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【前書き】

無名編はここで終わりです、コメント返信は心身がしんどくない時にお返ししたいです、ごめんなさい、今はねむくてしんどい








 死地。

 『己』の人生を一言で表すのであればその二文字と、剣の老師はそう言っていた。彼言うならく、君みたくあまりにも真直に生きた人間はそうなる。言うならく、君みたいな子は可愛いほどに素直だが心配になると。故に、エスから放っておかれないのも無理はないらしい。生きる為に息をする、目の前の仇を掃く。ただそれだけのロジカルで生きる者は、同時に死ぬ為に生きるという。

 あまり、抽象的で深く理解するには及ばないが、それ故太刀筋はいやに分かり易くなるらしい。特に際会、手管の合間に、必ずと言っていいほど殺意が部位を殺さんと指すとのこと。そうして、老師は毎度の剣戟には『松山映士』を御して終えてしまう。

 刀、仮染に綯われた造物でさえも、握ると不意に老師の顔が浮かぶ。定期的に、多くて月に2回ほど武術の会得の拠り所としているが、未だ勝機は掴めていない。「鬼影」という二つ名が界隈に伝播される男たる所以か。

 殺せる勝機すら見えど、未来を絶たれる。珍妙だが、師と手合えば幾度となくその感触に遭う。ついで、腰部の鈍痛と冷えた床。そう這わせながら彼は自分に言うのだ『また君は殺そうとした』と。


――五秒


 間隙。数秒のいとまを見つけては、縫うようにして過去が廻る。廻る。本人の意志とは不義理に、しかし人格に忠実に。走馬灯、フラッシュバックの関連ではない、余裕とも取れる反応。今は師と人間と相対したものと似ない。極めて冷静に、冷静に、物質を物質として捉えている。

 先程の尸への追突、あの直線的な攻であるなら師は避けていただろう。そうして、尸が彼だとしたら自分は振りかぶるのではなく、回旋へと切り替える。師の腕は凶事から避けようと腕で樋を弾き飛ばし、『松山映士』の腕を捕らえ……きりのない連挙が続く。終わりがない、人間の戦いは。どうやって壊すかではなくどうやって終わらせるか、それがこれらの戦いと次元を違える。


 珍しく、自分の意志よりも先に屍の半身を中まで這うた剣を抜く。垂直に。微動だにしない物から、血は変色して黒くあふれる。赤すらも見えず、誰も愛されない薔薇の花弁の色素のみ。頭部、顔は、苦悶を表さない。ただ怪訝のみか、歩けない足元ばかりを見てそのまま止まっている。


還ろLanze


 可変。柄尻を右手に、左手を刀の峰に添えるや否や、刀は槍へと体躯を変える。イドの特徴であり、暗号だ。刀剣槍棒等の数種は持ち方から変幻をさせるように、互いに共有をしあっている。

 刺突、無傷だった片目から再度刃先を刳り込ませて間合いを詰める。人間の呼吸、無音。手からは眼球の水っぽさの破裂のみか。深く、深く斜上に刺せど脳の軟さは感ぜない。妙に硬く、そして能動に太く動く。針金虫、その名の寄生虫を彷彿とされる。


「本当の北条銀に、北条一果は否定された」


 故に、これは暇潰しだ。会話を続けることも能い、草陰から愚物が湧き上がれども造作もない。


「彼の全身から推測するに、数十年に及ぶ性的虐待、調教、監禁は確実に。裂孔は少なくとも最近の年なら九度ほど、折檻ですかね」


 脳機能の停止だけでなく、運動さえも蔦を着れば喪うと判る。刀。頬骨を斬砕いては下方に切り落とし口腔に引き抜く。大鎌。背に柄を、刃を半月になぞらせて変える。柄の方向から円心で下方に振翳、自侭に物の両足を裂いた。

