綺麗(きれい)さっぱり灰塵(かいじん)となり、翌朝には焼け野原の更地(さらち)になった事だろう)

 暫(しばら)く、耳の奥に残るドロドロ、ゴロゴロと、誰も生き残れないと思うしかない破壊の大音響(だいおんきょう)を聞きながら、小松の方はと見ると、やはり、片山津辺りの丘陵と飛行場が目標とされ、土砂の噴き上げと爆発の火炎が遠望された。

 水平線近くに傾(かたむ)いた秋の夕陽の強い輝(かがや)きは、無塗装のジェラルミン肌のB29の機体を美(うつく)しい赤みの黄金色に染(そ)めて、鬼達(おにたち)が乗り込む地獄(じごく)の業火(ごうか)を纏(まと)う天津船(あまつふね)や月読舟(つくよみふね)の艦隊の様に思え、神罰(しんばつ)を落とされて終焉(しゅうえん)を迎(むか)える運命なのは、大日本帝国臣民なのかと、錯覚(さっかく)しそうだ。だが、黄金色に黒い影を纏(まと)わす其の羽搏(はばた)きは、嘗(かつ)て無い程に大量の爆弾をバラ撒き、嘗て無い程に高く速く飛んで来る邪悪(じゃあく)な空飛ぶ死神(しにがみ)だった。

 国民投票で選(えら)ばれた民主主義の議会政治が漸(ようや)く定着して落ち着いて来たのに、軍閥(ぐんばつ)が政権を握(にぎ)った時から大和の民(たみ)の幸(しあわせ)せの方向が違いだした。

 大東亜(だいとうあ)の理想は業(ごう)と欲(よく)と優越意識の支配に変わり、今、理想と目的を見失った偽善(ぎぜん)の国へ神仏(しんぶつ)の鉄槌(てっつい)は激しい炎となって振り下ろされている。

(大日本帝国を取り巻く時勢の流れでの朝鮮(ちょうせん)併合(へいごう)、満洲(まんしゅう)国設立、大陸内部への進攻や白人支配から開放する八紘一宇(はっこういちう)の大東亜共栄圏への理想が悪だとするならば、其の共存共栄の理想を微塵(みじん)にと徹底的に粉砕(ふんさい)するのは、正義の方々ではなくて、更に、強大で利己(りこ)的な資本主義の格差(かくさ)だらけの理不尽(りふじん)な民主主義と、間違(まちが)いだらけの共産帝国主義という、醜悪非道(しゅうあくひどう)な極悪(ごくあく)人達に他(ほか)ならないだろう)


つづく

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