【■■■■■■■/Re:I am】
【前書き】
死ぬほど頑張ったので死ぬほど疲れているのでコメント返信待ってください
Yパートやっと終わったので次のメインパートあと二つです。長かった、長すぎる
「この二日に進展は?」
「パックンは片付けたよ、それで、僕は怪我してお風呂に連れて行かれた」
「そういえばイルディアドは露天風呂か……昨年の熱海覚えている?」
「うん」
「露天風呂に入った時、鶴が丁度真下にあった廃墟に気配がする、だとかで裸一貫のまま下山して」
「裸で」
「字通りだ、それで夕食までに――」
出会ってからこの調子だ。
この調子、浮世離れさせた壮観の最中においても、彼は絶やさず部下の話をしていた。職務、自分が直前まで携わっていたヨウに触れたのは、やっとのことか。口が
平素笑顔で底を見せないが、松山と比べて機微は鮮明に分かる。特に、喜楽に近い場合か。現実でも、機嫌を損ねる事案は起こっても愁眉に顔が歪むことはほとんどない。あるとすれば、一度か。
傾聴。部長の話に耳を傾けて、適度に相槌を打つ。それ以外には、やることはあまりない。
周囲、倒れ込んだ時と変わらずか。高原には青い薔薇のみが敷き詰められては、どこからか花弁が四散する。それだけ、奇跡の花のみが無数に埋め尽くされては、月白の下に晒す。幻の花がここにあると言わんばかりに、花影を軽い黒として、湿った感触を齎す。
幻の物だが、人為とは言い難く爛漫。用意されたテーブルと椅子に向かうまで、敷き詰められたそれを踏めどだ。振り返れば手折れて出来たはずの軌跡は消えて、新しく咲く。幻想は、それを望みか。それ以外には何もない。日の光を吸い込んで、仄かに明るく見える黒い夜天、下は草木のいろすら分からない原。そうして、ちょっとばかし置かれた白塗りの円型テーブルのみだ。鑑賞をするにも、同じ景色が
「……迷惑かけちゃった、佐藤君にも、ヨウにも」
妖凄……だが、飽いてさえもいる。
しかしそれが部長の狙いでもあるのだろう。自分以外の物に目移りせずに、会話のみを一辺倒に注ぎ込む為に。この世界もまた、尋常なるものの他ないと言わしめるべく。
「迷惑?」
「……仕事が出来なくて、助けられて、お金を払ってまで、僕をここに置いてくれて」
何で
その中で自分は生きてしまっているのか。
どの世界も、彼にとってはつまらないものであるなら、何故まだ生きているか……何とも、哲学的なようで馬鹿げた問いではある。もう少し、まともな生き方をしていたなら、その自問に答えられるか。
――自問
……自問ですらも危うい、部長が答えよと言ったら、それに答えられる想像がつかない。ただ、同業者よりは恵まれている。同業者よりは、名前を呼ばれ、使い捨てられるより生かされる方にシフトされている。物にしては、丁重に扱われている。
――だけど
その行為を、反故にしたのは言うまでもない。惨めな形でだ、パックンもそう、ツヤコもそう、それらは個人の意思と譲歩による。自分の実力が介在する余地さえもなく、失態だけを重ねた。
目線を下に遣れば、腕はどうしてか傷が治っている。歪み一つもない、幼体に似つかわしい傷のなさが、胸を締める。痛く、何も詰まっていない、空っぽには酷くいたい。それさえも失えば、何を刻まれているかも判らない。
差し出されていた紅茶は、赤い。薔薇よりもゆったり燃えた色として、月よりも踊る情熱を模して。赤い、水面に浮かぶ自分の瞳をも取り込んで。そうしてきっと、自分の血よりも、鮮やかなるもの。
目を伏せて、また逸らす。喉の乾き、咽頭の枯渇さえ再現されるが、耐える。唾を飲み込んで、わずかに潤すだけにして。紅茶が目の前にあるにせよ、失敗した何かには飲む機能を持つとは思えない。自戒、というべきか。
部長の淹れた紅茶は、美味しい。香りも、高貴さが鼻につかずに、そのまま芯に沁みる。喉に通った時の深い渋みと、鼻から抜ける爽やかさ。一つ、焼いた小麦で小腹を満たしたインターバルに適した妙だ。部長自身も自分が手掛ける物には何かと拘泥する執癖があるのだから、夢中では尚更か。きっと、この紅茶も良く淹れたものに違いない。
――駄目だ
だが、それを飲むのは何かではない。失敗した木偶ではない、何かをも成し得ない人間を欠如させた物ではない。紅茶は、人間が飲むために作られて、そうして出される。
では自分はどうか。
「物に、椅子もいらないよね」
