気付いたら、書いてた。

砂の さと葉

気が向いたら手直しする


「つかまえた」


朦朧とする意識の中、ぼやけた視界の中で目を凝らす。

けれども、その視界は波打っていてぼやけたままだった。

ぼやけた暗い視界から分かることは、身体が拘束された様に重いことだけ。

 何も見えないから、手探りで状況を把握する。

床はある。壁はない。床はざらざらしている。地面の様だ。

「……わっ」

途方に暮れかかっていると、生ぬるい感覚が僕の横を通り過ぎる。

思わず、声を上げた自分を情けなく思いながら、その方向を見る。


ふわり、ふわり。

朱色の灯が、全身を揺らして動いている。

……あれは、一体何だろうか。

不思議なものには近づかない方がいい、と分かっている。


けれども、その朱色の灯は地面をほのかに照らしていて、

僕はどうもその灯に安心してしまった。


その朱に近づこうと、冷たい夜の空気を搔き分けながら進む。

あれ。

空気はこんなに重いものだっただろうか。

そもそも、『空気を掻き分けながら進んだこと』なんてなかったはずだ。

 身体も重いままだ。確認したが、拘束器具なんて一切つけていない。

不安や、未知が、頭をぐるぐると駆け巡っていく。

この世界は一体何だろう。何故、こんな所にいるのだろう。分からない。分からない。

夢なのかと思って、眼を閉じようとするのに、そもそも目蓋がない。

……目蓋、が、ない。

訳の分からない状態から、眼を背けることがどうして出来ないんだろう。

恐怖で足が竦む。


けれども、朱色の灯は待ってはくれない。

気付けば、遠くへ、遠くへ行ってしまっていて、視界がだんだん暗くなってしまう。

何も見えなくなる。怖い。待って。

僕は、駆け足で朱色を追う。

ふわり。ふわり。

そよぐ様に動く朱は止まることはなくとも、加速することはない。


暗闇を走って、走って、走って。

何故だろう、不思議と息が上がらない。

それどころか僕の足音さえ、一切聞こえない。

そんなことはもう、気にしてられない。

あの光が遠くに行ってしまったら、もうどこにも帰れなくなってしまう。

帰る? 何処へ? ……家だよ、馬鹿。


闇雲な自問自答をしながら進むと、紅色に追いつく。

その朱色。

ただの提灯か何かかと思っていたのに、それは淡く光る金魚だった。

 この世界で、初めて出会った生命体。

それだけで、この世界がたった一人のものでないことの証明に思えた。

この金魚を、愛おしく感じて、寂しい子だと感じた。

火傷しても構わないからと、僕は金魚に手を伸ばす――と、肩を叩かれる。

 

「つかまえた」

柔らかくかわいい綿あめの様な声。

それなのに、伝わってくるのは刃物より冷たい手の温度。

じっとり、とした蛇が舐める様な視線。

――ひ、ひとちがいじゃないですかね。

僕はそうやって無実を訴えたいのに、喉を動かすことさえも出来ない。

 その間に、金魚が遠くへ、遠くへ行ってしまう。

「っ……くるしっ…」

それと同時に、また視界も遠のいてしまって、息苦しくなる。

 身体は自然の摂理といいたい様に、下へ、下へと沈んでいく。

このまま、沈んでしまったら、死んでしまうのだろうか。

それは、嫌だ。

けれど、身体に抗うことは苦しい。

意思はあるのに、身体が意思を抑えつける様に蹂躙してくる。

沈む。苦しい。まだ。僕は。どうなってしまう。不安。まだ。生きていたい。

――このまま身体に従って、沈めば、どれだけ楽だろうか。

そう。沈めば。楽だ。落ちよう。安らかな。僕は。もう。楽。息が。出来る。

さようなら。

僕の身体は、沈んでいく。客観的に自分の身体が沈む感覚を受け入れる。

抗わないことは、こんなに幸せなことだったんだ。


途端、柔らかい唇が押し当てられ、飴の様なものが口腔に入れられる。

――甘く、優しい。懐かしい。

自然と、涙が零れ落ちる。ころころ、と。

その肌を伝って落ちる涙は袋に入れられるのを確認する。


僕は、もう死ぬのだから何も関係ないことなのだろう。

揺れて、もう何も見えなくなった視界の中、誰かがずっと僕の頭を撫でてくれた。

それが、酷く温かくて、「君はひとりなの?」と僕は呟いた気がした。

その後は知らない。だって、僕はもう楽になった。それだけだ。

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気付いたら、書いてた。 砂の さと葉 @sano3sano3

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