 尸は誤らず、死は悔いを知らず、故に正しさには歩まず。故に屍は生に歩まぬ。そのモノの動きは手に取るようにと言っても過言ではない。


「壊死の治療痕は少ないが、これは北条了花の治療、創傷は彼女によって60%前後の消失」


 良いや、過言とも言えない。過小。退屈な情報が、視覚を圧迫している。単純な動きをする物は、煩雑な情報を生む。もう死んでしまうと、高らかに人間らしく宣うか。

 目を封じさせていたのはその為ではあった。兎角、自らの五感は鋭敏に探知するように天に与えられて地に刷り込まれた。手に取るように分かるのではなく、息をするように分かってしまう。風が、息吹が、流動が、遍く美すらも計測によって情報化される。

 洞察と観察の極北、自分はそれに位置しているのだから視覚は致命にもなる。何でも見えるのだから、何でも煩わしくなってしまう。


「今ある傷では、推測の数とは一致しない。着衣部分から、体外的な皮膚の傷がほとんど癒えていた」


 単純だが、鬱陶しい物は致し方ない。目を瞑り周囲を四感のみに捉える。容易。実に容易に、視覚は鼓膜と鼻孔を振るわせた。

 襲いかかる一体は、香りに反応しただろう。自分の方に向かうが、軌道がやや仲間の方にズレている。知能指数暫定。視界はあれど判然は出来ていないだろう。


「彼女本来の庇護的欲求は社会常識的には極めて正常に、しかし協会良識的に異端であることを確認」


 彼らは芳醇な小麦の黄金と、冴えた刀剣の白銀を知らぬが如く。故に愚かしく、直ぐに向かっていく。


「嘆かわしい話ですね」


 嘆かわしく、刀は思うように命中した。

 一体、二体と後方多方から詰め寄る気配を確認するが、これも複雑な物はない。ただ走って噛み付く程、至近ではなく中遠距離を保てば幾分か楽には出来るか。


「社会常識性を加味して、北条一果の妄執性を確認……ダメージレポートは割愛しますが、北条銀に対する北条一果の感情は絶望的なものであったと推測します」

『それだけじゃないだろう、何故北条一果は君を』


 途切れ。『ワン』は察したか、直ぐに何でもないとだけ応えた。『ワン』は、エスが認めた男であって頭の回転が非常に早い。すぐさま独りごちでクソだのと聞こえる。口は悪いが、それが如実に出ている分には、こちらと導いた事実と等しい。


「彼は貴方の近くにいるはずです」


 北条一果は、かなり初期段階の時点でイブから寄生を受けている。それにより自分と北条銀と容姿が違っても、彼は相応のリアクションが取れなかった。

 何故ならイブの占領下にあるから。イブは拷問の際に立ち会った『本当の北条銀』を『松山映士』と誤認し続けている。そうして、自分を『北条銀』と間違えたまま北条一果にコマンドを送りつけていた。

 『本当の北条銀』も『本当の松山映士』もイブは知らない。片方は忌み嫌う方であるのだから、興味の欠片すらもなかった。

 一果との情報共有が稚拙なのも、一果そのものを操っていたことによる完結性から生じた。そもそもこれも北条一果が、自らの意思を以て『自分が神であり異世界人である』ことを連絡していなかったこともある。人間的構造が違っていた一果は、イブの寄生に対するダメージが少ない。多少のロスはあったとはいえ、一果は完全に乗っ取られてはいないのだ。


 だとすると、半々だ。彼は無理矢理に寄生の指令によって統合されたか、未だに留まり続けているか……いや、ワンの苛立ちからして、桜子が関わっていることは確実か。イブが結界の連絡を断線されたとするなら、その間に一果からの関与も考えられる。


――まあ


 これはどの道銀の所望によって答えは決まっている。その軌道上にあるワンに裁量を任せても問題はない。嘆かわしくも、一果に対する手筈は即時の修正が可能なように考えている。


