3
【前書き】
大変恐縮ですが暑すぎてしんどいので返信は後ほど行います。
ちなみに今回、ミュージカルの「椿姫」の一節を引用してますが原文引っ張るには眠いです。無精で申し訳ないです
「簡単な紹介をしよう、このやんごとない青年は北条家次期当主の北条銀。北条家の現代理当主かつ彼の叔父である北条一果から性的虐待を受けていた」
イブ・リストハーン、本来知るべき人物とは異なるが、出す以上は関連している。そして、同じ能力を持つ家族を機関は把握している、その意もあるだろう。念の為に、もう少し近寄って彼の胴にまで入る。猥褻の彼は、イチカとしきりに言い続けては、端からだらしがなく零す。唾液ではない、白濁と、ほんの少し青みがかった液体を口から。乱れて恥部を隠さない襟元を濡らすまでに、蔦の一つはギンの口元に追いやる。
――生きてる
蔦は、まるで生きているようだ、寄生する人間より。いや、もう人間を寄生しつくしたか。だんまりとする男どもは蔦を袖に入り込ませる。浮き上がる陰影、は、卑猥な上部の影を濃く扱き上げた。しかし機械的でもない、緩急を付けて、感情を持ちながら蠢く。その蔦は、快虐だ。キツく締め上げると下部が震えるのを知ってか、イブの卑猥に合わせる。時折、何かしら込み上げる吐露に怯えるか、ギンは縛られた身体を丸めようとする。硬い結びだ。無理に曲げようとして絞める蔦は上腕の肉に食い込む。
「――駄目って言っただろ」
それを軽く巻いた首を後ろに、上半身ごと仰け反らせる。
叫、狂。
「出来上がってる」
「長期間の監禁生活を強いられて、感覚が常人より鋭くなってしまったのは確かだ。細い産毛でも愛撫と感じてしまうらしい。事実、実母であり実姉の所から私物の剃刀に彼の体毛が多く付着していた」
実母であり実姉、という怪体な言い回しに眉を顰めるが、レトリックではないだろう。直接的に、そういったケースを黙認する場所は知っている。ギンは、異形の物に囲まれている事実を肌で知っても一度も逃げる素振りも見せない。むしろ歓迎させ、入りやすいように足を緩く開いてみせる。
――服装
いかにもだが、分かりやすいのは分析には助かる。協会。特に神が神であることを信じている一集団はこの傾向にある。彼はさしずめ実の父と姉の間の子、家は保守的かつ伝統主義。そしてよりにもよってギン本人は不全者か。部長は、こういった時に嘘は付かない。仕事として渡された以上、多少の言葉遊びを口で持て余せどやることはやる。だから生い立ちはそのままの意味で間違いはない。
近親相姦間での胎児は遺伝子的疾患を伴う危険性が通常よりも高い……というのは現在では周知の事実だが、それは二の次だ。端的に言ってしまえば「選民たる選民による種の存続」に沿った模範的行い。全ての家がそうと言えないが、それより無能の子が冷遇される事例もある。特に異世界の存在を容認する派閥が増えたことで、増えている傾向にあるらしい。
――ホウジョウは
ギンの親は父と父の妻ではなく、父と父の娘である。
「北条銀の父の妻なら、長女を残して行方不明とされているが……イチカ曰く、彼女は北条の胃の中だ」
「娘が優秀だったか?」
「彼らなりの礼賛だろう」
そして姉の彼女を当主として据えていないとしたら、ギンやイチカの前の代はギンの父。母親は姉を産んだ功績として食肉にされたのならば、そういった家柄だろう。
かなり明快に分けられている。無意識にせよ意識的にせよ、ホウジョウ家では男、女、無能の順で生存率が違う。男尊女卑とは、違う。むしろ女そのものは死そのものも供物という概念が大きい。この場合、ホウジョウ家は周囲の環境に左右されない閉鎖的な場所を拠点としているか。
――まあ
土台は分かりやすい。男は導き、女は礎に、とでも考えれば分娩如きで虫の息をした道具の処理は容易い。そうして銀の父は肉を分け、娘に手を出したとしてもおかしくはない。ギンの障害を知らなければ、その組み合わせは「優秀な子孫繁栄」か。当然、その間の跡継ぎだのは姉に渡ることはまずない。姉という女に受け継ぐ。男が意地汚く因習を続ける上で、この要素は排除しなくてはならないのだろう。
――だが
「ホウジョウギンの姉」
「北条了花、初潮から数年後に銀を出産した……父が亡くなったのはその翌年だと」
その状況下であるにも関わらず、ギンを当主にすることは出来なかった。理由は男ですら許されざること、力の素質が生まれつきないことにある。代表的なものが不全者だろう。事実昭和末期までの協会は不全者な一族の者なんて存在しないと口々に言う。つまりは、そうだ、生きているだけで爪弾きにされる。だから今でも、協会では高次脳機能障害の一つとして認識される。それを患った彼に受け継ぐ意志はあの家にはない。だから表向きギンが、しかし実際はイチカとなるのは当然。むしろギンを殺さず生かしただけ、まだ寛容な姿勢だろう。
――となると
父はどうしても、兄弟にあたるイチカに継ぐ気はない、ということになる。そして頭目争いや、当主の逝去を経て彼が成り代わった。しかしイチカは、珍妙な性的嗜好を持っている。邪魔でしかないギンに対しての虐待は、苛烈だ。生きていることそのものが邪魔に思えてならない。だからあんな風に子供のように壊してしまったのだろうか?
