3

【前書き】

 どうしても終わりたかったので斬り方が結構雑です、次2000文字だけど毎日更新って感じで……よろしくね……


 ◆


 それは生命の与奪の意すら成さない。何故なら「それ」が生命を抱いているかも怪しい。

 人の形、骨格をしていれど皮膚の許容を超えたもの。裂いた物、咲いた者、割いた……物質か何かだろうか。人の肉体を使うが故、成人ほどの背丈をしたそれ。人の血管を使うが故、とめどなく咲き誇った繚乱とを血の代替に見せつけるそれ。人の筋肉を使い、踏みしめる毎に夏の薫りを撒くそれ。雌雄ともつかない代わりに種子植物はしべを恥じらいもせずに晒す。危機的状況、その意識なく顎骨がくこつからの花からは、蜜を垂らさんとする。

 噎せ帰る青臭い屋内、そこに濃い甘香が縫って入るが液には行き場ない。絶えず、下部の床に、肢体であった枝体に散る。それに声はないから人間ではないかもしれない。あるいは、ああ、音しか掻き鳴らさないのだから命はないのだろう。


「――だから俺としてはテントンさんが何をしているか、かをですね」


 指端が、分解へと。

 そう名状するには気の抜けた一声と、似つかわしくない一閃。指先から放たれるその色彩は、赤い光と単純に例え難い明度を帯びる。洒脱に紅蓮、愚直に猩々緋か。裂く、裂いて、歩の先を阻む異形を極彩に分かつ。線よりも鋭く、刃よりも細い閃光。それらが斬る、屠る。斬る、その所作もすら定かではない、浮浪した手が、確かに斬り伏せられていく。

 例えセヤ自体がだ。セヤ自体、命を切るという意識を抜け落ちてさえいれど、それらは「斬られていく」。分解されていく。


 分解、本体を細かに切られた肉体を踏みしだくも、また同じ物か。学びはない、省みることもない、軍ともつかぬばけものの群は前へと押し寄せるが、変わらず彼は倒す。触れる、ことはしない。それはこちら側では不利になる、という話で長く続いた廊を進めていく。

 廊は……まだ続く。本来吹き抜かれているのみで、回廊など皆無な廃墟のはずだが、違うらしい。セヤは結界をあの時破壊した、そして破れた幻覚がこれだ。山奥の廃工場には、外観ではむき出しになっていたあばらすら見当たらない。一つも。その骨らは見えず、肉血の代わりに育ち盛った木と蔦に覆われる。纏綿、そう言わんばかりの夥しさは、妙に内部を加工が如く覆った形状をする。どうやら、結界が今もなおここにあると言うのならば、半球型らしい。

 実際に見えてはいないが、張り巡らされた。その感慨は、「いや教えてどうやら鳴らすバイブよりも浅く、くださいってえ……セヤは躊躇いなく通話を取る。……何でもしますよ……目先の全貌、異形を軽く見渡しながら。……それでですが……ちょっとくらい…………滑らかに見回す視線には恐れはない、だって不全者には……貴方には……ただなお凝視させるとしたら、興味。教えてくださいって……一考のほど……」

 

 ……いや、興味すら怪しい。

 セヤが電話している相手は恐らく「機関」の上司か上層部の誰か。そして終始これだ。目の前、左右上下前後はどう考えても常識観点的異常。だが、セヤは変わりなく


 ――最初から


 最初からだ。

 車体は亀裂と共に、何かを撥ねてもなおこのまま。その情景はよく憶えている。

 月明がその黒塗りのボディを照らすことで、月の形を知った。満月は影を知らず、他の光を浴びる彫像。その標がバイクのヘッドに夏の月も、熱を帯びる。熟れたいろ、縁に線をなぞって、耳朶は途端に崩れの音を拾う。

 それが結界だと、察するにも時間を要さなかった。エフェクトも無理はない。鈴、と例えるにも脆くて崩れやすい。ガラスのもろさを背負った薄い膜、だろうか。それが、簡単に車体に轢かれていく。

 共に、一人か、一体。勢いで飛び出したバイクによって、人の体が跳ねあがる。人間、は、人間の質量を持たざる。セヤも怖気ずに変らずアクセルを握りしめて、それを轢いては前輪にて砕く。ぱきり、稚拙な無機質な損壊をも耳に届くも止まない。

 オートバイが着地した先は、多少飛び跳ねるが派手な音はしなかった。水っぽさ、骨をタイヤで砕けばただの肉の袋か。生命が弾ける素振り、その破裂を耳にはしない。ゴム製に伝うとしたら、皮膚、というより革か。革、あるべきはずの肉はある、肢体はグロテスクを模すが、それだけの。


「くっだらね」


 その程度のものらしい。

 セヤは、彼は先ほどの叙景を憶えているかは定かではない。あれ以降、セヤは愛機を損ねた故の顰めた面をわずかに見せたそれっきり、ずっとだ。セヤは目の前の何かについて理解はしている、それについての記録と理解は十二分にあるのだろう。

 だから彼は適切しか下さない。至って冷静に、怜悧に、眼前の異形を焼く。冷徹、金の瞳は、月と変わって地に這うものを映す。肉薄に、だがまだどこか遠い。ただ貼り付かせている、と喩えられる風にだ。

