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【前書き】

 これからバイトです、前回のコメントすっぽかしてごめんなさい退勤したら返信しますので!!!_(:3」∠)_ツレイワツレイワ



 エンデ、この地ではパックンと呼ぶらしい。

 このファンシーな固有名詞は以前、土管兄弟を主人公としたカートレースゲームで知った。アレは確か、ヨウの秘書が新入りの自分に対して差し出された物だ。曰く肉体言語、曰く体に語りかける対話だとかで二時間近く休日を潰された過去がある。中年の奮闘ゲーム如きでやっていないと言ったら人間かと怪しまれてしまったので、知名度は察せられた。

 それはパックンのように醜悪で、だが色味は違い、加えて死の気配を匂わす。花咲く栄を養うよりも先に贅する茎。両手を象る苞葉、肉だけは厚い巨体が花として頭部として、振り回さんとする。見た目は花弁を散らせた花粉の固まりだが、美しくもないのだからないのも当たり前だ。

 残された生殖器が、着飾ることさえ忘れて上部の唇から液を垂れ流す。蜜とも名状を許されない唾液が、奥に逃げ隠れた温室一角の閑雅を屈折させる。一度、また一度と歪んでは、口の歯牙を覗かせていた。


 癖で口に指を挟んで、辺りを見回す。元々植えていた異世界植物が発散させる魔力が誘引されている形跡はない。一定量の浮遊、動物的な気ままなさすらい。だが本来臭いを強くするパックンの特性から影響が生じる。


「……たえ……れは…………に……る応えろ、俺はここにいるここ……き……い……ここで生きているだ……ら……べだから選べ


 呼ぶ。第一と二関節の間でやや塞がった唇の渇きを知る。くぐもった振動を知る。それは肉にもならない微風だが、周囲は蠢きで応える。何かが、パックンの後ろから自分の元へと通過しては自分を囲っていく。分かるのだ、彼らには。血は、水分は、佐藤イブが隠し持つ臓器を知っている。皆その香りも、幾度の真昼の逢瀬で知っていた。


 声止せいし。ヨウは読み終えたが数歩だけ後退してそのまま屈む。静観をする、といった使役者の素振りもなく足元の地に手を翳しては目を凝らした。自分はパックンを見なければならないのだから、所作を見届けることは叶わない。だが視界外でも分かる範囲内に発光しているとだけ気付いた。ライムグリーン、浴される森林の、爽やかなみどりの光、ヨウの魔力の色だ。それが盲所で輝いて、熱を帯びていく。


「頼んだよ」

「了解、こちらこそ最高の成果を最善の結果を


 かき集めたを足でヨウの後ろに蹴り回す。恒常の防御壁ではないが、パックンのモーションから最短に読むことで自動的に組み上げてくれる。恐らくそこまで手のかかることはないのだが、念には念をだ。彼も見守るよりも、自分の仕事に徹している。その為にここに留まっている。深くは語らない、語られるはずはないが、ヨウはヨウで先方の情報は押さえるべきと判断したのだろう。


 ――魔力の色、少しだけ見えた魔法陣から


 逆探知。優秀な、しかし制限された世界に住む魔法使いならそれを試みるのも無理はない。

 以前からTの動向は注視していたのだが、先方であるヨウの挙動からある程度推測出来た。彼らがやや独立した形で行動出来るのは、首都の支援を断っていることによる。だがそれは首都が避けるはずで、実際は大人の事情で庇護は受け取る。そして監視下で運用できるのは個人の臨時収入。特に第三者に対する情報、これが主な源になるだろう。

 異世界魔法はイデアの体系化は進められているが、完全ではない。コンピューター的に例えるとまだゼロ年代止まりだろうし、強国であっても自らのものを使用する。それ故各国の特徴は自分でも容易に捉えることから、機関の一員が見過ごすことは考えにくい。

 だとしたら看過、なのだろう。だが必要とあれば、たまたま奇跡的に運命的に仕入れられた商品に変える。情報を異世界にとっては貴重な人脈、こことしては希少な宝を仲介するべくTがいると考えられる。そこからの「手数料」を双方から取るなら話は早い。


 ――テンプラって言うんだっけ


 違う、コンプラだ。しかし端くれとはいえ諜報機関にあるまじき独占だが、着服とはいかないのだろう。機関が色欲国が干渉したがる重要性を知らないわけがない。とするとこれはTが独自に得たもの。そしてある程度隠した上でこちらの手元に残されたのは「もしかしたら役に立つかもと考えて片隅に置いていた」物。それを掌握してはどうモノにしていくかは、消費者であるヨウ達の裁量に任せられている。


 ――問題は


 パックンを凝視する。ヨウの能力なら逆探知もそうかからないだろうが、それとこれとは別に秘密から持ち出された情報だ。だから物質の質は仲介であるTはある程度ぼやかして提供しているのも否めない。折角の秘密を与えるが、優秀ならそのまま得られるが馬鹿なら死ね。そう言わんばかりに個性的な一般人に売買しているのだ。


 ――考えろ


 これは正規とは考え難い。気を抜いてしまえば邪道の蛇が噛み殺す。撒き散らし頭上に降りかからんとするパックンの唾液。それを囲っていた魔力を人差し指で従わせて制するが、吐瀉は灼いた音を鳴らした。シールドの脆弱性に変化はないが、消化酵素が大分に含まれている。口腔部の粘液にて体内と体外の魔力を化合、防御の構築をすれば肉体のダメージは軽減されて射出も容易だ。地下茎が深い植物なら遠擲も視野に入れるはず。


 ――だとしたら後方に回って


 走狗、孤独。前方からヒヨが駆け抜ける。追い風も、足音の軌跡も残さない速度で距離をつめる。長い銀は揺れて、ロープを携える片手を除き赤裸々に空いた一身、それだけで走った。

 巨体の背を曲げて茎に目がける。そのまま括りつけるらしいが、構造上茎は胃と喉を同化させてそのまま地下に送られる仕掛けだ。つまりそれだけのパイプに過ぎないのだから、臓腑にあるタンクが活性化する前に絞め殺す。力技に自信があるヒヨなら、カタは付けやすい方法だ。パックンには神経がない分苦痛は感じないにせよ、呼吸器官の麻痺が生じる。反射的に口を開いてしまえば薬物投与は易い。


 既に身の危険は飽くほどか、焼かれる肌にヒヨは興味を示さない。そのまま茎に目がけて飛び込んで細いロープと腕で締め上げる。淀みはない。数十秒ほどで痙攣するパックンは、口をおもむろに開き、自分が変わりに団子を投げ込む。食いつきは良い、そのまま顔一つ分ほどある大口を握りこぶしだけの団子一つに被りつく。ぎにゃあと、軋んだ鳴き声を発した。


 ――子供?


 男性と言うには年若い。声のみで判断をするのなら老いても10代前半かそこら、かつて遭遇した際と資料上の常識とは異なり甲高い。ただ資料そのものが嘘でもないのだ。捕獲者としては不要か取引相手は伏せられているが、学名と魔法陣からして色欲国の誰か。あの国は暴食と強欲と対照に、憤怒と並びに人間の個体価値が元から低い。食料の意識さえもある。パックンと人間の価値は等しく、食えるか食えないかで左右される1と0にある。ビジネスとして扱う以上取引相手は人間だと考えにくい。

 だが大事なのはそれではない。人外でもパックンの性能は変わらないとはいえ、最悪噛みつかれて蕁麻疹が生じるまでリスクが低下する。しかも植物の駆除を目的としているなら、貴重な食糧とする訳でもない。パックンは異世界でも植物とは思えない肉厚さと高栄養価で高く評価されている。

 周りに需要がない、強いて言うならば付近の集落は全滅したか離散した可能性も考えられる。いつの間にか人が離れた手付かずの集落付近の開拓、その雑草駆除が順当だろう。だがある程度生息する植物を考慮して、先方も戦法を練る。こうした時に手間がかかるのが多様性溢れるパックンなのだが、それが転移魔法で済むのなら易いものだ。そして何を調理しても構わないので、こちらが人間であることの思慮を省く。

 あるとしても「せいぜい死なないように」と気遣うだけの毒にも薬にもならない駄菓子のような一言ほど。だとしたら、例外が漏れてしまう情報提供をされやすい。


 ――だとしたら


 だとしたら、先方は先人の知恵を得ないままになる。

 何故成人男性の肉声を借りる傾向にあるかは分かりやすい。人間の女性や子供と比べてしまうと男は狩りに向きやすい成長を遂げる為に狩りに行く。パックンが成人男性を優先に真似るのは、彼らのテリトリー内で感知できる捕食生物である。彼らは遺伝子からの教育、雛鳥の番を元に声の模倣を覚えて人を誘引する。それに最も使いやすいサンプルは男の狩人であるだけだ。

