【ワン/夢見る少女じゃいられない】

 エス……は、いないか。

 珍しい、こういう時はいつだってリバーシしろだの言うくせに……もしかして今遊んでるから片手間に聞いてるかな。じゃあいい、ちょっと当分出てくるな、人のことぐちゃぐちゃハリボーみたいに吟味してるなら良い。僕は不機嫌になったから顔を見せるな、聞いていろ。


 夢の中に意図的に入ったってことは、緊急事態なんだけどね。どうせなんかいやらしいことしているなら良いよ、もう慣れてる。ベッド用意してくるな、聞け。


 ……フィードバックと行きたいね。そっちが開示されていない情報と、僕が知るべき情報をすり合わせるべきか。


 今の僕の名前はヒラサカユウ、ノエルエティという天才に近付きすぎて社会で抹殺された男。紆余曲折を経て庭三に拾われ、ニヒルを漂わせるインドアながら二人をサポートする。この設定を知っているのは君と、庭三の姉妹ちゃん達と北条子金。この情報を信じているのは代理当主の北条一果……それと銀って男の子かな、男の子って年齢はとっくに超えてるけど。

 北条一果がどのくらい僕を把握しているかだけど……僕がワンであることは知らない、都合は良いがおかしい話だね。協会の北条家は三輪型だと聞いているから、その相反に位置する庭三との取引が表面上の話だ。

 事実僕たちが入った途端、北条の者どもから歓迎はされていない。簡単だ、ヒラサカと庭三はもしかしたら神を否定するかもしれない脅威だからね。査定という名目じゃなきゃ納得はいかない。


 だが……だけど、というかだからこそだ、北条一果は僕がその神様を内側から破壊したにも関わらず冷静だった。それよりも僕の体を心配していた気づかいさえ見せた。彼の行動から、北条一果自身は「神そのものを崇めてはいない」、「むしろ破壊を望んでいた」ことは確実。となると、子金と一果は少なくとも「神体の破壊」という意思さえあるし、その敬意すらない、ガラクタだとさえ認識していたとも考えられるし、庭三のやることも黙認していた。


 それに加えて気になってしまうんだよな。だとしたら、機関である僕の立場は一果の前では隠す意味がない。にも関わらず、一果は僕が機関の人間であることを知らない。それなのに子金は僕が機関の人間であることは知っている……この辺り情報のやり取りがちぐはぐだ。僕がいること自体、情報を共有することは無問題のはずだろう。

 ここには三輪として「神を破壊する不祥事を機関に露呈してはならない」って理由が考えられそうだ。だがそれは最初からその神の信心すら怪しい庭三を一果が迎えることと矛盾する。となると、どうしてか僕がいることを知っていて、不用意に情報を堰き止めているのは子金。そこまでは僕でも分かるよ。


 で、北条子金だが……僕は別として北条子金の秘密を北条一果は知っている。化物を倒したついでに、子金君を一旦バラしていたんだけどさ、システムが同じだった。胸のところに石があって、それを動力にする、単純な奴。僕はそれにいい予感を感じたから、子金君と化物の石をすり替えた。それでも誤作動は起きなくて、良い感じに僕は丸呑みにされちゃってさ。北条一果も、流石に僕がそこまでやったことは気付かなかったらしい。聞いたら動揺しちゃってた。


 これはまあ「北条子金を作ったのは北条一果だ」ってことは考えられる。そうしたら失敗作だろう神様を壊すために子金を使役する……とか考えてもやっぱりおかしいんだよね、僕を言わない理由が。それだ、たったそれだけだけど、その違和感が妙に気になって仕方ない。だから難しくしていくんだろうね……難儀だ、ここで体育座りして考えるのもじれったい。


 ……でも、それが彼の思想の一つだとしたら話は変わるけど。

 彼はある信念のためにそうしたと考える。これは僕そのものが原因ではないね、機関だ。「機関に所属しているヒラサカユウとそれと協力している庭三」ではなく、「機関そのもの」を見ている。そして仮に一果に庭三の中に機関がいると言おう、それでも彼は拒まない。否定もしない。

