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 ──もう少し情報が欲しいけど


 欲しいが、そこは致し方ないだろう。自分が巡り巡ってくるものは往々にして「口に出すのも憚られる」ものぐらいしかない。死肉が大人しく自分の足で歩いて墓に行ってくれる訳ではないのだ。必ず、言いにくいものには言いにくい者共が伴っている。首都が干渉しない問題……あるいは、首都に干渉させないものなら尚更だろう。


「そうか、つまり僕とお前は共犯者って訳だ。なるほど、エロいね」

「思っていないことを言うな」

「やんごとない事には事前準備が大切だ、そうだろ?サプライズ好きはかえって可愛子ちゃんに嫌われるぞ?なんかそれ以外に言うことあるだろ、なあ」

「私が何も言わないといつもこの調子だな」


 この程度の煽りであれば、アレも漏らすことは当然ないだろうが、口振りから干渉させたくない案件で間違いはないらしい。いつぶりだろうか、こんなに躱すわけでもなく、まるで自分が上にいると虚勢するような諫めは。|告解の火曜日<パンケーキ・デイ>でパンケーキを投げ合うレースを始めて耳にした時以来かもしれない。つまりは、本来は奴は倫理観ぶっているのだ。その奴が、澄ました面を30年以来自ら剥がしているのに等しい。


「そりゃあね、僕はか弱くて誰かの助けもないと生きていけないからね。最後の晩餐にパンケーキでも食べたいよ」

「パンケーキ……懐かしいが時間がない。書院の連中もそのくらいは八つ時に作るだろう」

「駄目だね、お前のふわふわのパンケーキが食べたいよ。北条の飯シケてたし。なんか怒鳴られた記憶があるけど。レースだっけ」

「それじゃない、君が十枚咥えて屋根裏部屋に閉じこもっただろう」


 その辺りはどうでも良いが、変わらない通り繊細で五月蠅いくらいの倫理観持ちなのは変わっていないだろう。倫理観をそれなりに持っていて、その上にあんな組織に在籍し続けている。


 ──なら


 その倫理観を以って、組織に対抗することは十全にあるだろう。むしろ、それがないと今までの板につかない演技だとかの説明が付かない。付かないからこそ、組織に対して腹の一物や二物携えてもおかしくはないが……まあ、言わないのだろう。言わないのだから、非論理極めているのだから、こうして気を利かせてやってるのに言えないのだろう。組織に干渉させてほしくない仕事を押し付ける。

 それを互いに自覚している上でもなお、「言わないから言わない、そんな証拠はないから言っても話さない」の態度なのだ。何をどう転んでも、エスを擁護することはないが、組織側につくことはないと言うのに。


 ……とはいえ、行動権はそっちが握っている。車いすの音が、だだっ広い廊下の中でキイキイ喚いている。間隔は速く、間隙を埋めて、さもこの話を終わらせたいらしい。情けない顔を見に来るほど自分は暇でもないが、そうこうしている内に書院とやらに飛ばされる。

 玄関よりも、より邸宅の内部に迫るのだから、移動手段としてはワープだろう。それも、個室か。機関から認知されていない存在である分、利点としてはエスの保護下にある限りは魔力を秘密裏に扱えることが出来る。

 フィルム写真には現像室がかつて設けられたように、自分の性質を特定の環境下にのみ発生させるように書き換えられてくれている。


 少し、別の姿勢に座りなおすと、首元の違和感が主張する。首輪。入浴の際には事前に外しているが、後頭部と喉元に自分の魔力で透明な杭を突き刺すようにされている。


 腹部に刃物を刺突された場合、無暗に抜こうとすると多量失血する。電化製品から断線したコードをプラグにつなぐと、余計な電力が放出される。この二点の重ね合わせを生じさせている代物だ。

 それに合わせて、エスが自分に対して魔力を使用する際は、自前のではなく自分の体内から大部分を摘出している。していることは少し腹が立つが……そこまでしないと検知されてしまうのが現状にある。

 心境、手足を勝手に生えて暴れたいものだが、それも念入りに禁止されている。


「もう転送する気なら、どういう危険度か言っても良いでしょ。僕が死んでも良いの?」

「何度も言っただろう、君が死ぬことはない」

「じゃあ蓮君に言っちゃおっかな、化物って」


 停止。それまで動かしてくれていたそれが静止して、微動だにしない。いや、微動は、奴が手押しハンドルのグリップを握り返しただけ。それ以外表情は分からないが、空気が辺り冷えている。日差しが差さない、丁度いい場面だろう。全くもって喜ばしいのに、彼はそうでもない。久しぶりに、彼はか弱い人間に対して憤りを見せている。つまりそういうことだ。


「半分本気だけど、悪い大人に化物にされてるって無理があるんじゃないの」


 蓮の心的外傷がどのような程度かを分からないはずがない。幸運的致命傷。蓮自身が生身の人間では命に関わる自傷行為を繰り返して、そして生き永らえている。むしろその嫌悪を誘発している自覚さえ彼は持っているのだ。だから必ず、蓮の自傷行為には必ずエスが救護する。

