0126あふたー「さばんなのけっとう」

「へぇ…。噂通り強いんだね、ライオン」


「君こそ、中々強いじゃないか。ヘラジカが言ってた通りだ」



月明かりに照らされるさばんなちほー。

風の吹き抜けるだだっ広い草原の中心で、ライオンとジャガーによる真剣勝負が繰り広げられていた。

真剣勝負といっても、紙をくるめて作った棒による闘いである。

互いの急所に取り付けた風船が割れた方が負けだ。



「これ以上長期戦になるのはまずいな…。そろそろ決めさせてもらうよ!」



そう言うとジャガーの瞳が輝きを放ち、持っている棒からは拳から伝わったサンドスターが立ち昇り始める。

野生解放だ。



「いいだろう…私も本気で行かせてもらう」



それを見たライオンも、野生解放を見せる。


数メートルの距離を置いた2人は、武器である棒を構え直す。

──束の間の静寂。

風も無く、邪魔する者もいない。

あるのは目の前に居る相手と、既に戦いに負けたのでじゃぱりまんを頬張りながら遠くの木陰で観戦しているサーバルのみ。



じりっ…と足裏と地面が擦れる、微かな音がした。

それを合図に、ライオンとジャガーがほぼ同時に駆け出す。



「「はああああああああっっっ!!!!」」



2人の距離があっという間に詰まっていく。

そして、互いに渾身の一撃を繰り出した。
















──時は数時間前に遡る。



いつものように木陰でゴロゴロと寝ていたライオンの元に、サーバルがやってきた。

遊ばないかと誘われたが、もう少し寝ていたかったライオンは、「あとでならいい」と、サーバルにまた来るよう告げた。



「(うーん…ちょっと冷たかったかな)」



リーダーとして、自分の欲求を優先して相手の誘いを断って良かったのか。

サーバルがその程度で気を落としたり怒ったりなんてしないことはわかってはいるが、遊んでおけばよかったと、少々の罪悪感と後悔の念に襲われる。



「(ま、あとで来たときに謝ればいっか〜…今はもうちょっと寝よう)」



後で思いっきり遊んでやろうと考えつつ、百獣の王は眠りについた。













太陽が沈み、雲一つない晴れた空に月が昇り始め、星も視認出来るようになった頃。

少し冷たい風が吹く木陰で眠り続けるライオンの元に、約束通りサーバルが再びやってきた。



「ライオン、おきてー!」


「うーん…サーバルか〜。さっきはごめんよ〜」



ライオンは眠い目を擦りながら起き上がり、あくび混じりに先程のことを謝罪する。

…よく見ると、サーバルの後ろにもうひとつの影が見えた。



「おはよう、ライオン」


「おはよー、ジャガー。久しぶりだね〜」


「そうだね、前に水場で会って以来かな」



ネコ科特有の挨拶ポーズをしながら、2人は言葉を交わす。

久しぶりの再会に、お互いどこか嬉しそうな雰囲気もある。



「どうしてサーバルと一緒に?」


「わたしが誘ったの!お休みできる木を探してたら見かけて、あとでライオンと遊ぶから一緒にどう?って」


「あたしも暇だったからね。久々にライオンとも会いたかったし」


「そっかぁ〜、私も会えて嬉しいよ〜」



その後、しばらくは3人による雑談が続いた。

木の上で食べたじゃぱりまんが美味しかったこと、ゴロゴロしていたらシマウマとトムソンガゼルが追いかけっこしているのを見かけたこと、最近イカダを新しくしたこと…。



「じゃあ、何して遊ぶ?」



ライオンが雑談に区切りを付けるように言った。

サーバルとジャガーは遊ぶ内容を既に決めていたようで、間を置かずに言葉を返す。



「合戦しようかなって思うの!前にさばんなで合戦した時に、棒と風船が余ってたの思い出して」


「おぉ〜いいねぇ〜」


「あたしも、へいげんでやってるっていう合戦の噂を聞いてから気になってたんだよね」


「じゃあ今日は3人で合戦だね〜。棒と風船、向こうの木のとこにあるから一緒に行こ〜」



3人はその場から立ち上がり、道具が置いてある場所へ歩き始めた。


数分して、見上げるほど大きな木の根元に辿り着く。

そこには、棒や風船以外にも、様々なものが集められていた。


先端に偽のネズミが取り付けられたオモチャ、柔らかく触り心地のいい球、ふわふわしたイス…どれもサーバルとジャガーの心をくすぐるものばかりだ。



「すっごーい!こんなにたくさんのオモチャ、初めて見たよ!」


「ほんとに沢山あるね。どうしてこんなにあるんだ?」


「最近よく落ちてるんだよね〜。面白そうだから、見つける度にここに集めてたんだ〜」



棒と風船を人数分拾い上げながらライオンが答える。

ライオンにとっても興味がそそられるものばかりなので、たまにここに寄っては1人で遊んでいるらしい。

木で出来たベッドもあるので、ライオンからすると楽園なのだ。



「じゃあ、これ着けといてね〜」