 だから話さないって選択を取ってしまうって……もう分かったようなものだよ。彼は機関僕らに脅されている。

 だとしたら……まあ、君だろうな、君が差し向けたんだろうな。「神様」が異世界人だと君が認めた以上、それを活用しない手はあるまい。

 北条子金は異世界人であり、あの神と深い関わり合いを持っている。そうしたら……一果はその事情を知っていながら庭三に協力を仰いだ。次点でこう考えていいね、北条一果もまた「外の者」であると。


 とりあえず、気になったのはそこだけかな。僕は庭三の指示通りに動けば良いだろうし、君から命令がなければ動くことはない。まあいつもの癖で考えてはしまったけど。このように君は否定もないなら僕はそれを参考に動くまでだ。何も聞かない、何も疑問を抱きはしないよ。


 ……ただ、考えたには考えたけど、不都合が起きて、神体から生きた子供が出てきた。この世界の人間ではない髪色と瞳だから……異世界人だろうけど神体をシェルターとして使っていたとは思えないな。段階的形態、その中段階辺りで人型に化けて出てきた。一度初期段階の時に丸呑みにされたけど、異空間で拡張されていた。

 そしてその女の子が現出した午前3時12分で、僕ら周辺が異世界に変わっている。

 幻覚ではない、拡張された結界の中に閉じ込められている。支離滅裂な背景はない、辺り一帯が、広々とした、農村。家具とか確立された文化性と習慣はあるみたいだから、夢ではないね。


 記憶だ……だけどそれも恐ろしいくらいに精巧に出来ている。五感も、何も……おかしいところや曖昧な所がなくて、村の掲示板には文字が書かれている。読めないが、日付は一日おき、度量衡らしい単位もあるから、そのままだ。気持ちが悪いほどリアルに出来ている。

 かと言って近くの住民の家に勝手に入るけど気付かれてないから、そこでやって異世界転移ではなく結界だと推測出来る……本当に気持ちが悪い、君の息子さんよりは良いけどさ。


 閉じ込められたのは僕と近くにいた庭三桜子と仲介屋と……その神体から出てきた女の子。庭三都夜子はいないよ、明日講義があるからって、ああ忌々しい。

 ともかく、北条の件もあるし僕は慎重に行きたい。出来るだけ二人には行動を控えるようには言うし、本人達も危機感はあるだろう。だけどそれでも僕らは呑み込まれたから、細心の注意を持って行動する。本当は瀬谷と話したいけど……ちょっとやかましそうだからいい。僕からの報告は以上だ。


 ……以上、なんだけど、やっぱりいない? この空間作っているなら悪ふざけで隠れてるって思ってたけど、そういうの腹立つから止めてね。



 ――なあ



 今更出てくるの遅くない? なあって何? その態度はいつどこで上司として相応しい態度だと覚えた? 相手にマウント取れるからって態度大きすぎやしない? まあ聞くけど、何。



 ――いいや、聞き入っていた、水入らずで良かったじゃないか



 ……水入らずね、面白い言葉だよねそれ。

 確か日本のお酒のルールだっけ。飲み回しするのに口付けるのは汚いから、普通は水で洗ってから飲み回す。けど仲いい人にはそれをする必要はないってやつ。いい表現だと思うよ。日本語って素晴らしいね。



 ――君はしないのか?



 よく言うよ、今までその盃をぶっ壊してるって知ってるくせに。僕がそういうこと、一番したくないって知ってるくせに。酔えるくらいの楽しみなんて、もうないって知ってるくせに。


 ……エス、良いこと教えてやるよ。君がそうやって神経を逆撫ですると、本当に馬鹿みたいなことをしてくる奴が出てくる。君の想像もつかない、愚にもつかないやつがさ。


 それで大事なものを失う前に、言葉は気を付けると良いよ。

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