明解だ、宣告だ。
物に紅茶を差し出しても、物はそれを喫することは能わない。彼はただ「飲めない何か」の「目の前に紅茶を置いた」だけにすぎないのだ。部長は好事家でもあるからその所作も然り。そういった意図なら椅子も何もかも、隠喩だ。何をする、という権利はないが、何かをされる、という義務は機能している。生きている限りは。
遅く、後悔する。何故そんな分かりきったことを、今更この男に言ってしまうのだろうか。自分本意の気まぐれでしか、こんな物を動かそうとしない。酔狂の中で生かされていることはとっくに分かっている。この声は、単なる要望ではない。声ですらない、この綺麗な世界には不必要な、雑音でしかないか。
酔狂。ちょうど、弟が自分をそうさせたことと同じ。夢に引き込んで奔放に振る舞うとも然り、既に児戯の掌中にあるのは言うまでもない。部長の手筈は整っている。その上で自分を遊んでは、飽きたら胸にでも裂いて捨てんとする。要因は重ねた、人の期待に応えられず、人の希望に答えられず、人の願望に堪えられていない。捨てられる理由は、用意してしまった。
――もう
やっと、終わってしまう。弟が用意した舞台でも満足に自分は動けず……ただ、それに不満さえ抱いている。
不満?……不満だ、不足している、満たされていない。そのただ一つの自我を持つことすら、疎ましい。呼び覚ましかねない煽情にも、一々応えてしまう煩わしさもだ。
「なるほど、クッションか」
スナップ。
指を鳴らして、あたりを響かせる。ゆわんと、漂い続ける花びらを僅かに揺らしながら、耳介に。小気味いい音が、椅子に、背もたれを失わせる。しかし、変化、感触が急に柔い。座高そのまま、ただ硬い木材から弾力を、少し臀部が沈むだけに終わった。
下部、腰掛けに目を遣れば椅子の機能的な物よりかは、布に綿を詰めた物。言った通り、クッションの発現ということか。不意に、指で側面に触れれば突き出た細長い部位を探り当てる。逆を触れば似た物が手に伝う。耳、であって、これ即ち兎を模したもの、か。
「……飲んでって、命令しているの?」
「命令も、良いかも知れないな。それならポットには多く、長く話すためにも飛び切り熱い湯を淹れたい」
長い指が翻り、ティーカップを指す。飲めと、暗に示されているのはよく分かる。それが命令ならば、致し方ないのだが、今のは命令……ということにしよう。
ひとたび、口にする。白い陶器に淹れられた真朱、際立った色彩だが、口当たりは好い。何度も口にしていた変わらないものだ。
――甘い
砂糖も、創造の際に入れられていたらしい。部長が気紛れで淹れる際の味は、人に手を煩わせたくなくて無糖だ。キャスターシュガー、紅茶一杯分に市販のスティックシュガーを一人の時にだけ入れている。その特有の、強い甘みが口に広がった。
文字通り、何でも知っているらしい。それでも何故か嫌味には見えず、茶を一口含ませて、ソーサーに戻しかけた。
「……社員の代わりはいくらでもいるが、その時が来るまでは君達の居場所は守る」
社員。
その類義語は、道具だろうか。人を惑わせる甘言と狂わせる呪詛を唱えた口で、道具以外を示す言葉はあるか。嚥下、まだ温度を持つ茶の一滴一滴が、喉の粘膜を潤していく。疑念を晴らさないままでも、威圧からの渇きを失わせていく。
「それが私の仕事だ……職務のためだが、君は何がしたい?」
じゃあ
殺して、くれないだろうか。
殺してほしい。この中でもいい、惨たらしくても、苦しくても、息の根を止めてくれないだろうか。かけられる言葉が、感情がわからなくなるくらい、鼓膜と目を破ってくれないか。いくら詰ってもいい、いくらでも優しく握ってくれた手を潰しても構わない。貴方が物として意味を齎すなら、捨てることにも誰が咎めようか。
――違う
違う、か。それが自分の望みのすべてじゃない。殺されたくない、その意思が欲しいから殺されたいと言う。甘えだ。それだけが、すべてじゃない。殺されたくない、まだ、だ。
――幸せに
しあわせになりたい。
しあわせになりたい。
もうらくになりたい。
むかしをわすれたい。
むかしを
だいじょうぶですよごしゅじんさまどうぞこのからだをおすきにつかってくださいいれてもぶってもつかんでもだいじょうぶですぼくはそれにちゃんとないてこたえますからごしゅじんさまにいさまにいさまのすきにつかってくれればぼくはしあわせですからどうかおのぞみのままにににいさまにしてあげたいことをいっぱいなさってくださいぼくはにいさまみたいにがんばりますのでええとうさまのようにもなんにでもだからどうかぼくをつかんでののしって