ライオンから渡された風船を、サーバルとジャガーは頭上に、ライオンは腰に着ける。

全員棒を持ち、闘いやすい広々とした草原の真ん中へ移動する。

ついに合戦の準備が整った。

棒を構え、戦闘態勢に入る。



「それじゃー、最後まで風船が残ってたら勝ちね〜」


「りょうかい!」「わかったよ!」




「よ〜い……ドン!」




ライオンの合図を皮切りに、3人は一斉に距離を詰める。


まずはサーバルが、持ち前の素早さを生かしてライオンの後ろに回り込み、風船目掛けて棒を振り上げる。



「うみゃみゃみゃみゃー!」


「おっと〜」



すかさずライオンは振り返り、サーバルの一撃を棒で軽く受け止める。

しかし、背を向けたライオンにジャガーの攻撃も迫っていた。



「おぉ〜っと…危ない危ない。私狙いかな〜?」


「あちゃー、かわされたか」



競り合うサーバルを弾き返し、再び後ろから仕掛けられた攻撃を華麗に避ける。

どうやら2人はライオンから先に倒しにかかる算段のようだ。



「(せめて1人にはしておきたいなぁ〜…)」



一旦距離を置くように離れたライオンは、サーバルにゆっくりと視線を向ける。

サーバルもそれに気付いたようで、ライオンの方を見やりながら、棒を構え直し警戒態勢を取る。



「次は私はから行くよ〜」



まだまだ余裕があるのか、手を振りながらそう言った直後、一気にサーバルに接近し、棒を振り下ろす。



「みゃっ…はやい…!」



気が付いた時には、サーバルは飛んでいた。

攻撃で飛ばされたわけではない。

ライオンの攻撃を避けるため、動物的本能でライオンを見据えたまま後ろへジャンプしていた。



後方へ着地したサーバルは、先にジャガーを狙おうと駆け出す。



「おっ、あたしとやるかい?」



ジャガーとの距離が縮まっていく。

しかし、目の前まで来たところでくるっと方向変え、狙いは自分じゃないと油断していたライオンへ一直線に走り出し、そのまま攻撃に移る。



「うみゃー!!」


「えぇっ、わたし〜?」



何とか反応し、サーバルの攻撃を受け流し距離を取るライオンだったが、かなり焦ったようで持っていた棒を落としてしまう。



「今だよ!」


「てりゃあああああ!!」



サーバルの掛け声とともに、既に駆け出していたジャガーがライオンに向かって棒を振り上げる。


…しかし、次の瞬間、ジャガーの攻撃は草の生い茂る地面へ叩きつけられていた。

ジャガーが驚いた表情で、落とした棒を拾っているライオンに顔を向ける。


確実に割ったと思った。

しかし、サーバルは見逃さなかった。

ジャガーが棒を振り下ろす直前、ライオンの瞳に野生の光が灯されていたことを。



「いやぁ〜、やられたかと思ったよ〜」


「う〜、野生解放なんてずるいよー!」


「2対1みたいなもんなんだし、それくらいは許してほしいなぁ〜」



そんな会話を交わしているサーバルの耳がぴくりと動く。

次の瞬間、サーバルは再び後方へ大ジャンプをしていた。


さっきまで自分が立っていた地面に、ジャガーの棒が振り下ろされていた。

突然の襲撃に不安定な着地をしたサーバルは、すぐさま態勢を整え、2人に視線を向ける。



──だが、そこにライオンの姿は無かった。





「サーバル、敗れたり〜」





パァンッ





サーバルがライオンの不在に気付いた直後、頭上から破裂音とライオンの声が聞こえた。

ジャガーの攻撃に気を取られていたサーバルは、ライオンが自分の着地点に先回りしていることに気づけなかったのだ。



「うみゃ〜、負けちゃったー」


「まだまだ甘いね〜。…さて、と」



ジャガーに視線を向けるライオン。

対するジャガーも、それに応えるように視線を向ける。



「じゃあわたし、さっきの木のベッドから見てるねー」



闘いの邪魔にならないよう、サーバルはそう言って木の根元にあるオモチャ置き場へ走り出した。



ジャガーとライオン、2人だけの時間が流れる。

最初に口を開いたのは、ジャガーだった。



「へぇ…。噂通り強いんだね、ライオン」



隙をついた攻撃をかわされた挙句、流れるようにサーバルを討ち取るのを見たジャガーは、心底感心するように言った。



「君こそ、中々強いじゃないか。ヘラジカが言ってた通りだ」



ジャガーが強いということは、ヘラジカがよく言っていた。

ライオンもいつか勝負してみたらどうだ?と言われていたことも、たった今思い出す。

まさか、本当に闘うことになるとは。



「…いくよ!」


「望むところ〜!」



地面を蹴りだし、ライオンに接近するジャガー。

ライオンも棒を構え、攻撃に備える。



「はああああっ!!」


「よっ…と」



ライオンの腰めがけて棒を振り下ろすジャガー。

それを受け止めるジャガーだが、先程のような余裕は無かった。

