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「どのくらい送られているか、は言わないだろうけど、規模として数百人体制」
前提として「箱庭」は責任者を明らかにしなければならない。平たく言ってしまえば創造した世界の神様がこちらの世界にやって来てしまった。それ故、責任者の追求以前に捜索が最優先されている。それを竜胆か誰かに責めるにしても、未然の事態として追及が難しいのもある。
それよりも、といったところで、首都の意向も関東圏を中心とした捜索。機関の関係者及び支援者の約数百人体制でのものは想像に難くない。次元を超えているのなら位相学に明るい魔法使いを、一般人として潜入しているのなら擬態と考えられる程のパフォーマンスの差異を以て判断する者……兎角、行動範囲が膨大ゆえに多方の知識人を募っていると聞く。
自分とこの件に関しては無関係だ。が、一つ大きな関わりとして「竜胆と同じ首都に属していること」がある。無論、ここまで来ると問題が表層化されてはいなくても、竜胆の責任がある。だが性質上「創造者として反旗を翻される」可能性がある以上は、捕獲に大きな糸口があるとして大きな処罰は受けていないと聞いている。
――それに
より力を入れるべき首都そのものが、自分にも回ってしまったが、その情報共有はろくに行われていない。というのも、探索そのものの中心人物は笠井竜胆と小野寺清であって、自分ではない。サブ、といった扱いではあるものの、説明を部外者の児堂に代弁している時点から扱いが察してしまう。
粗雑そのもの。小野寺に至っては最近やっと思い出したが口を動かしたくないという気概さえ察せられてしまう。
「……単身で俺の方に乗り込むとしたら、仲間からも省かれているか」
第一に、三輪智樹は信頼されていない。
自らの出自は、協会三家の内の一つの三輪家の三男。紆余曲折から、自分の意志で機関に属しているが、本来の関係性から周囲に不信を持たれるのは想像に難くない。最も、桜庭の方から唾付きと声高にされている以上、大きな組織間からの信頼は、我ながらそもそもないに等しい。
小野寺は、その一人ではない──むしろあの手の化物は、組織の体裁関わらず、自分しか信じないを貫いているのだが──のだが、清々しい程に利己的だ。「誰からも信用されていない、情報を回されていない。わざわざ面と向かって会話する時間も無駄。ヘルだったら勝手に喋ってくれるし、馬鹿共の体裁も考えない。勝手に遊びたいだろうし勝手に分かりやすくしてくれる。口だけ動いていればアイツは解剖学ウィキであって刃物さえなければ記事は増えねえよ」とまで、仮に対面したらそれくらいには言うだろう。言う時間さえ惜しいのだから、メールにて児堂にたらい回しをするのもある意味彼らしい。
端的に、組織ごとの上下関係よりも利己を優先する意味では首都に配属されたのは救いだが、集団行動については芳しくない。
「残念ながら俺は敵じゃないけど、人探しくらいは軽く。一応『
「バイリン?」
「まあちょっとした不良、勿論お代はタダじゃないけど」
代わりに、機関の中でも首都は結果主義の意識が非常に強い。無能はいらない、だが、あらゆる手を使ってでも結果が出ているなら生き残れる。その状況下において、桜庭との関係を強く持っているのは……言いたくないが、非常に、とても、不本意だが、救われている。
小野寺も、児堂も、その筋だろう。我関せず、自分の意志を遂行できる環境であるのなら、他人への排斥や口出しは行わない。帰属意識こそ皆無に等しいが、他人に対しての私情は徹底して「ない」。そもそも他人を人間として見ているかどうかも怪しい集団ではあるので、小さな差別意識すら生まれないのだろう。
故に……不本意ではあるが……ツテを惜しげなく使うことは出来る。桜庭から離れることは出来ない、それが生涯始終の前提となると、使わないという発想はない。延々と、振り回されるくらいならば、食らわれても利用した方が、よっぽど己の為に生きていると言える。
──だが
桜庭が考え得る脅威は、分からなくはない。経済界には手を引いているが、その子孫、関係者は皆その当事者である。その血縁者に懸想はないにせよ、我が物で我が家扱いしていた所にも影響が懸念される。考えないわけがないだろう。