――いや
笑い声が聞こえる。男の、低い雄が、女のように艶をまとい。それに向かって、青年は水音を散らしながら何かを尋ねる。先程の仕置とは打って変わって優しげな口調。ギンにはそれが一筋か、掴みたがって甲高く甘くせがむ。
気持ちが悪い。見ていて昂ぶりはしない、自分はそうするまでにあまりにも重ねすぎた。だからこの甘美で淫蕩な蜜が、あまりにもくどい。くどすぎて、染み込んだ内壁全てを外に吐き出したくなる。
きもちいいかい? うん、すごく、でも、あのね わかってる、ここがたりないな
――ああ、限りなく自分を見ているようだ。心底不愉快になる。自分はこの中の快楽を知っている、その依存を願ったこともある。それは単なる侮蔑からなるものとは違う。だから直感で分かってしまうのだ、イチカとギンは歪んでいると。そして自分もだ、嫌でも、とても。
「……イチカって人に頼まれた?」
振り向き様、部長の顔を一瞥するが、彼は微笑みから一段と笑みを濃くする。これは、肯定だ、何を、とは言う気がないのかその権限はないが、当たっている。
イチカが部長、つまり三輪がいる首都に頼むとしたら、この男の確保だろう。おおよそ、普通の血縁者とは言い難い執念をイチカは抱いているのだ。
――となると
イチカは、機関らに情報提供をする何かはある。協会だと、「神であることについて」か「神を偽った異世界人」のどちらも機関には美味しい。何より、協会の中でも保守派の立場が機関に足を運んだ。そうなれば今まで従っていたホウジョウの人間と比べてイチカはイレギュラーだろう。
――だが
「ギンは精神崩壊しているから、目の前の人間を理解できていない。そして蔦はエダの兄であるイブ……イチカは?」
「姪が創ったとされる神の破壊に向かった、その最中だろう」
――なるほど
大方、どういった構想か理解できてしまった。最初から見ていたが、ギンは行為中イチカの名前しか呼んでいない。イブのこの蔦はエダと同類なら、他人であるはずのギンはこの行為に不思議に思う。それがないとすればイブは既に何回か致したか、イチカ自身もそれに似た能力があるかだ。
――まあ
どの道、イチカは異世界への理解があったことには想像に難くない。それ故に彼を迎え入れた、が、しかし、執着したギンを掠め取られている。ならばその神は硬い、異世界人を招くほど、自らの力不足を心得る。ならば外部の協力をも、惜しまない。
イブがここに来た理由は知らないが、イチカがイブの正体を知らないわけがない。元々協会の人間として、ある程度気を許した部外者でも情報は把握する。
――だから
だから、ああで、こうで……こうして、思考は連鎖する。あくまでもエダとイブは違う、ホウジョウとエダの関係性も不明だが、道具にはなる。こういった情報提供は今後とも控えてほしいが。
「――ジャンヌ」
……不愉快以外の何者でもない。
ジャンヌ、とは、聖処女。間違ってもここで呟くべきではない誰かの名前。ほんの少し絶え絶えになったイブから、その名を闇に落とす。ジャンヌ、ジャンヌと愛おしげに、ゆっくり、互いの理性を掻き毟る。
知らないが、この男の感情をどうしてか痛いほどに分かってしまう。目の前の人間が男でも、肌が固くても、みだらでも、名前さえ呟けば濡れた良い声で帰ってくれる。響き渡って、正気という名の脳が解する前に、己を叩き込んで壊す。
――似ている
彼は、顔も先程まで知らない、この男が。その半身を、ギンの腰と臀部のあわいから触れて確かめる。彼の己、実に浅ましい。グロテスクに浮き出る箇所を掴み、浅く息を吐く彼の音を聞く。汚す、熱を持ったいのちが、耳元で囁いてもなお続けた。