 救いや改善はしない、ただ塩素系漂白剤ですすいで爛れた喉を、焼いた包丁で刺した首を、さも自分が助けたように治すためにいる。エスがいようが後遺症が確実に残るものにも関わらず、奴はひたすら「治して助ける側」にいたがるのだ。


「仕方ないだろう、レンが人として生きても、いずれ限界がある。一定の理解が必要だ」

「そんなキャラじゃないでしょ、お前」


 傍から見たら滑稽の一言に尽きるそれらを、奴は繰り返しし続けている。

 それこそ常にうがい薬を勧めて、年端もいかない頃に包丁を握る際は必ず後ろで腕組していた奴がだ。毎度親以上に口煩い奴が、ただ一人の少年の前で豹変している。


 ──此奴は


 思い返すに、此奴はそういう人間性ではなかったのだ。

 奴が意識的に切り替えているペルソナは二つある。人外性か人間性か。「人の外のモノとして、感智問わず等しく万物を過去にする」か、「人と何かの間に生きるモノとして、感智問わず等しく万物を未来に託す」か。前者が公平的な兵器として、必要とされていた機能。だが後者は誰にも必要とされなかったというのに一人で勝手に育んでいた。それこそ、無関係のはずだった自分に対しても矛先を向けていたのだ。

 誰にも頼まれたわけでもなく、望まれたわけでもないのに、何かと自分の視界にまどろっこしさがあれば手を伸ばす。


 いや、後方にいてもそうだった。後方に一般人が小銭を落としただけなのに、車椅子の自分に対して申し訳なさそうな顔をしている。その時には顎で使って行かしているが……長く、奴はこうした人間性なのだ。身内には甘いと言うよりも、身内以外にしかその顔が出来ないと言った方が等しいが、これがデフォルトだ。


 ──だから


 だから奴がこうして、蓮の行動が虐待に寄るのは矛盾しているのだ。

 詭弁として「人外性のある職員として生かしている」と宣うだろうが、そうだとしたら初めから蓮を認知すらしない態度を取る。そもそも高等教育の約束も、通学の余地を持たすはずがない。レンと名前を呼ばない。母親の存在を少しでも見せて、反抗する余地を見せない。

 自分以外の敵が危害を加えることに憤りを見せない。不幸にすら興味がない。どんな心的外傷があるかどうかすら関心はない。蓮の思う不幸すら認知しない。


「……私が蓮をどう思うか、どう受け入れられるかは考慮していない」


 本当に人外として接しているなら、自分の行動を説明出来る。「考えていない」ことを「考慮していない」と言い換えることなく、悪びれもない。それが出来ないのなら、説得力に欠ける以前に人として信念がないのだ。

 その証左だろうか。エスから煽り返されることはなく、だんまりとしている。化物らしく口でも結んでいるのだろうか。どうでも良いが、それ以上つついても面白いことはないらしい。


 機密性の有無で話すか、話せないかが問題の全てではないが、それを跳ねる都合の良い道具ではある。


「蓮君は化物だけど、お前だったら人並みに幸せに出来たでしょ」

「……出来なかった」


 だがそれを良いように使わない以上、エスにも余裕はないのだろう。何も聞いていない以上同情というものはないが、助けを呼べない窮地というのは案外こういうものだ。

 何も安心する要素のない声色を聞いても驚かないのは、慣れてしまったと言いようがないが。


「あっそ、じゃあ僕には言うべきことは言ってほしいね。これ仕事だし」

「『それ』は私と同じものだが、私の下だ」

「オッケー」

 良答。簡潔かつ、他意も少ないものなら問題はない。それに加えて、危険度が低いというのであればある程度自分の身の回りは確保出来るだろう。少なくとも、仲介屋のような思考に煩わしい奴らがいるよりははるかにマシなものなのだ。

 それ以外に文句はないが、多少だが、空気が澱んでいる。そろそろ書庫から、隠し部屋の方へ着くだろうが、確かあの部屋は換気が出来ない。勘弁願いたい。昔からその打たれ弱さを何とかしてほしい。

 身内にもいるから、酷い物言いはしないが……いや、その本人より何倍も生きているのだから学習しろとは思うが、この経験豊富なくせして全くダンゴ虫より学ばないのは如何だろうか。


「ワン、彼ならどうする?」

「知らないね、自分で考えろ、お前はアレじゃなくてお前だ。顔以外真似をするな」

 

 もうそろそろ、リスペクト先に縋るのは末路だろう。淫魔のくせに、顔以外を真似ないと自己を確立できないだろうか。種由来の均一を誰よりも嫌悪して、誰よりも個を愛そうとしたというのに。


 だがそれに慣れた優秀者でもあるから、だろうか。馬鹿真面目が馬鹿を見る世の中だから、むしろまだ懲りずに貫くのは憐みを向けざるを得ないが。


「奴の代わりに言うなら、後悔しないようにやりゃ良いんじゃないの。アイツ過去ばっか見て前に向かって歩いてて、迷惑でしょ?」

「まあ、そうだろうな」

「まあ、今のお前アレ以下だけどさ、自意識のある『それ』未満でもある──精々、報告楽しみにしてなよ」


 次会うときは「人外性のあるエス」だろうが、そこでも聞いてくれるか。

 そこで学んでくれるかは、正直なところあまり期待していないが……良くも悪くも、奴はいつも通りで安心した。

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