【ヨウ・イルディアド/Supernova】

 確か、君と出会ったのは北条家の裏山だったね。

 覚えている……と言うよりも、僕は知りたかったんだ。植物は正直に教えてくれるから、自然と何かを知りたい時には足を運んでいる。一番上の兄さんと喧嘩したり、絶縁の話を持ちかけられた時もだったな。僕は、少しボケているとは言われていたし、一人納屋に隠れてはヘデラに愚痴を零していた。ああ、僕にだって愚痴はあるとも。それを分け隔てなく聞いてくれたのは、君達に出会うまでは彼らでね。だからその時も自然と、裏山へと言ったんだ。秘書の子には内緒だよ?


 確か、最もらしい理由をつけて行った。とにかく、一服をしたかったんだ。タバコじゃなくてハイキングだね。腐葉土を踏みしめながら、干上がったひだまりのかけらや雨の香りを味わいながら森の中を進んでいく。一番最初のタクモクをつくるきっかけもハイキングだったんだ。

 親子共々導入に崖から崩れ落ちていたらしくて、親猫は間に合わなかった。けれど、残された子猫が足を引きずりながら授乳しようとしていたから……そこから始まったんだ。兄さんには怒られたよ、冒涜だとか、倫理性に欠けるとかすっごく。でもあの人すごく優しいんだ、あまり多く話さなかったから、年甲斐もなくすごく心配されてる。仲は、僕が悪くしてしまったからね、色んなことしちゃった。イルディアドが一般人として、普通の会社に入ったのも僕だけだったから、余計にかな。


 だから……人をこうやって助けたのは、君が最初で最後でありたい。


 北条家について話を戻そうか。

 あの時はあまり言わなかったけれど、北条家は神様が少し特殊でね。本来あの家は鬼とか山神様とか、ニホンのそういった神様を祀っていたんだ。君がここに従事する以上は異世界とか、覚えているだろう。その神様は実際には、本当の神様ではなくて異世界の生き物らしくてね。僕は、その生き物に向けての薬を頼まれていたんだ。


 薬……いや違う、あれは麻薬だ

 当の北条家は「向精神薬」とは言っていたけど、最早毒に近いものだったよ。要求された物は、人間では致死量を遥かに超えていた。例え神様でも化物を相手にしようが、一度でも摂取させると神経系をも焼き焦がして、強い催眠状態に陥りやすい。僕自身がそれを投与する神様を知りたいほどに、劇薬そのものの調合リストを渡された。


 ――貴方は


 作らなかったよ。兄さんに怒られるかもしれないけど、僕は狂わせる為に薬を造る趣味はないんだ。

 北条家とは、昔からの縁があったよ。あの薬が来る前までは、鎮静剤や精神薬と似た、本来精神の均衡を根差したような物を依頼されていた。それも過剰に摂取すれば毒にはなり得るけれど……北条も北条の事情があると思ったんだ。彼らの周りは信仰に篤い、だから異世界を容認することは難しいけど、生き物として、神として皆を安心するには容易なことじゃない。だから僕みたいな一人の魔術師を探していたのだろうね。

 ……だからだ、僕が君を引き取ったのは僕の意思によって君を助けられなかったからなんだ。確かに、あの薬も早くに渡していたら、君は苦しまなかったかもしれない……僕の一存で君を変えてしまった責任はあるよ。


 だけど僕は、納得出来なかったんだ。訳もなく、彼らはその薬を僕に頼んだ。理由も告げられない。けれど僕の予想以上に彼らは異世界を知っていて、強いものばかりを的確に指示していたから。それにね、情けないけれど、作れなかったんだよ。たった一つだけ、あまりにも希少だったから、生産が叶わなかった。


 ……この宝石がそうなんだ、これだけが僕の持っている、その珍しい草そのもの。

 触っても問題はないけれど、凝固体とも言えるかな。緑に透き通ってて、綺麗なんだけど濃度が濃い……百本分はゆうに越えて……千か……きっとすごく頑張って造ったのだと思うよ。大きくて重いから、削ってその粉を混ぜることも適う。むしろ調合リストを大きく上回る物さえ出来るとは思った。


 ――これを誰から?