『何でこうなっちゃったかなあ』

「何で、とは」

『僕は君らのわんこなんだよ、その僕が機密情報を得ちゃうだなんてさ』


 柄にもないことを宣い始めた。彼の周囲の音声はある程度乱れていれど、先程よりは落ち着いている。インターバル。彼も彼でまだ仕留めるには早すぎると考えているらしい。

 今の間で手遊びと肩慣らしに……多少壊した。軽い運動は血流の促進と筋肉の解しに丁度いいが、冗長か。陰から様子を伺うイドの素顔は見えないが、こう言った時に彼も彼で退屈は感じるか。


情報とは灰の夢、即ち炎Yetzirah:Flamberg


 それを拭う打開とするなら、協力か。イブなりのこだわりに、刃には青炎を纏う。風に揺蕩わない。自ら我剣を震わせる振動の身を許す波。しかしその青は奥までも澄み渡る。澄み渡って、人に神秘を与え凡庸の赤い火花のみを捧げる。

 刀を撫で付けて波状の剣へと化した直後に、まだひっきりなしに来る敵へと薙ぐ。

 引火、そうして連続して奥の伏兵にまで走る。音を鳴らしながら、熱を爆ぜさせながら。物は凭れ混んで、どれもこれも大きく暴れた後は横たわって動こうとしない。


「……分かっているくせに」


 『ワン』は、もう分かっているだろうに、自虐には過ぎた言葉だ。彼も彼で機密に触れた物にして、者。機密とは、甘美なものではないと彼はイヤというほどに分かっている。それ故に、あちらにいる庭三桜子に執心を、関わろうとする仲介屋を焦がす。

 火柱を見上げる、闇となろうとする夜にはそぐわないくらいに輝かしい。かつて、兄もその姿をしていた。それを沈めたのは、時と人間だった。彼は死んだ。死なせたくなかったのだから、また彼を生かした。

 その熱は、虚しいの一言に尽きる。いつか消えてしまう、夢も野望も、人はそれを永遠と縋り付いては追おうとする。分からない。今目の前に壊そうとする人間がいることを厭わないまま。


『わんこは取ってこいと言われた物しか知らないね』

「そうですね、それが今の貴方らしい」

『……で、ご主人様にはご命令はないのかわん?』


 燃え盛る火。美しく辺りを照らして、そうして醜く灰に還る。生きとし生けるものは皆、醜の中に美を抱えている。人はそれを夢と言った、幻想と言った。そうして人は醜いまま朽ちていくことを良しとする。どうせ死ぬ命を抱えながら、花よりも砕けて散ってゆく。

 それに対して自分が人間として生きる以上、最適な人生を歩むことが善としていた。一時の『北条銀』であろうと『松山映士』であろうと、人間の夢は汚濁としている。ならば自分の夢だけを穿けばいいとさえ。炎は刃の鏡面に浮かぶものとして、無関心に。


『私は、違うな』


『仮に人は醜くても、持つ希望を称賛する』


『私も人を愛したいと夢を抱えた時点で、醜いものと変わらないな』


 ――しかし、果たして自分は「醜い人間ではない」と言えるだろうか。あの男の前で。炎を求めた闇に、青い朝焼けを教うる火になり得るか。こんな生の中で、真実を一つ照らして骸を無数に映すこの世界で。彼は希望を抱けるのだろうか。

 そう今しがた急に浮かんだ思い出を思い返す。癒えない傷の痛みが鈍る。回顧しているのだろう、自分は。人間らしく、人間にされている。


「喜んで、あと10分でそちらには」


 彼の夢を叶えたい。それを証明するにも、自分は人を何度だって手にかけるのだろう。この世界を照らしたところで、敗者という死者が浮き彫りになる。「腫瘍」を取り揃えたところで、彼らもいつか夢を抱くか夢を討つかで果てに停まる。

 彼はそれを嘆いても受け止めるなら、最後の火でありたい。


「では――生きましょうか」


 だから今は――彼らと共に灰を掻き出す生者であろう。生きろと、自分達がその夢だけ抱いてここにいる限りは。

 醜くても、傷を抱えても、炎が尽きるまで。

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