 吐き棄てる言い方だと、芳しくない方向性に談判を進めたらしい。通話で空いた手は、粗暴に光を擲つ。触れた個体は光に触れれば突如、胴から勢いよく燃え上がる。


「これ、水の代わりに血で成長するやつだと思っていい」


 焔、炎々と噴く火炎は蒼い。涼やかを抜けた冴えた冷、蒼白として、薪を割る音を鳴らしながら崩れる。重さを持って、質量を持って。それが体温だと瞞すが如く。セヤのトーンは、怒りを示していないが不機嫌の低さを示している。こちらを一瞥した瞳は、どこか、暇つぶしの所在を探して彷徨わせる。視点を合わせた先の己に、多少の余興を感ぜたらしい。


「それで?」

「成長性は物理的っつーか、魔法には依存しない。結果植物が雑草みたいに成長する」


 それに理解は要さないらしい、共感も。仮にこの場で否定したとしても、滔々と淀みない。川の流れを止める者は誰もいない、それこそ天地を司る神か、彼自身が尽きるまでか。

 爽快には程遠い処理がまたも。視線をこちらに寄越したまま、手は遊びを尽くして、向こう側への群れへと薙ぐ。光を、閃を……スナップを変えて一点に固めた鏃を、掌で滑らせて擲つ。


「昼間から考えたが、高知能な伝導は子機だが、これはその末端。地下までに誘き寄せる、って限定的な戦略を取った以上操作性の危うさから、洗脳ではなく『思考撹乱』程度」


 爆音。

 セヤはその方向に目を向けない。爆ぜる、灰、炭、そうなるであろう異臭にも視線を狂わせることはない。枝が軋む音は当然、よくあることだからだ。セヤにとっては、そうなのだろう。焔光が、セヤの頭髪の先端を染める、淡い橙に、薄い蒼白に。瞳には移さず、映ればその時限りに、燻っては瞬く間に失せる。

 そしてセヤの言うことだが、相変わらず目線を合わせないご教授が、言うことは理である……と思う。白昼の立会人といい、元同業者といい、彼らの行動は一貫して強襲だが、テロには程遠い。合理的に、組織へのダメージを考えるなら、地下駐車場などではなく店内が望ましい。自分なら、そう策略する。


 ――ただ


 それが、この化け物の大本が「別の組織の一員の意識として」ならの話だ。脳機能の停止であるなら、この能力とやらは組織の壊滅を齎しうるが、今回の標的はセヤだ。彼は、「組織の一員」というよりは「組織の末端構成員の一人」にも見える。それでもあえて執拗に、自分たちを狙う……だとしたら、簡単だ。ここまでセヤと自分を狙う、であれば私怨の線は強い。次いで、彼は自分らのようなアンダーグラウンドを意図的に選び、そうして一般人には極力被害を加えない。


 ――素人


 なのだろう。殺しの技術、能力ではなく、精神そのものが。「その程度」の人間を使う覚悟は「やっと」ついただけの、何か。となると止むを得ずにこんな世界に入った人間にしては思い切りが悪すぎる。


 ――正当化


 この一言に尽きる。情報量は少ないが、大本のプレイングは良識を残して非情に徹していない。自分のような裏側の人間、セヤのような不条理の塊なら「攻撃する恐怖」はない。ならば一般人は?ならだ。

 「思考錯乱」と「洗脳」の度合いの異なりはあるとはいえ、大本の行動には未だ合理性を欠いているなら、精神に起因する。一般人だけは傷つけたくない、それが大きく働いているなら原理に他ならない。よく言えば信念、悪く言えば――いや、その真理は「エゴ」なのだろうが。

 爆発を起こした直後、ふと思い立ったか、セヤが懐からシガレットケースを取り出す。中毒者よろしく、一本取り出しては、立ち上る火の粉に触れて一本ともす。もう軍は崩れ去りつつある。一体二体、まだ脳が停まっていないか、こちらに這うが勢いもない。眼球の水分をも吸い尽くされたか、盲目にいくつかは定まらない方向で這い徘徊る。残りは白いフィルターすら写さない細い火ばかりか。やっと鼻孔に入った錆びた臭いは、元々のものだろう。


「つまり操縦性は低い、使われる魔力も低量、おまけに操られていることにも気付かない」


 灯した火に、そして紫煙を吐く。焦燥というものは何もないのだろう。生き残された個体から一つ、何か音か声が聞こえた。それも、不明瞭のまま、明解を必要としないまま、耳に届いたはずのセヤは確認すらもしない。

 つまり、彼はそれゆえに大本に狙われていた。彼は善悪はない、ただ好奇心のみを幸福としている。紫煙。紫煙とは、煙を喫した際、何らかの錯視であわく紫に見えるらしい。


「こいつらは何だ?」

「……お人形マシン?」


 しかし吐くそれは白い、紫ではない。俗世の言の葉に依存しない……と、見るな

 らまるで隔絶されている、と喩えても良いだろう。自分人間セヤ何かは、大元とセヤも、然りだ。


火薬庫マガジン


 その笑みは理解し難い、その悠然は形容し難い。彼が今も人の皮を突き破らずに人らしく笑うことさえ。

 力なく笑いながら、セヤは吸殻を軽く投げる。その所作――爆音の予兆に、そっと耳を塞いだ。

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