 リョーカ……いや、ごめんね、彼女の為に名は伏せるよ。リョーカって女の子がいた、可愛い弟さんや妹分と住んでいた、短い間だった僕の弟子だ。それだけ、それだけの女の子として思ってほしい。

 彼女自身はそれを造ってなくて、人伝えに僕の方に渡ったんだ。リョーカは……体、が……弱くて…………もう先が見えないと言う時に、僕にこれを譲った。僕が一度見たら、原材料が曽祖父の植物園で一回限りみた物で驚いたけど、話を聞いたよ。

「必ずこれを探す人が先生の前に現れる、だって先生そういうヘンタイだから」ってリョーカが大真面目に言ったから……僕はこれを使えなかった。当たり前だけど、こんな僕の弟子ではあったからね、兄さんが聞いたらきっとまた文句言われそうなほど良い子。お前には勿体無いって……ああ、深い意味はないんだ。何よりあの子、弟をすっごく大事に思っていたから。


 ……うん、その妹みたいな子も。あの子が来なかったのは……もう手遅れだって言っていたから。酷い目に合っていたらしくて、一度国から実験を受けて、でもあの石があったから理性を幻覚として留めていた。

 それをずっとだって、リョーカから言われた時、その子に会いたいと言って……ごめん、この話よそうか。


 そういえば君を呼び出したのはね、きっと君に何か関連するって思ったんだ。この石と。けれどリョーカが言うには、ただの宝石じゃないらしくてね……でもそれ以外の用途は分からなくて。


 ――ボス、それをケースから外して、日光に翳して見てください。


 こうかい?


 ――くだらないでしょう?


 ああ、綺麗だね、綺麗な葉だ。

 ……これは、ルクェプトゥかンイーブロジャの間に生えていたと思うけれど、イデアの魔法によってじゃないね。この草は強い快楽物質の分泌を促したり、五感に強い影響を与える。この仕組みは……面白いね、まるで宝石そのものが夢を見ているみたいで。


 ――たったこれだけなんですがね、葉っぱだけ、一枚浮かび上がってくるだけ。


 けれど、それが彼にとっての幸せとしてこの石の中に浮かび上がっている……君が精通していれば確かな構築式を教えたいくらいに、素敵だ。


 ――造った奴の兄はね、とても出来た奴なんですよ。兄のほうがよっぽど綺麗な物を造って……必死こいていたんだ


 ――最初は、ただの草原の雑草だって思っていたんですよ。でも綺麗だって、ジャンヌが、言ってくれたから、そいつは頑張って


 佐藤君。


 ――でもそんな大層な物じゃないのに、それを受け取ったから……ジャンヌを殺したアレを夢と……俺は


 これを君に返すよ。

 ごめんね、聞いてしまったんだ。君が北条の人間でないことも、普通の人ではないことも、最初から分かってる。覚えていないかもしれないけど、倒れている時その子の名前を呟いていたから……僕は利用してしまった。生贄に酷い扱いをするって、まともな理由をつけて、北条との関わりを断った。詰って構わない、自分のために僕は君達の縁を壊した。


 ――壊してないですよ、貴方が責任を感じる話じゃない。俺が、ジャンヌを殺したのですから


 ――行かなきゃ、三輪から連絡が来たんですよ。それも、帰るまでは、受け取れないです


 ……いいよ、行ってらっしゃい。

 裏に車が停めてある、キーはそこのタクモクが持っているから行くといい。君の帰りを、僕は彼女達と待ち続けている。ただそれだけを、覚えていてほしい。僕を恨んでも構わないから、憎んでも良いから。

 エダ君は――君は、ジャンヌちゃんを確かに救っていた、そう言わせて。


 ――……そうだと、良いですね

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