 例外、例えば子供の声。子供が不注意で山に迷い込み、パックンのおびき寄せに人間と思い込んで誤って食べられるのは考えられる。


 ――最悪


 最悪、パックンは子供の声が狩人を誘き寄せると学習する恐れがある。パックンは臓腑である根は数メートルほど可動できるが、それ以外は本体は固定されてしまう。王道に、パックンは数で囲んで戦ってしまえばそのまま回収できるのだ。その冷静さを欠かせるのもまた、パックン自身の捕食活動にあたる。欺いて子供を食らう、子供の声で誘う、不安に駆られる狩人を食う、このプロセスを成り立たせつつもある。

 そして彼らは耐性を迅速に得る個体でもある。食われる子供は家で何をしている、母と共に父親の狩りの手伝いか料理をする。狩りの手伝いに薬を作る、それは何だと母親に問うと眠らせてくれる物だと教えてくれる。次第に子供は危険な山の中へ行きたくなる。だが、親から固く止められているから一人で山の中へ入っていく。危なければ使えばいいと、家から薬を持ち出す。やがて男の声がする方へ近寄ったらそのまま丸呑みにされる。気を取られる手段はいくらでも取られる。余所見をする子供には足元に蔦を、耳元にはたげび。突然の危機に薬を使わぬまま、胴に袋をくくりつけたまま。そして、そうして。


「ヒヨ!」


 だがヒヨは正直だ、しかし賢明とは言い難い。真っ直ぐな視線はパックンに向けられて、手には同じ小道具が握られている。投擲。念入りに投げ込まれたそれは安定に口の中に入れられたが、安泰ではない。

 捕獲というべき、麻痺の兆しはない。むしろ縊りつけられた感覚に気づき出して暴れ始めている。

 それから食物の吐き出しを防ごうと、ヒヨは腕をパックンに噛みつかせる。白地の布。めりこんで、影を刻んだ。


「耐性がある! 離れろ!」


 遅く、棒状の何かが折れた。

 服の下から赤い何かが溢れて出てきている。ぼたぼたと、まるで血みたいに吹き出ている。いや、あれは血だ。違う、赤い何かだ。彼はまだ死んでいない、死んでいないなら違う、違うそれは、それは、分からない。だが吐き気を催すものだと脳が知っている。酸素が上手く血液中に回らない、胃が、びくびく引くついて普通に動かない。涙目になって千鳥足になる自分の耳元で誰かが泣いている。誰かが、女の高さと男の低さを持って自分を畳殺していく。言葉に変わる。お前が悪い。お前が。お前が。貴方が。君が。

 ヒヨの姿は、まだ見える。彼は眉を顰めているがそれはエダではない。それがイブに、彼に向けられる前に深く息を吸い込む。束の間。嘔吐感。いやすでに吐いていたのだろうか。


 ――分からない、分からない


 分からない。だが赤いものは嫌いだということは


『――人に戻る気はあるか?』


 それは誰の言葉か分からない。

 親族か、仮染の博士か、上司か。ただ一つのフレーズとしてここ最近流れている。誰でもない何か、何かでもない誰かが脳裏に住み着いてそう囁いている。判然としない声で言い聞かせている。それは誰の言葉か分からない。

 だが自分が嫌悪したフレーズとは覚えていた。それが些細な世間話でも、誰に向けられた訳でもない冗談でも。


 ――戻れるというのかGood-bye......


 いいや戻れないGood by...帰れないGroup by...やり直すことさえBroom by...

 一秒一秒、別れは出会いと離れていく。それを惜しむよりも目の先に、動きべきものがあると頬づいて指摘する。そのために時間は動いている。例外はそれを利益だと褒めそやすやつなのだろう。


 ――だけど


 自分はそれすらも引っかかることはない。過去の死人だ。戻れる場所はとうに失った、失わせて、今しか残されていないのだ。一秒一秒、別れは出会いと流されていく。エダと呼ぶ声は、その鈴音を涼やかにするせせらぎはもう聞こえない。あの木の葉も、差し伸ばしてくれたか細い手も、甘酸っぱい木の実は脳裡に蟠り遂げている。

 何も動かない。何も、だから――今だけは手を伸ばす。出会いはそれに手を繋がないが、指先は蔦と化して生えた。伸びて伸びて、終着を彷徨う敵に向かう。

 敵は、味方の体液を啜っている。自分は、蔦はその敵の牙の歯間を縫うように挟む。次第に上前歯は自分の物に絡まれる。


「早く!」


 答えは決まっていて、それを勢い良く引き抜く。

 血液。敵から緑色の血が、溢れ出した。


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