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【前置き】すみません風邪ひいてるので前回ごと返信遅くなります
曰く、瀬谷から聞かされた白昼の顛末は簡素だった。
ダメージレポートはほぼ全員が無傷、同乗していた女性社員も当該敵と交戦したが無事帰還。ただし柘榴は軽傷につき、夕方からの業務は念のため差し控えて休止。一定領域内に潜伏していた敵については、接触個体の殲滅と一部の撤退を確認。殲滅対象については残骸が残っていなかったにせよ、重ねての追撃は行われないことで現在は警戒信号はない。
唯一の懸念材料は、建物についてらしいがこれも問題はないらしい。戦った跡として駐車場の陥没が目立つものの、部長、とやらの男が故意ではなく過失として収めたらしい。
隠蔽、というよりも「あるべき普通の社会としての状態」を優先したのだろう。どこからともなく、『親密な関係』とやらの話を持ち出しつつ、責任者に対して最小限の話に収集をつけたと言う。土地開発に際し、ほぼ無謀にも近い建設計画、一部団体との贈賄行為……ともかく、円滑らしい。本来社会の場に出ない人間として、今回の話は失態以外の何物でもない。
とは言っても、それが部長が元から所属していた
「首都と需要が釣り合えば怒られはしないらしい、俺が被害になる、そういう事実からいくらでも金は出てくるってよ」
そういった規模の問題ではないが、それが扱われる事実らしい。
それが人が定めた現実、あるいはそれを事実という。瀬谷鶴亀という頭髪が奇特な男性は、地下駐車場にて崩落事故を目の当たりにする。同伴した一般人には以上はないものの、来店客の自家用車の数台は全壊。奇跡的に死人は出ておらず寛容な被害者達により、交渉は示談金で成立。
試しに瀬谷が席を立つ間、リビングのテレビモニタを弄り回せば、それは反政治活動ゆえの事故として数局ほど報道されていた。反政治、といっても昔の話らしい。あのデパートの前身は新興宗教と関わりが深く、幹部の一人が犯罪行為を働いて解体された跡地を使った。
そして未だ残されていた残党による行為、と、報道された内容には違いはない。デパート自体は前々から業界内でも劣悪の環境と噂されたものの、それとこれとは別であり同情の声も少なくない。
「出ないね」
出かける直前の部屋は暗い。照明も消して、差し込む夕日ですらカーテンが閉め切る。紗幕、そこから薄く差し込んでくる橙は光になりきらずに、ただ一線のみ走る。それよりも強い光の青白さ、テレビジョンの画面は強い。つよく、辺りを仄暗く照らす。白っぽさに自分の肌を染めるそれを、人は事実というらしい。夕闇の雲の二度とない千切れよりも、ずっと。
ただただ、悲しい事件だったと伝えられる音声は、紛れもなく神経に正常に届く。そのシナプスも、知覚も、一般人ゆえであり記憶は夢かもしれないと教える。あの記憶は、お前ひとりだけみる何かと。
「部長の仕事だからなあ」
あっけらかんと、そうセヤは言うように。そうやって、事実はつくられているらしい。
事実とは、見破られることのない嘘である。だがそれを言ったところで、信じるわけはないのだろう。淡い夕日は、カーテンを開けばその景色を曝し、烏がそうあれよと鳴く。それよりも、信じられる確証はないのだ。自分の考えというものは、自分の見たもの、だけのそれは。
「まあ実際そう大したことなかっただろ」
伝えることもままならない薄弱さをもった、意思には。
■
紆余曲折、柘榴は件の戦いにより協力することはないらしい。寝たきり、とのこと。交戦に疲弊してそのまま主を置いて眠りこける、ということは毎度のことでその度に他の人員を補充させるのも珍しくない。そして昼の言葉通り、あの女性社員は所用でいないことから、急遽この自分だ。敵対者が共通。それ故、それだけで、半ば無理やりセヤに自動二輪者に乗せられた。それにもセヤは警戒しない。背中は開いたまま、振り向こうとせずにハンドルを握る。後方、不意に腰に下げたナイフを手にしても、捕まっていろと咎めるのみで敵意を向けない。