ジャガーの一撃は、それほどまでに、重い。



「はっ!やぁっ!はぁー!」



ジャガーの連撃が続く。

何度も棒を振り、それをライオンは一撃一撃丁寧に捌く。



「「(これじゃキリがないな…)」」



攻撃の手を緩めないジャガーだが、このままでは先にスタミナが尽きてしまう。

対するライオンも、このままではいずれ隙が生まれ、風船を割られてしまうだろう。







お互いがお互いの状況に苦しんでいる頃、サーバルは木のベッドに腰掛け、じゃぱりまんを頬張りながら、2人の闘いの行方を見守っていた。

ちなみに、視力はそこまで良くないので、展開はなんとなくでしか把握出来ていない。



「2人ともすごいな〜、わたしもあれくらい強かったら、ぜんぜんよわいーって言われなくてすむのにな〜」



2人の強さを羨むサーバル。

サーバル自身もそれなりに力はあるし、得意のジャンプだって、他のフレンズからは一目置かれている。

だが、ドジなところがあるせいで、周りの評価が下がっていた。



「うみゃー!もっと強くなるぞー!」



決心したかのように声を上げる。

直後、手に持っていたじゃぱりまんを再び頬張り始めるのであった。









一方、ジャガーとライオンの闘いは、佳境を迎えていた。

攻撃を続けているだけじゃダメだと考えたジャガーと、攻撃を受け流すだけじゃダメだと考えたライオンは、お互いに距離を置いて対峙していた。



「まさかここまでやるとはね…」


「私もびっくりしたよ〜、まるで攻撃する隙がない」



2人共、肩で息をしながら言葉を交わす。

そこまで長くはならないなろうと考えていた合戦の思わぬ展開に、互いにスタミナが切れかかっていた。



「これ以上長期戦になるのはまずいな…。そろそろ決めさせてもらうよ!」



ジャガーの瞳が輝き、棒からは拳から伝わったサンドスターが立ち昇る。

滅多と使うことのなかった野生解放だが、まさかこんなところで使うことになろうとは。



「いいだろう…私も本気で行かせてもらう」



さっきまでとは打って変わったドスの効いた重い声が、草原を通り抜けていく。

輝く瞳、舞い上がるサンドスター。

ライオンも野生解放をし、ジャガーに対して本気で挑む覚悟のようだ。



一瞬の静寂が場を支配した。

互いに1歩も動かず、攻撃の機会を伺うかのように、睨み合っている。


直後、じりっ…という微かな音がした。

足裏と地面が擦れるような、そんな音。

ジャガーとライオン、どちらがその音を出したかはわからない。

何故なら、その音が2人の耳に届いた瞬間には、既に2人は動き出していたからだ。





「「はああああああああっっっ!!!!」」





さばんなちほーの草原に、2人の猛々しい声が響く。

それは、観戦していたサーバルは勿論、遠くの水場に居たフレンズにすら届いたという。













──勢いに任せた強烈な攻撃は、次の瞬間には2人の風船を見事に裂いていた。














闘いを終えた2人は、サーバルの待つオモチャ置き場へ足を進めていた。



「いやぁ〜、つい本気になっちゃったよ〜。ヘラジカが勝負したい気持ち、わかるなぁ〜」


「ライオンこそ、いつも寝てるだけだと思ってたけど、ほんとに強いんだね」


「私だって、やるときゃやるよ〜?この間も、サーバルとシマウマが見つけた大きいセルリアン、1人で倒したしね〜」


「へぇ〜、そりゃすごい。よければ、いつかまた手合わせをお願いしたいな」


「いいよ〜、やろうやろう!今度は私の部下やヘラジカ達も加えて、チーム戦にしよう!」


「いいね、楽しみにしておくよ」


「2人ともおかえりー!」



にこやかに雑談しながらお互いを讃え合い、次の約束も取り付ける。

そうこうしているうちにオモチャ置き場へ辿り着き、サーバルがネコ科特有の挨拶ポーズをして出迎えてくれる。

2人も、同じように返した。



「今回は引き分けだったよ〜」


「そうなんだ!やっぱり2人とも同じくらい強いんだねー!」


「今度はみんなでチーム戦をやるんだ。サーバルも一緒にどうだい?」


「ほんと?もちろんやるよー!それまでにもうちょっと強くならなきゃ!」

「あっ、そうだ!2人の分のじゃぱりまんもあるよ。はい、どーぞ!」



そう言って、サーバルは2人にじゃぱりまんを差し出す。

野生解放を使った激戦で、2人は体内のサンドスターをかなり消耗しており、見た目以上に疲労していたので、これは非常にありがたかった。


2人は差し出されたじゃぱりまんを受け取り、美味しそうに食べ始める。

それを見たサーバルも、まだ残っているじゃぱりまんを手に取り、かぶりつく。








雑談をしながら食事を摂る3人を、いつの間にか真上まで昇った月が照らしていた。

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