【バレーナ/気になる女の子はメッセンジャー】1

 ある程度目星を付けた気配はしたが、セヤ達は一般人らしい。彼らには、自分が記憶を失う前まで所属していた集団へのツテはないとのこと。加えて、自分がかつていたであろう立場を見るに外へと無闇には行けないらしい。裏社会だのと物騒な連中とはつるんでいない。

 だから関係者とは穏便に、「人畜無害な一般人」として話し合い解決を測りたい。そして反目行為として自分が処理されない為にも、事故を装いたい。その水面下で職務をしたい、等と願望を陳列してはザクロを困らせていた。

 その希望が不可能か可能かは分からないが、セヤは客観的に見れない人間とは分かる。客観的に見ても苦ではないくらいにか、まだ自分も自分がないものか。ともかく、先程の諍いよりは明快だった。タンニャンが学校で抜けてから、いい年した男が二人して問答を攻めあっていた。10分か20分、かさついた中華リゾットを水で洗っていた間に話はようやく終わった。自主的に皿洗いをしたことについてザクロは褒めていた。

 自分は、ほっといても使い回せるセヤよりも偉いらしい。セヤは、2日ほどはコップを使い回す生活を続けることは出来るらしい。何もない自分が何かを抱くのもおかしいが、嫌悪を抱いていた。どうしてか、それは探らなくとも平気なのだろう。


■■■■■■■■■■全裸にする必要ないよな

■■■■■■■■■■人工陰茎とかあるじゃん■■■■■■■■■■■■■そこにドラッグ入れちゃう子とかいるみたい

■■■■■■■そういう柄か?

■■■■■■■■■案外やりそうじゃない?

■■ない

「おいたわしいなあおおよしよし…………」


 そして、今に至り。

 肌の上から、毛布を包まれたのみ。夏日にはアンバランスな組み合わせに際して、ザクロから憐れみに抱きつかれている。慈しんだ愛撫。これが暑苦しくて鬱陶しかったが、ザクロの手は冷えて不快感はない。湿度を、濃く密とした時間を過ごしてきたせいか、今が体には穏やかだ。


 ――何言ってんだろ


 喧騒。早朝のタンニャンは電子盤で文字を打つだけ静んでいた。それと反して、セヤはヒト同士と会話するとこうなるらしい。異国の言葉が飛び交っているが、珍しく彼の表情はどこか困惑している。ある時には少し頭を抱えて、眉を顰めて、自分を剝いた女性に対して口を交える。ザクロがセヤに対して、よく行っているものだ。朝っぱらのきゃんきゃんした忙しさも、ザクロはそんな顔を見せていた。

 だからそんな相手が、珍しい。珍しく、彼は理解出来ない人間に対して頭を掻く。赤髪と金目、人が持つには贅を尽くして、その本人は知られぬまま振り回す。そんな無意識の暴力の前に、同業者か同僚らしい女性は何も怯んでいない。


 ――確か


 彼女は、マイハマだとセヤからの言葉から聞いた。セヤと丁度同じ背丈と歳ほど。アジアの淡白さと欧米の深さが混ざった顔立ち。身振りでイヤリングを揺らせば、輪郭の深さといい影を丸くする肌色といい、どちらにも属さない。外のハネっ気が強いセミロングの黒髪と、黄褐色ヘーゼルの瞳が快活に動く。混血、それも日系かハーフらしい。ただ、血よりも生気が濃い。ワイシャツと黒のスラックスを体にまとっては存分に振り回して皺を刻む。その都度浮き出て見える胴のシルエットは細い。細くて、そして柔らかい。


「あれでもええ子なんやで」

「ザクロが言うなら、そうかも」

「これでもマジやで」

「信じるやで」


 ひとつ、ふかく。後ろから抱きついていたザクロが一段と深く抱き締める。

 言わば、あの女性社員がセヤやザクロよりも精通している「そっちの線」の人間らしい。セヤは何を説明したかは知らないが、彼女はここにやってくるなり自分を脱がせ始めた。否応なく、すべて。それまで着させてくれていた、サイズの合わないシャツも下着ごと。その間に肛門から調べ上げるなどを英語で言い渡されたが、それはセヤから止められた。

 毛布を強くくるまう。これはザクロからこっそり与えられた。セヤは、尻には危機感は感じているのに対して、その気遣いは矢張りないらしい。少しは男として助けてくれたのだが、今やそっちのけで同僚と口論を始めている。時間はまだ、かかるらしい。


 気紛れに、さらけ出してしまった両の素足を擦る。それだけだが、それでもまだ今朝の名残が残っている。擦過傷と創傷。アドレナリンか、ドーパミンか何かの分泌で今まで分からなかったらしい。今は少しだけ、傷が疼き出しては、むずがゆい。


「掻いたらバイキンさんやで」


 やで、というのがザクロの地方の表現なのだろうか、やで。ザクロの身内は普段からこうなのか、ザクロは止に入る気配はない。じっと、だが本当に慰めているかは怪しいが、自分に寄り添っている。

 その不意に、ザクロと頬が擦れ合う。それもまた、バケモノらしく体温が低いが嫌にはならない。こういった仕草を年上にされた記憶、その温度は体感したことはない。


 ――でも


 ただいやらしさとは、似ないのだろう。僅かな記憶を辿れば、朝にぼんやり聞こえた隣人の赤ん坊と宥める母子と似ている。セヤを一瞥する。彼は、ザクロから似たようなものを受け取っているのだろうか。


「……バレーナ君だっけ、君処女?」


 だがしかし、どんな教育をすればこんな似た者が来るような人格になるのか。

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