興味。セヤとは子供だ、大切なものを何一つ知らない、知らないからこそ、ただ一つの欲望にのみ向かう男……誰かはそう言った。誰か、とは未だに覚束ないが、それはどうしてか覚えている。その通りだ、この一般人は、今しがた――それが何かは思い出せないが――自分は何かおぞましいものに巻き込まれたと言っても無駄だろう。そう言われても、彼はそうか、としか言わない。きっと。
無言だ。
走行車のドップラーよりも、照明よりも静かだ。会話を交わさず、厚手の上着に手を回せば、セヤの肺は蠢くことを知る。その蠢きは、音だ。互いの何よりも音を立てて生きる様子を、手の腹に触れる。
差し掛かり、繁華から質朴、街から山林地帯へ。ぎらついたネオンから人気のない公道からは、照明の代わりに落葉のみが感触に忙しない。もう春の花は死んだ、夏は緑と教えても、セヤは答えずにアクセルを握りしめ続けた。
――ここか
廃工場、丁度整備されていた山林の公道の奥に位置するそれが前方奥に見える。見えるは拙いあばらと屋根のみを移す影のみ。そう滅多に使われないか、分岐された道を辿ればタイヤに砂利が強く絡む。ざり、と、僅かに機体ごと体が小さく跳ねる頃には暮れていた。宵の闇。夏とは感ぜにくい、少しばかりの冷風がヘルメットを潜り抜けて、首を撫ぜる。
「……認識阻害」
「え?」
漸くセヤは口を開くが、風船を割った衝撃と似る。それくらい、声を聞くのは久しい時間と、それにそぐわないきょりだったらしい。
「航空図でもこの場所は確認したけど、廃墟とはいえここに来る奴はいても辿り着けた奴はいないらしい」
「つまり」
「漫画で結界あるだろ?それが人間の視覚に作用するっつーか」
魔法は分からないが、言わんとしていることは理解できる。セヤから一方的に連れ出されはしたものの、彼は彼なりの判断はあった。ニンシキソガイ、認識阻害。状況を把握できない魔法……位置情報が過多とさえ思える現代での綻びを見つけたが故か。感知されるはずの情報量を以てしても、実際に接触するものは少ない。
足、減速して停止した場所にセヤは足を付ける。目の前にある建築物は、未だ工場として認識できる。恐らくは数百メートル先にあるが……彼が妙な場所で足を止めたなら、ここが限界だろう。この先は多分、踏み込もうにも踏み込めない。
「魔法の話なら、俺ここで待つ?」
「いいや、お前も手伝えることはある」
「魔法使いなのに? なんでも出来るでしょ」
「科学者が科学のすべてを知る訳がない、それと同じだ。俺達は法という人為を使って魔力を利用しているに過ぎない、真理ではない」
それは、また難解な言葉だ。
いつものことだが、たまに方向性がズレるか、自分の尺度で語る。語りたがる、のではなく、そう語ることを当たり前としているのだ。まるで、ではなく、おそらく本当にだ、本当にセヤは当たり前として語っている。ヘルメットを被ったままは、よく籠る。その難儀さも気にせず、我が侭に。
自己主張が激しい、と言うべきか。唇の動きすら、どこか分かってしまうほどに。緩慢に、されどそれよりすぐには急速に滔々に。そう聞かせるために語り紡ぐのだと、言わんばかりにだ。
「簡単であってたまるか」
今も例外じゃなく、きっと、語りつくしたいと抱きながら。
「科学もそう、たかだか数億年生きただけで生命云々を解明するだなんてつまらない。
俺達も然りで、誰でも答えがあるわけじゃないし……って言うか、答えがあるなら今みたいに分かれてもない。
ここでの魔法の扱いは科学的思考で成分反応とやらだが、異世界では未だに創造者の産物、とだけ扱って、それぞれそれが真実だって疑わない奴はいる。
この国も……百年ほど前は仏教だか神道だか、偶然魔力に適合した奴はそれを『仏からの賜り』とかなんとか言っていたらしい。答えは誰にも分からんし、俺はそれでいいと思う」
「なるほど」
「……いや、ちょっと待て」
「いいよ」
「いや待て、喉に突っかかってる」
「いいって」
……なあ聞いてる?」
「まあまあ」
「で、スイレイについての言及は今は黒澤っつー協会の奴が文献保管してる。ただ編纂者が黒魔術学者だからえらく焚かれてたし複製なしの一点物で」
「そういう話だった?」