にいさんにいさんがこわがることはなにひとつないからねみんなからあいされてやさしいにいさんのいばしょはぼくがみまもってあげるしまもってあげるからあやまらないでにいさんにいさんはぼくをみなくてもだいじょうぶだからねしあわせだからねにいさんごしゅじんさまにはいいこにしてふるまってねにいさんにいさんはあたまがよくてりこうだからわかるよね
にいさん にいさんはいいこだから にいさん ちゃんといいこにならないと ぼくはいいにいさんのおとうとだから ぼくの隣に貴方がいなければならない。「それは貴方も分かっている。「出来損ないの上に貴方がいるのだから、私はそれを祝福する立場にあるから。「貴方はそれに立ち続けてさえいれば、「笑ってほしいな、兄さんは笑顔が素敵だって皆言っているから「俺、は良いでしょう? 何故俺に求めるんです?「ただ松山映士も貴方が好んでいた「だとしたら私もそうしよう「俺も兄さんが好きだから、これほど合理はない「嬉しいよ、兄さん
にいさん
にいさん
……
しあわせに、なりたかった。
それだけだが、幸せが何かは分からない。
すべてがみすぼらしくて、貧しい暮らしをしているわけではなかった。シチューもカレーも、紅茶も、暖かい方が美味しくてその味もよく知っている。冬場の布団は、暖かくて時々出る気になれない。半生、暖かい寝食にも在りつけた人生で、ほんの少し傷が大きく目立つだけだ。取り立てて、不幸なこともない。不幸な人間から見たら、贅沢だと声高に怒り狂われそうな、そんな生活を送っていた、保証されていた。
何一つその普通に、自分は不平を零すこともなかった。安寧、その一言だ。穏やかな日々で、生涯が満たされている。
――ただ
その穏やかさが……白熱灯の冷ややかな光と知った時、だ。それが蝋燭の小さな灯りとはたがう合理、その白い光の中に自分がずっといた。それを幸せと、言うべきだろうか。
幸せか、今は盲目に頷きかねる。それは「おかしい」のだと自分は分かっている。分かっているから「幸せになりたい」だのと、月並みで仕様もない感情だけを抱いている。
――だけど
そんなことを今更言っても仕方ないのだ。幸せが何も分からない、あれ以上か、あれ以外の何かを得る術もない。何故か、聞くまでもない嫌でも体が答えている。それを自分が幸せだと思い続けていたからだ。その人間に、物に、もう一度平穏なものをだなんて。
『ヒヨくん』
上唇を噛む。
何か、言わんとしたことを塞ぐ為にだ。言いかけたことをそのまま、くちびるに離さないように。呼吸も、口でしてしまえば、漏れて出てしまいそうになる。
たった二文字の言葉を、留めるために。我儘だ。身勝手だ。醜い話だ。言うなと、噛む牙は唇を痛ませる。じわり、そのまま噛んでしまいかねない痛みと強さをあわせて。脳裡に浮かぶ
――それが
それが――自分の夢だとしても、部長が叶えられるものだとしても――いや、違うか。恐れて、いるかもしれない。自分は。
「これから、君は夢を見る」
柔い。柔和な声が、水を得たはずの体に沁み渡って往く。夢の中で、夢を見る、そう不可解な言葉を言われてもだ。
願い。その願いは、自分にとっては届かないものだ。だからそれを夢と言う、願望と言う。実現することによって、些細になって、脆くて崩れやすい事実になってしまうのが、とても。
ああなりたい、そう羨みながらでいい。今ある現実を甘受できるのだから、それでいい。現実に過ぎた幸せは、夢でしかない。
部長は、大人だ。残酷な生物として、万物すべてを糧としている。幸せなんて甘い物は、それこと仕事の材料であると忘れてはならない。慈善じゃない、ビジネスの為にしている。この夢のように、彼は現実を意のままにしようとする。人の願う神秘を無闇に与えて、陳腐だと白日のもとに晒す。部長は、そんな男だ。
「現実と似た、とても幸せな夢だ……何をしろ、とはないが、君がどうしたいかは叶えてくれる」
「夢なんかないよ、物には」
部長の見せる何かは、探るまでもない。この声色には嘘はつかないが、真実とも言い難い。
――ただ
彼は、弟を肯定し続ける立場にある。
