第6話

チーとクロは、それきり暫く

現れなくなりました。

でもそれは、チーとクロが

サトがちゃんと考える時間を

くれてるからだと感じます


サトは少しずつわかってきました。

あの雪の日、自分のいれものは

無くなってしまったのだと。

ヒロもお母さんもお父さんも、

もうサトは見えなくて、

サトはもう声をかけてもらえないのだと。


でもサトはわかってきました


ヒロは毎日黄色いお家の形をした箱の前に

サトのご飯とお水をくれる。

サトはそれが美味しく感じる。

毎日誰かの膝の上にかけてある

お気に入りのひざ掛けは温かい。

何かの瞬間、サトの仕草に

ヒロ達が反応する時がある。

いまサトを撫でてくれたと感じる時がある


それはみな、ヒロ達がサトを大好きで

いてくれるから


だからサトは思いっきり

ヒロにお母さんにお父さんに

甘えて転がってスリスリするのでした。


たぶんサトだけでなくて。


お母さんがお仏壇に

いつもの様にお水とご飯を飾ります。

するとフワフワ見えてくる、

煙のような白い影。

最初のときは、サトはそれが何だか

わかりませんでした。

あの時その白い影のひとつは

クロだったのですが

今ならわかる。多分この影は、

お母さんが大事にしてるヒトたちの影。


なんだか


このままでいいんじゃないのかな。

少し寂しいけれど。

このままヒロたちといれるなら。


でも

『ダメだよ、サト

この地上はね、ずっといると消えてしまう』

チーの声が蘇ります


『ねえサト、ボクとクロを信じてくれる?

ボク達と旅に出る。

そうすれば地上に捕まらない。』


でも。旅にでたら

ヒロたちとお別れになります


『ヒロたちともまた会える。

心が繋がってれば必ず会える』


お別れしてまた会えるのと、

ずっとヒロたちといて消えちゃうのと


ずっといれる方がいいよね


サトはそう考えるようになってきました。

最後まで、最後まで、ここにいたい


振り絞るように、

サトはそう願うようになっていました


そのうち、サトは体が重くなってきたなあと

感じるようになりました。


いれものを失って心だけに

なってから、体はフワフワ宙をくるくる

転げ回ることが出来たのですが

何だか今はうーん、と力をこめないと

出来ないのです


それに眠くなる事が多くなってきました。

吸い込まれるような眠気。

ああ、あの。いれものを失った時も

こんな感じだったのかしら。

いま目をつぶったら、次目覚めることが

ないのではと感じるようになりました


その時が近づいてきたと感じました。

でもいい。ヒロ、お母さん、お父さん

おそばにいてね


サトがふらふら、

何かをかいているヒロにすりすり

しようとすると、

ヒロは絵を描いていました。


サトは目をまんまるにしました


ヒロは絵を描くのが好きで、

よく色鉛筆で絵を描いていました。

それはサトも知っていましたが。

いまヒロが描いていたのは。


三匹のねこ。


サトと。

真っ黒なねこと。

クリーム色にお顔と耳と手足がチョコ色…

シャム猫でした。


サトと、クロと、チーでした


「あらそれ浩、クロとチーコ描いてるの」

お母さんが浩(ヒロ)に話しかけます。

「うん、どうせなら皆の写真

飾りたいのにクロやチーコの写真

ないもん」 浩は手を止めず話します。

「お父さん写真とるの下手だったからね…」

そこにいたお父さんは知らんぷり

してました。


浩はサトの写真をスマホで沢山

撮ったので、いま家には山ほどサトの遺影が

飾ってあるのですが

クロやチーコを飼っていた頃は

浩はまだ小さくて、写真の主導権をお父さんが握ってたものですから

ピンボケだの小さすぎだの、ろくな

写真が残ってないのでした。


「お墓も引越しちゃったしね」

クロやチーコのお墓は

当時の浩たちの家の庭に作ったのですが、

遠くに引越してしまったので

浩達はもうお墓にいけないのでした。


でも、でもね


サトは泣きそうになりました。


そうか。

浩…ヒロ、ずっと大好きだったんだ。

チーのこと、クロのこと。

……じゃあ大丈夫だよね。

サトのこと。

ずっと、ずっと覚えててくれるよね


心がずっと繋がってるんだね


サトは泣きそうになりました


気がつくと宙から。

チーとクロがやってきました。


「久しぶり、サト」

「サトに会いにきたんじゃないもーん、

ヒロの絵みにきたもん」


茶化すクロにサトの心は愉快になって、

また泣きそうになりました。


ねえヒロ、だからまた会えるよね


大好き。大好き。ヒロ。

お母さん。お父さん。大好き。大好き。


どこにいっても。


浩がはっ、と絵を描く手を止めます。

サトが、チーが、クロが

すり寄った気がしたのでした。


大好き。大好きだよ。



《続きます》

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