軌道修正するも、セヤは小首をすこし傾げただけだ。ヘルメットを被ったまま。この男は息苦しさもなにも関係なしに、今もなお喋り倒そうとしていたらしい。目が、暗幕の中からもその瞳の色はよく分かる。金色。それが自分を屈託ない物として見つめている。穢れはない、一点も。陰りも。
「魔法が心理とか」
「……あー、科学でさえもあれだし、魔法に真実はないんだな」
セヤは、大人の男だ。26歳、煙草も酒も少々嗜んでは、この世界に生きている。この世界……記憶がなくても、「荒れている」と、馴染み深く彷彿させる空間で生きている。そうして安全な寝食を送るためにも、生きている。誰かを犠牲にする、それをまじまじと認識していながら。
セヤは、金は、錆びない。その錆びを、穢れを知らないまま一点のみに生き続ける。いや、知らないのは過言か。彼は人間だ、だから知覚をもって他を知ることは出来る。
――俺は
自分は恐らく、生を受けて人を傷つけた、物を奪った、殺した。そしてセヤはその自分を迎合している限りは、ある程度は、だ。彼は人間として、汚れている何かをしらないわけはない。
「俺もお前も、人間は何かを尺度にして生きてるし、今更変えようだとかどうしようもない」
だが、淀みはない。
彼は自分を諭さない、咎めない、責めない。ただ覆面も同然の姿からには、言葉は切れないことは分かる。どうにも、彼は止まらないのだろう。やや話題がずれていたとしても、言いたいだけ。
だからセヤは……よく分からないが、魔法使いの中では天才なのだろう。あるいは鬼才とも、変態ともいう。魔法使いのような、わけの分からないことをしてくれる。死んだはずの人間を生き返らせたのなら、猶更だ。
「その尺度とは俺達がずっと信じているもの、って話なら神みたいなものだ、変えられるわけがないだろ?」
それ故か、言動には感情の昇降は乱れない。ありのまま考えたことを言う。着地点はどこか、人にそれを問われても止まらない。
中途、ヘルメッドのガラス部分が曇る。それには苛立って舌打ちするなり、漸く脱ぎ取られた。赤い髪が、外灯のない小道でもよく分かる。赤、それは夜闇の中では炎のごとくか、血のごとくか、朝陽のごとくか、いずれかに成り得る。
「どの道人間は傲慢だ。簡単に真実だの何だの辿り着けねえし、それだけ、何でもは出来ねえ」
どの道……孤独の象徴としてだが、セヤらしい。
直感だが、確実にだ。迂遠なのは、セヤ本人が考えなしに言うことだから。人間は真実に到達しにくいから、魔法使いも苦労する、だから戦え。そう言えばいいものの、彼はいらない話まで使うのだ。
それは何故か。
「
単純だ。彼は彼自身しか見ていない。今もこれからもずっと、良くも悪くもそれだけで生きている。金は錆びない、それ故他に錆びたものを厭わない生来の余裕から。意図せずとも、彼は自分のペースでしか物事を見れない。究極に、この世の穢れの中で綺麗な何かを掬い取る。その熱だけで生きている。
途端、衝撃が走る。それは前方、セヤがアクセルを再度握ってすぐ手前、何もない場所での衝突。確かな物質との接触。壁、ともいえる何かを前輪は押し込んでいく。機体の崩落の前に自分の肢体が揺れるが、セヤにしがみついた。硬い、体の芯には一切ブレはない。それこそが体現だ。
――神様、ね
普通だった頃にも、そういったものはないが、多少自分にもあるのだろう。アイデンティティというものが。それのおかげで生きているとするなら、だ。今の空っぽの自分には。
――いや
あるのかもしれない、曖昧模糊としているが……心臓の早鐘が上がっているとしたら、信じるほかはない。何かを求めている、何かを。セヤに類した何かを。はた迷惑ではあるが、その不乱さは美徳でもあるか。少なくとも、今の自分にはそれに確かに頼みの綱として掴んでいる。
「
だが、悪徳だ。
その信念は必ず武器に、凶器に成り得る。彼の無情が誰かの情をそそらないのならだ。
暴力のみが力に勝っていく。金は、錆びることを知らないのだ。自分が泥に黒く染まっても、まだ綺麗だと思い続けるのだ。
亀裂は、細砕の音と化す。
なにもかもと――弱弱しく示しながら、けたたましく。
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