「続きを聞きたいか?」
「聞かせろ、する為に呼んだと言わせない」
ここは地獄だ。餓えのみを抱いて満たすことを捨てて、ただただ穴の空いた器に注ぎ続ける宴……だが、彼らの中では天国だ。どんなに犯し抜いても、満ち足りることはない。それはその先の限界も限度も知らない。いつまでもずっと、溺れ続ける。守る者は誰もいやしない現実に逃げる為の、ただ一つの夢。
無関係だとは、重ねて理解している。自分が得たい情報とは違う。だが、ただ、同じ力、同じ忌むべき者なのにこうも違う。
――欲しい
――俺は
今しがた妙な意志に囚われていた。
やっぱり、人間とは少し離れてしまっている。みだりな叙景に興奮するほど馬鹿ではないが、それでもだ。緩やかな鼓動、しかし昂進する。本当は、少し期待はずれをしてしまった、エダを仇敵として近付こうと思ったのに。
――だが
だから、咬み締める。ここには自分の為のものがある。何故自分は及川からここに来てしまったかを。それは、自分の意志だ。自分の意思であの幸せから目を瞑った、反らしたのだ。背を向けて、影を見て、より深く蔓延った深淵を見る為に。それが人間としての自分の努めだ。
――
だから、どんなことも甘んじて受け入れよう。そうと決まって、部長の方へと振り向くが、彼の姿が見えない。
「
後方、幻影を消し、幻惑が我が身に降る。前触れもなく、顎を摘んで口付けられる。ギン達を消したか、不気味に静まったまま、ひとたびの微音を残す。それはかつてもこの先も、自分を持て余して食い散らかす声音だ。嫌でも落ち着かせるほど優しくて、眠りにつきそうで。だからこそ、狡猾に掴んでは長い爪で抉る、その指先の肉をじっとりと啜る、それがこの男だ。
長い口付けは、呼吸を必要としない。苦しくはないが、近く抱きすくめられて離れない。離れれば後はないと、腕の中にいることを強いる。いやに安心するが、安寧はない。悪魔に魂を売ってしまった、その感覚が最も近い。厳密には、淫魔なのだが。
――ああ
本当に売ってしまったか。数十もある背丈なのに、何故か自分は背伸びをやめている。彼が抱いた勢いで背を丸くしているから?違う、単純に自分の背丈が彼よりも等しくなっている。変わられている、身体が、何かの意思を持って如実に。
彼の虹彩から、見知らぬ男を見る。違う、それは自分だ。瞳は判然としないが、白くて癖のある髪は、奴の虹彩の青が染める。然して、混ざらない純白だ。溺れぬいろ、絡め取られぬ何かに変わる。今よりも情緒不安定というのに、その目は籠絡の比喩をしない。紫、紫紺。綯わぬ混色が、自分に嵌められていた。
ふと、束の間の物思いに耽る。いつだったか、アレは自分のただの夢か、部長は自分の地獄でありたいと言った。地獄、とは何か。自分はそれほどまでにサドを唆るのだろうか。分からない。しかし結局、その時掴もうとした自分の手を拒んだ。その少しだけの痛みは、まだ胸に残っている。しっかりと、思い出すだけで痛くなる。
――だが
その真意は、意図は、自分を手籠にすることでなければ。あえてわざと、そうすることで及川という人間に会わせて人間を得るとしたら……理解はし難い。しても許すことはない、許されない。ただこの退廃に浸からない身になったのは彼だ。彼のせいで自分はここにいる。彼が自分の地獄にいたお陰で、
だとしたら、今ここにいる男は誰だ。笠井蓮だ。紛れもなく、自分だけだ。
「
ならば化物として誓おう、縮図を共に暴く者であろうと。
そして、人間として誓おう――及川の地獄でありたいと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます