【カサイレン】AM11:20

【前置き】

話としては二日目昼の最後に遡るのです_(:3」∠)_


+++++


「――本当に何も起きなかったか? 本当に、君一人が、やってしまった、と言うのか?」



「はい、俺一人だけです、俺だけなんです」

「……とは言うが、通常こういったことは有り得なくてだ。君は三輪の監視下にありながら」

「有り得ないって、なんです? ……俺よく分かんないんですよ、父さんのしている仕事とか、貴方が仕事仲間だとかだけで」

「それも信じがたいが」

「何がです? 本当に何も教えてくれないんですよ、何にも」

「……まあ良いか、有り得ない、と言ったのは原理上として。手短に言うと人の魔力はビニール袋の中に入っていて、それは人の手によって中のものを出し入れ出来る。だが鉛筆とか無理に物で穴を開けると、必要以上に物が溢れて出てしまう」

「それが俺だったんですか?」

「そう……三輪だから、例えばそういうことは隠蔽にも使われる」


「隠蔽って隠すですか?」

「白々しい……三輪はそういうところはある。君は比較的密度そのものが高いから、例えば近くに潜伏者がいたとして、けれど私に悟られないためには何か別の大きい物で誤魔化す」


「それが俺って?……例えば例えばって言いますけど、随分具体的ですね」

「君は三輪の部下くらい、私でも知っている……ああ、首都にいるんだ、いつも……小野寺って言うが、名刺は後で渡す」

「部下じゃないですよ」

「ただの父子だと?」

「……そうに決まっているじゃないですか」

「話は変わるが、君の実母は数年前に夭逝した際確かに君の保護をどうするかの話は上がった。そうしたら、三輪が強引に法的な手続きをした」

「あの人は忙しいから、早いうちに行動しないと気がすまないタイプなんですよ。俺って愛されていますね」

「本当に仲が良いな」

「良いに決まっているじゃないですか、愛してますよ。口では言えないですが、学校に行かせて貰ったり、俺に優しいですしいつも感謝してます。俺はあの人がいなければ生きていけない」


「……さっきの言葉だけは本当に聞こえる」

「……全部本当ですよ、おかしいですかね」


「いや、おかしくはない。親は子を愛さなくても子は親を愛してしまうとはよく聞くし……私は養子縁組に一人はいるが、親としての義務は果たせない」

「ひどいですね」

「ひどいものか、親が親として子を見ていなければ親じゃない。他人だ、自分の近くにいて、何かを強要させようとする気持ちの悪い大人。俺はそれにはなりたくない……で、自分の考えは間違っていなかったと確信してさえいる」

「親ってなんです?」

「対義語は三輪春彦、それ以外は分からんがそれだけで良い」


「……さっきから、俺が父さんに強要されているとか。利用されているとか好き勝手言ってますけど、ないですよ。これ以上はもうやめてください」

「ああ、本題だ、三輪は?」

「……いないですよ、元より俺は自分のためにここにいる」

「今平日の学校の時間か、どうして?」

「何故言わなきゃいけないんですか」

「報告しないと皆が心配する」

「馬鹿なこと聞きますよ、皆って誰です?」


「そうだな、例えば三輪が」

「有り得ないですよ、貴方も父さんもどうでもいいくせに、皆って単語はないじゃないですか」

「父親は優しくて守ってくれると、君は言っていたのにな」


「……」

「……」


「……喧嘩、したんですよ」

「ああもういい、そういうのは良い……ただ、私も君の頃はそう優秀でもない。だから、私も言える立場ではない。不用意に根掘り葉掘り聞いてしまった点は詫びたい」


「じゃあ、全部信じてくれますか?」

「本人の気配がしない以上は仕方ない……致し方ない、すまなかったな手を煩わせて」

「あまり、あのような聞き方しない方が良いですよ」

「もう癖なんだ、年だな」


「……少し、少し質問なんですよ」

「書きながら聞くが」

「それでも良いんですが……貴方が俺と同じ学年の頃、もしも普通の人を好きになったらどうしてました?」

「それが休みの遠因になったりしたか?」

「それとこれとは、ともかくとして」


「……好きな子、は、俺はいなかったが知り合いにはいたな、同じ魔法使いだったが、医者志望だったんだ。

人には寄るが、ある日彼は俺に『好きな子の心身どちらを駄目にすれば俺は諦められるか』と相談されたことはあった。

 とにかく本人も思い悩んでいただろうし、冷静に考えればまず考えることはない。医者志望のくせにストレスだな、家に圧迫でもされて自分なりの逃げ道を探そうとしたら、逆にだ。優等生ではあったから、周囲の期待がすべてだと思いこんで、それを背負い込む癖がついた。答える度に軽くなっていく背中が不安になって、重い何かを課されたい。そんな人間だったからまあ病んだ」


「それで、どうしたんですか」

「その時はやめとけと言った、すぐにそいつも我に返ったようで、一件落着だ」

「良かったですね」

「だから彼は落ち着いて翌日彼女をここに引き摺り込めた、失踪事件だなんて言われたら目立つから助かった……その顔は?


 ああ、そうか、君は三輪に愛されて育てられたから、あまり分からないまま生きていたか、失敬した。


 すまなかった、なら君には不用だ、何だか気味の悪い中年の与太話に付き合されたと思えばいい。アテにならない相談役を引き受けてしまったか……」

「……その女性は、どうなったのですか?」


「想像の通りだ、今君が思い浮かべたことそのままだ、愛は麻薬だな、なくなって苦しいなあ……君はどうせ認めたくないんだろうに。

――今は間違ってやる、誤魔化してやる。だが絶対に戻れるとは思うな、お前は手遅れだよ」

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