一ヶ月後
【■■■/あわよくばきみの隣に居たい】エピローグ
ソレガ ボクカラ ハナセル コト
ケッコウ ハードナ ハナシデスネ
最後まで本当に覚えていないらしい。
今の笠井は、一ヶ月前の、ほんの二日のことを何も覚えていない。その、及川ってやつの方へ泊まって、誰かと会話して、俺に襲われて、俺とまた対話したことも……まあその方が良いか。お前は知らないだろうし、知ってもどうしろと?って思うだろうが、その記憶を消すだけで、ストレスっていうかショックは大きくなくなる。あのまま覚えていたら、間違いなく笠井蓮の精神は壊れていた。俺のせいで、というのもあるが、環境が何一つとして変わらないからな。
……ジャンヌ、目の前にいるあの男が殺した女は、俺の幼馴染だった。今、足元に白い花がびっしり咲いているだろ? それが毎年生い茂っている丘の上で、いつも暗くなるまで話し込んでいたりしていた。村の、ちょっと位の高い外交官の娘でさ、それでいつもこの世界の話を聞いていた。
ジャンヌ、って、この世界では神聖な女騎士だったかそんな存在で、でもってリリイという花が好き。この国では、百合だな、白くて、甘くて、落ち着いた香りから、ジャンヌはずっとそれが好きと言っていた。
ワンって男がどこまで知ってるか知らねえけど……まあ、言った通りにあんな姿になっていた。目を話した隙に、足が竦んだ間に、声すらも出せない時に……お偉い方が連れ去って、あんな感じにさ。8年くらいか? アイツを探して、それほどかかって、こっちは化物になりそうな時に必死に抑えて抑えて、それで見つけた時はあんな感じで……最後まで、そうだな、もう顔も分かんなかったのか。そりゃあ、化物だから倒されるに決まってる。
デモ ソノコ ズットマッテタミテイデ
ボク タオスシカ デキナカッタ カラ
……そう、か。
待っていたか、俺が見たころにはもう顔すらも分かっていないと思ってた。腕はどれがアイツかも分からない……でも、そうか。いたのか。ジャンヌは、俺を見ていたのにな、アイツも、待ってどうしろって言うんだって話だけどさ。図体もデカくなった体で?どうやって逃げたり暮らせと?俺女とか全然わかんないから、体なんか分かんねえよ。笠井よりも何にも、そっち方面の知識はない。手も……触ったことはない。
ただすげえ柔らかかったんだろうなって、そいつに石をあげてやった時、少し尖ってて切れちゃってさ、それほど肌が薄かったのは覚えてる。女、っていうか、アイツは、ジャンヌは弱いんだなって。まあそうだろうよ、外交官の娘、って言うくせにあんな辺鄙な村に来たんだ。もっと、ジャンヌには良い環境も人生も色々あったじゃないか。それが、石で傷つくような弱さじゃたまんねえか……だがもう、これだ。あの男がそう言おうが、ジャンヌがいるところに戻れる気はしない。ケッコン、ああもう無理だな、無理、だってアイツの指がどこにあるかすら俺は分からなくなったんだ。
……悪い、俺はどうなったか、か。
まあ、色々な環境があるだろうけど、簡単に言った方がいいな。今男の髪を洗ってる奴がよ、俺を捕まえるためだけに犠牲になりかけた。内容は……お前も閉じ込められた人間だし言ってもいいよな。細かいことは省くが、俺たちの住む世界には魔法がある。
それで、その中に「人の意思を書き換える」って物があってよ、その実験体に笠井が埋め込まれたってこと……って、まだここが何処かも分からないか? 夢みたいに覚束ないか? だがここは、何というか、アイツの中らしい。俺は、アイツを救ってしまったから死ねなくなってしまった。どうしてかも省くが、俺に出来ることがこうしかなくてさ。
『君は彼らの敵か』
そうだ、そうだった、ではなく今もそうだ。
一口に言えば俺はこの集団が嫌いだ、反吐が出るほど、何度も殺してやりたくなるほど……だけど、あの集団は、俺よりも救っている。それは認めなければならない。
『君は、己の劣等感を蓮に宛がったか?』
そう思って構わない。
いや……そうかもしれない、俺は何一つとして得たことも助けたこともなかった。『助けたい』だけで終わってしまった。その半端さがジャンヌと兄貴を生かしてしまった、その生温い覚悟で何もかも酷くなった。劣等感、そうだな。機関と比べて何一つ何かを成し得ずに誰かの支えにもなれない時点で、俺はこの日誰よりも劣っていた。自己満足の結晶と言われても他ならない。
『記憶を消したのも?』
自己満足、だが、これは俺の詫びでもある。
笠井が記憶を……いや、待て。お前は何故そこに疑問を、いや、確かに俺は記憶について言及した。だけどどうして、そこに焦点を当てた? そもそもどうしてそこに興味を、お前は
『聞いているんだ、君が救ったのかと』
どうして?
『同様に、君のしたことは許さない。だが蓮を救ったからだ、君だけが』
……まさか、嘘だろう。
何故、どうして……いや、良いか。ここで言い方を変えることもない。そっちはそう感じたのなら、そうか、ああ、分かった。経緯はどうあれ、ここに来てしまったのなら俺は話す理由もその義務もある。
何も関係のないことに巻き込んでしまったな。目的は「笠井蓮ないしはその周囲への被害を与える為」。これについての弁明はしない、俺はその為に行動をした。
だが、俺はそう望んでいたにも関わらず失敗した。俺は、望んでやったことに対して何一つ後悔はしたくない。だから俺はアンタには謝らない、許してくれ、と思う気は毛頭ない。お前の好きな奴は、俺の敵の一人に過ぎない。
俺は笠井蓮を敵として、復讐の一人に入れていた。元孤児でも関係はない、その非道は同じ非道で返さなければ示しがつかない。
……だけど、敵でも救われるべきものはある。俺は敵として最低としても、アイツらのように食い潰すことはしたくない。食い潰されたくないんだ、やるのも、その光景を見るのも。
俺は、あの時選択肢はあった。このまま逃げて有耶無耶にされてくれるか、笠井を石の呪いから救うか。逃げることへの嫌気はあったが、笠井は違うな。前者は、俺の為にあるんだ、俺の救済措置として用意しやがった。じゃあ後者は……それも俺の為だ、命をかけた笠井の為じゃない。
笠井、は、知っているよな。俺はこの一ヶ月間、嫌というほどアイツがどうなっているか見た。本当に酷い家庭でさ、Sは笠井を息子でも何も思ってない。ただの道具、と言うよりも、言うことを聞いてくれる玩具ぐらいか……。記憶を消しても何も救われていない、何も変わっちゃいない。あの時俺の前に見せた笠井は、その結果に他ならない。
もしも記憶を消さないまま生きたら分からないな。親が傍観して、敵を体に取り込んで、それこそ笠井は崩壊する。自分の意義は俺を飼っているという『価値』に殺される。それで自分自身が分からないまま、使われる日が来るまであの男が守ってくれるだろうよ。死ぬまで遊ぶだろうよ……アイツは地獄に飼い殺されているんだ。
人の皮の中に化物を抱え込みながら、大人の言うとおりに振る舞い続けて、演じて。俺の考えることが分かった上でアイツはあの行動をした。何をされても、聞いたこともない高い声を上げ出せた化物相手に身を捧げるんだ。
だが現実だ、『俺』を飼う笠井蓮をアイツは愛でている。俺はそれを家族と認めない、蓮の行動を自己犠牲と認めない。笠井蓮を……このまま、あの化物と機関の中に沈めたくない。
だから――俺は、お前に託したかったんだ。
あの時、廃墟の中で見たことはあるけど、笠井を拒まずに受け入れようとしていた。それを利用じゃない、軽蔑でもなくて、笠井そのものを心配して手を差し伸べていた。選択肢がある直前に、顔が浮かんでさ、お前の……その時、俺はそれだけは壊したくないと思った。記憶を残せば、あのまま笠井は機関へ沈むことを止めなかった。だとしたら、せめてもだ……せめて……。
『悪いけど、それは僕じゃない』
シュトカラ レンラクガ ハイッタ
『……それに、蓮は変わらないみたいだ』
キョウイク トシテ イマカラ
『あの子の為ならどんな事でもする』
オメデトウ
『君も蓮も僕も……奴らの糧だ』
アイシテイル
……そうかよ。
やっと正体が分かったけど、俺がどうしてこんなに落ち着いているか分かんないな……そうか、そうかよ、お前が誰かは分かった。それは、長話して申し訳ないな。
まず、「あっち」については後でか、話は長くなる。俺だって何故そこにいるかは聞きたい、何故今までそこにいたかも、だけど、今それを聞くことでもないか。それよりも先立って、言いたいことがある。
……笠井蓮は魔法少年の一件で、正式に首都機関に向かうことになる。が、間違いなく俺の絡んだ案件も含む。それを狙っていただろうな、機関が彼を呼び出す一件を笠井は作ってしまった。
俺にも原因はあるが、時間はない。ただどうかだ、何が何でも、機関から笠井を引き剥がしてほしい。それが俺から言えることだ。
『それは
ああ、俺は何者も救えなかったよ。
だがだ、夢は誰かの
夢には終わりがないとならない、縋り続ければ続けるほど、藻掻いてしまうんだ。俺も、化物もそう、だから終わらせないといけない。その夢が、瞼を閉じた暗闇に骸があるとするならば、その中の光はただ一つの救いに他ならない。
それが不幸でも幸でも……アイツらしく生きれるただ一つのものだ。彼を救えるのは俺じゃない、貴方達だ。
希望とは勇姿という骸の頂にある――そうだろう、
アイシテイル カナラズ ムカエニイク
キミノ ソコニハ ワタシガ イルカラ
デハ レン――どうか良い夢を、幸せを
【ミスター・シンカー】 了
【お知らせ】
おわった。
おわった……………………………去年の一月で書き始めたミスターシンカーがおわった…………………………おわった……………………すっごく時間かかった…………………。
ひとまずここまで読んでくださった方々有難うございます………………そして気付いたのですが当方マルチタスクド下手です…………………「読み手さんの作品も読みたい!」といってほっぽっちゃって誠に申し訳ございません…………読みます…………読みますので……見捨てないで…………。
改めて、あとがきをば。
魔法少年を長編処女作と致しましたが、何分粗がものすごく多かったり、かなり更新が空いたので「作り込む」「読み手に分かりやすくする」「なるべく一ヶ月以内に更新する」を目処に筆を取らせて頂きました。当方、その課題点は今回は少しクリア出来たかなー……と、甘々に自己評価していますが、まだまだ未熟も承知の上なので、今後とも見守って頂ければ幸いです。
今回の構成は「本編(序章)」から「本編から一ヶ月前の出来事」という形式です。本来過去編なので本当はタイトに行きたいなって思いました。そしてこの文字数は大分申し訳ないです、すごく長くなってしまいました。これがさら境です。
これがさら境です(念押し)、魔法少年では書ききれない雰囲気とか三者の特徴、今後とも動かすメインキャラ(腫瘍)を理解していただければなと頑張りました。そして今回感じた難点とかも併せてまた今後も生かして行けたら幸いだな、とも思います。
そして構成上、「腫瘍はこんなんで実はバックグラウンドはこんなの!そしてラストに明かされるあのキャラ!時間は巻き戻った!!次はどうなる!」みたいに、一応三章への繋ぎを致しました。三章めちゃくちゃ重要な章なのですが、2020年の2月を目処にちょっと創作活動は休止とさせます。
「就職活動」というものがありまして……………就職活動……………就活………そして自業自得ですが単位がちょっと不安なので…………命懸けの一年になりそうなので今年は三章そのものの更新はストップの予定です。
それまでは色々なことは用意しようかなと、すごく作品を好いて頂けているから承った絵を用いて製本してみようかなとか思ったり。別の作品を書いてみたりとか、色んなものを読んだり行ってみよっかなとか、諸々含めて創作活動は息抜きでやりつつ、良い感じにアップデート出来た時にはまた三章書こうかなと、それまでに本当にギリギリで終わってよかった……そこはマジでよかった……。
選考会とか勉強とか色々、とりあえず将来の悠々自適な環境を整えて、自分が楽しい人生を送れる為に頑張ります……健全な肉体は健全な精神を宿ると言いますので……。
だからそれまでのさら境の創作活動は
①今年中に製本
②追加ストーリーの挿入
かなと。製本、これはガッツリあんなあれそれ(隠喩)とか書いたり、追加ストーリーはまだ空きのある穴埋めを出来たらなって思います。製本はねとねとのべとべとにします。
一昨年は諸事情で創作から離れていましたが、こうして今日に至るまで、長く仲を続けて頂いたり、ご愛顧の声を頂いたり、浅学若輩の身でありながらもここまで書ききれたことはひとえに皆様のお陰であったからこそだと思います。
本当に、有難うございます。また一昨年の如く時間が空いてしまいますが、それでも拙作を頭の片隅にでも覚えて頂ければ幸いです。色々な方からの厚意や励ましを頂いて、自分が出来ることは満足に継続できること、終わらせることと感じております。それまでに見守って頂ければ幸甚に存じます。
これからも、何卒よろしくお願いいたします。
ぽちくら
To be continued
【第三章】ユーアム・ライアー
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