桜庭が考えるものは、機関や協会よりはビジネスとして……例えばライフラインの支援者がどのくらい不慮で犠牲になるか、だろう。名前と髪色のみを当代の名を名乗るにせよ、化物の素養にせよ、趣味嗜好の範囲にせよ、商流にはまだ飽いていないとなると、無関心ではないのだろう。化物だから手を引く、という大人しい訳もなく、引っ掻き回したいのは相変わらずらしい。
「俺が死ぬのは、竜胆がいるから?」
「そっちの方が早いだろうしな」
そして、発想は非常識極まりないが、思考は論理的である。恐らくは、自分はどの捜索者の中でも死にやすい、という点で桜庭と胸中は同じであろう。機関の日本支局の枢軸、そしてその中でも犠牲者に対して耐性の低いもの、この三人なら言わずもがなか。
小野寺が同僚の尻拭いにタダで手伝う訳が無い。犠牲者も、その推定範囲でさえも、紙が面倒だから一人で片付ける。そのスタンドプレーが著しい男が、この仕事にまともに取り掛かるはずがない。
──だとしたら
竜胆は、戦力には足り得る。実際のところ、その竜胆の放逐も処罰も、機関が進んでやるとは思えない。肉壁……という発想は、何も大袈裟ではないのだろう。現状太刀打ち出来るのは小野寺と竜胆であるならだ。自分はそこから動かされる駒として、選ばれてしまったに過ぎない。
「……気遣いは有り難いが、お前に頼るためにここに来たわけじゃない。お前は敵じゃなかった、それなら、別に」
「死んでほしくは無いんだけどなあ」
桜庭は、嘘は言わない。「ティンダロス」と機関から指定された通り、冒涜的な神話を持つ者を自分はバックに据えている。例外さえなければ、自分は生殺与奪の程は桜庭に握られている。
──だが
殊勝すぎやしないかだろうか。例外さえなければだが、対象者はそれを超える可能性がある。世界の創造者、次元は違えど能力としてそれを有している以上、ここで籠るのも得策ではない。桜庭は神ではないが、「ティンダロス」を実現可能にした。それは神も同等の力を得ているという点から、ここに介入しない可能性はゼロと言いきれない。
「良いモンあるわ」
「彫らないぞ」
「そういう話じゃねえよ、これさえあればお前は死なねえってこと」
それが本人にも伝ったか、否か。顎を掴むなりして、前方に目を遣らせる。前は、先程通った回廊そのものだが、ついぞの厭な音も湿もない。黒塗りの、取り分けて特徴のない扉だが、開けるなり熱気は立ち籠まず。寧ろ、冷気か。清々しく、霊として似ている。
一人。
一人の人間、女性、或いは少女が目の前にやってくる。幼いが、生来のものか何かしらの欠如にて惚けても見える。外見年齢は、老いても二十代後半だろうか。
「こいつ家まで送ってくれよ」
送ってくれ、とは言えど、その者が生きているかは定かではない。亡霊、「生命維持活動を停止した後、魔力との呼応、第三者の介入により思念が個体化された状況」と指すならそれに近いだろうか。濃い、作り物の匂いが立ち込める。死臭、なのだろう。
死の臭いは蛆を孕む。とすると生を見出したくば、強い香りを発するらしい。今の彼女は、花の香りだ。まるでまだうら若く生きているとでも言いたげに、痩せ細った足で進みながら……中途、肉のない足が縺れかかったが、急いで女性を抱き抱える。拘束は、外れているが、急に立つなと桜庭から小言を言われたが、気に障ってはないのらしい。
彼女の、花の匂いばかりが立ち込めるそれの状態を起こす。瞳孔は、僅かな燭台の火で灯される程度だが、焦点が合うらしい。痛覚も、ほんの少し。短めだが乱れていた髪に触れると、眉を顰めた。
──紫紺?
特筆すべきは、虹彩だろうか。紫の瞳、朝と夜明けの間の子、延々と見れない束の間の境の色を、どこかで見た記憶がある。近いうちに、それよりも年端の行かない少年として。口頭で、紙上で、一度だけ。
『首都に配属されても……君がいるなら、蓮の救いだろう』
「コレがいる限りエスが死なせない、名前は……言わんでもいいか」
笠井あやめ──笠井蓮の実母そっくりの少女が、少しだけはにかんだ。
目を合わせるだけで照れてしまう、その歳で彼女は終わったのだろう。
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