おりじなる0002「えがおがいちばん」

ジャパリパークのマンガ家、タイリクオオカミ。

彼女の描くマンガはフレンズ達から人気が高く、あの博士ですら楽しみにしている程である。



しかし、ロッジで執筆作業をしている彼女は今、ペンを止め、頭を抱えていた。



「何も…思いつかない…」



スランプである。


つい先日、新作の執筆を始めたのだが、描きたかった光景が描けない。



「先生、お茶です!…大丈夫ですか?」


「あぁ、ありがとう。ちょっと行き詰まってしまってね…」


「わたしに出来ることならなんでもします!頑張りましょう、先生!」



マンガの大ファンで、よく執筆を手伝ってくれるアミメキリンも、自分を心配してくれている。


…このままじゃいけない。

楽しみにしてくれている子たちのためにも、マンガは完成させなければ。



そのためには…やはりリアクションが欲しい。

あの子が驚いたらどういう表情をするんだろう、あの子が喜んだらどんな顔を…試しにいかないと。



「…私は休憩がてら、少し出かけてくるよ。君はマンガを見張っていてくれないか」


「わかりました、任せてください!」


「心強い返事だ。じゃあ行ってくるよ」



ロッジを出て、歩き出す。

最初の目的地は、みずべちほーだ。







久々にみずべちほーへやってきたオオカミは、目的の人物を探す。

その目的の自分とは──



「あら、タイリクオオカミ。珍しいわね、みずべに来るなんて」


「ちょっと気分転換にね。プリンセスも休憩かい?」


「えぇ、さっきライブのリハが終わってね」


「それは丁度いい。PPPのみんなを集めてほしいんだ」


「いいけど、どうして?」


「少し参考にしたい事があってね」


「わかったわ。私たちで役に立てるかわからないけど…」


「助かるよ」



プリンセスに楽屋へ案内され、そこでPPPが集まるのを待つ。

マーゲイも呼んだのだが、ライブ設備の調整をしているらしく、来れないらしい。



10分と経たないうちに、5人が目の前に集合した。

それを確認して、オオカミが口を開く。



「みんな、休憩していたところを呼び出してすまない」


「気にしないでくれ。タイリクオオカミには、ライブの告知のポスターを描いてもらったり、世話になっているからな」


「あのポスター、結構イカしてたよな!なんつーかこう…ロックっつーか……ロックだよな!!」


「ふふ、そう言って貰えると嬉しいよ」




「それで、今日はどうされたんですか?」


「実は、聞いてもらいたい話があってね…」



ジェーンの問いかけに、オオカミは表情を険しく、暗くする。

それを見て、PPPの表情もまた険しくなる。

1人を除いて。



「…ライブのような大きな音を出し続けていると、緑色をしたセルリアンが音を止めに来るって知ってるかい?」


「え、マジかよ!」


「今までライブ中にセルリアンが現れたことは無いが…」


「そのセルリアンに食べられると、動物には戻りはしないが、ありとあらゆる音が出せなくなるんだ。声も、拍手も、足音でさえも…」


「「ひいぃいい!」」


「……………」


「えっと、冗談よね?」



イワビーとジェーンがお手本のような怖がり方をし、コウテイは気絶している。

プリンセスも、顔を強ばらせながら真偽を確認してきた。

フルルは…無表情でじゃぱりまんをくわえている。



「もちろん冗談だよ。いい顔いただきました」



と言うものの、本当に欲しい顔は手に入れられていない。

そう、オオカミはフルルの驚く表情が欲しいのだ。


いつもじゃぱりまんを食べている天然でマイペースなイメージのフルル。

それが新作に登場するキャラクターに酷似していたのだ。

彼女の驚く顔は、一体どんなものなのだろう…それを見たくて、このみずべちほーまで来たが。


さっきから一言も喋らないどころか、表情すら変わらない。

何を考えているかすらわからない。

オオカミは直感した。

これは強敵だ、と。



「なんだ、冗談かよー。食べられたらどうしようかと思ったぜ」


「こ、コウテイさん、大丈夫ですか?今の話は冗談でしたよ」


「…あ、あぁ」


「…しかし、こんな噂があるのを知ってるかい?この間のライブの感想をフレンズに聞いていると、みんな揃ってこう言うんだ。『6人目の子も可愛かった』と…」


「え?PPPって5人ですよね…?」


「前のライブじゃ、マーゲイは出てなかったから…じゃあ6人目って誰なんだ!?」


「ジャイアント先輩なわけないしな………………………」


「コウテイ……」


「ふふ、これも冗談」



コウテイが再び気絶してしまったので、自分から冗談だと明かす。

その前にフルルの方に視線を向けてみるが…やはり、何も反応がない。

この子もコウテイのように気絶しているのではないだろうか?

そう疑ってしまうほどだ。


仕方ない、こうなったらとっておきの話をしてやろう。



「それと、これはとあるフレンズから聞いた話なんだけど、実は──」



オオカミが自信の1発を撃ちこんでやろうとしたその時、楽屋の扉が勢い良く開かれた。

全員、突然のことに驚きつつ、扉の方へ視線をやる。

そこにいたのは、息を切らして焦燥しきった顔をしているサーバルだった。



「み、みんな大変だよ!マーゲイが…マーゲイが血を流して倒れてるの!!」


「ま、マーゲイが…!?」



まさか、設備の調整中に誤って落下してしまったのか?

フレンズの身体ならちょっとの衝撃じゃ怪我すらしないが…打ち所が悪かったのかもしれない。


取り敢えず、現場へ向かわねば。

皆がそう思った時には、既に1人のフレンズがサーバルを押し退けて楽屋から飛び出していた。



──フルルだ。


それは明らかに焦りを浮かべ、PPPメンバーですら滅多と見た事のない表情。

くわえていたじゃぱりまんも、床に落としたままだ。



フルルが飛び出したことに動揺しつつも、残ったPPPとオオカミ、そしてそれを伝えに来たサーバルがマーゲイの居るであろう、ライブステージへ向かう。





そこには、うつ伏せに倒れ、頭から血を流しているマーゲイと、それを揺さぶるフルルの姿。

慌てて他のメンバー達も駆け寄る。



「マーゲイ…!」


「そんな…どうしてこんな…」



全員、青ざめている。

あの、フルルでさえも、悲しそうな表情をしている。


──こんなの、私の欲しい顔じゃない。

私の求めているのは、こんな…



「しっかりして、マーゲイ!!」



プリンセスがマーゲイの体を仰向けにする。



──沈黙。

その場にいた全員が、息を吸うのも忘れるほど、困惑した。


仰向けになって顕になったマーゲイの表情は、至極幸せに満ちていて、大量の鼻血を流していた……

















「も、申し訳ありません!マネージャー失格です…!」


「いや、いいのよマーゲイ。あなたが無事で良かった」


「ったく、人騒がせだよなー」


「まぁまぁ、何事も無くて良かったじゃないですか」


「フルル、びっくりしちゃったー」


「本当にすみません…!」



意識を取り戻したマーゲイが、その場にいた全員に頭を下げている。


どうやら高所での作業中に、次のライブの構想やコラボの事を考え、最高の演出を思いついて鼻血を流したと同時に足を滑らせステージへ落下。

そのまま気絶してしまっていたところを、遊びに来たサーバルが見つけたらしい。


何はともあれ、無事でよかった。

サーバルもマーゲイの無事を確認し、安堵の表情を浮かべている。



「タイリクオオカミも、わざわざここまで来てもらったのに、こんなことに巻き込んで…ごめんなさい」


「いいんだ。…おかげで気付けたこともあったし」



フルルにチラリと目を向ける。

なんだろう?と首を傾げるフルル。

その顔は、さっきまでと違い、笑顔が混じっていた。











しばらくして、オオカミはロッジへ帰還する。

すぐにアミメキリンが手厚く出迎えてくれた。



「おかえりなさい、先生!」


「あぁ、ただいま。留守番をありがとう、助かったよ」


「先生のためならこれくらい楽勝です!」


「ふふ、良いアシスタントを持ったね。…さて、と」



テーブルにつき、ペンを持つ。

描いている内容がわからない程度に、アミメキリンも執筆の様子を眺めている。


ペンは先程のスランプが嘘だったかのように、スラスラ進んだ。



「(このキャラクターにこの顔は…似合わない)」



それが、この度の遠征で得た結論。

フルルというフレンズに、焦りや恐怖、悲しい顔は似合わない。

ならば、彼女に似ている自分のキャラクターにも、きっとそうだ。

無理に恐怖を感じている表情にする必要はなかった。



オオカミは、今日1度だけ見れたフルルの笑顔を頭に思い浮かべる。



「…いい顔いただき」





小さくそう呟き、ペンを進める。

この作品が本になるのも、そう遠くないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る