だとしたら、願いの成就は弟の行動に支障のない程度でしかない。即ち、彼は自分に対して弟としての敬意を欠くことも、解くことはないのだ。そしてその関係性に部長は介入しない。弟のその習性と性を受け入れているが故、弟の理念を尊重するプレーに励む。
「そうだな……じゃあ、幸せな現実かもしれないか」
ただ不自然に優しいその口調は、笑みもまた、本人そのものか。
だが――この世界は部長の物ではある。そう言い聞かせる素振りをするにせよ、裁量はすべて彼に委ねられれいる。何を言おうが、何をごねようがだ。身を、任せることしかないだろう。
ふと、部長と目を合わせて、双眸を覗こうとする。こころなしか、ほんの少しの余暇が出来ている。だとしたらせめて上司に向けては顔を下に向くよりかは、合わせるがいいだろう。
――あれ
違和感が。
部長の瞳、複雑錯綜とする網膜の中に、青年が映る。鏡面、その歪みはあれど顔立ちは整ったままで崩れない。色素は銀の……短い髪だ。加えて、虹彩もどこか違う。青紫、か、何かを。部長の瞳が真青であるなら、赤である自分はもう少し、赤みを帯びるなら、逆算して紫の瞳か。
――顔
顔立ちも違う、幾分か幼く部長の背丈が高く……いや、自分が縮んでいるか。それほど「何か」は自分と比べて幼い。
目を見開いて、黙って問いかければ瞳の奥のなにかも応える。鏡として。口に出さなかったが、その声はきっと、人口のものよりもずっと高い、そして他人の声か。ずっと高い、少年のような少年の声を。
「すまないな」
彼は間違いなく、自分を用いて誰かを投影している。
変わらず、部長は笑いかけたままだ。すまない、だのと謝罪を口にするにしては、軽い調子で。例えるならば、子供相手にか。説明の付かないものに対して、言っても分からないからと黙って抱きしめる親。それに伴う温もりさえ似ている。
急に、瞼が重く。
用済み、その意は捉えたが、意識ある内にまだ聴覚は醒めていた。すまない、その声にはいつもの傲岸さを見せない。優しくて、柔らかい。現実に聞いた声のものよりか。だとしたら彼は、今目の前にいる男は「部長」ではない、「エス」でも「三輪春彦」でもない、誰か。
――ああ
だが口に、出さなかったのは良かったかもしれない。
その声はきっと、人口のものよりもずっと高い、そして他人の声か。彼は間違いなく、自分を用いて誰かを投影する。
部長は、何も捨てることが出来ないからだ。こんな自分さえも、己さえも。清算出来ずに、何かにしがみつく。自分はその手駒の一つにしか過ぎない。
「大丈夫だ、私がいる」
だが……仮に、違うとするならだ。
自分は手駒でも物でもなく、彼は人として見続けていたなら。冷徹のみを突き通そうとしていた、と言う挟持のみで生きていたとしたら。何の為に、どうしてかは、彼のみぞ知ることか。
他人から、触れされない故に彼は振る舞い続ける……だとしたら、明白か。何かの為には、弟が必要なのだ。心酔とも言えるあの男は、なんだって捨てながら叶えていく。かつて肉親にもそうしたと同じ、彼は躊躇いもなくやれる。
――だけど
つまりは、逆だ。部長は何も捨てることが出来ないから、弟に縋った。
何も捨てられないから、諦めることが出来ないのだ。だから腐る程に人間の欲望を知る。夢が絶えた際の絶望を知る。それが堕落した様をも、だからここにいる。
夢を与えても見たことは、一度たりともなかったのだろう。誰かに見せるために、ここを作った、それだけしか、ここの意義は。
「君が憎んでも、恨んでも、幸福を祈ろう……夜は見飽きただろう」
誰に、言っているんだ。その言葉を、自分と、誰に、その瞳の中に、捉え続けている何かか。
今更か、彼の顔が、最初からよく見えていない。真正面に見ている、金髪碧眼で、微笑みを絶やさなかったことも。
――違う
違う、のだ。声色は、微笑みと一致してない。はじめて、聞いたかも知れない。彼が喜び以外の感情を声に出したのは。こんなにも、優しくて深くて、どうにもならない調子で語りかける姿は。
ならこの顔も……幻だろうか、素顔を隠すために。
「どうか、良い夢を」
奇跡で出来た男は答えない。いや、この夢中にすらいないのかもしれない。
ただ溢れ返った奇跡が、幸せな夢を見ることが――あるはずもないのだ。
【境界に立つモノ/Re:I am】了
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