3

 静寂は嫌いだ。

 いつだってそれはどこからともなく声を吸い込ませて、いつまでも独りだともう一人が背後に忍び寄ってくる。生者はいない、死んでしまったのだから。死者はいない、人と呼べる死なんていないのだから。

 激しく、むごたらしく息をしないことを死だと、自分はそう考えている。そのむごたらしい中で、あの腐って焼けた火薬の匂いを嗅ぐのだから皆安楽しよう。神に祈るために仰ぐ目も唱える喉も必要ないと棄てるのだ。

 そうして残るのは、乳白の骨、黒炭の肉上、そして平等に振る灰。彼らはそこから肉を得て天に召されると聖書にはあるが、生きた者は見送るだけと記憶している。

 自分には足跡すらも絶たせ音すらも消えて、か細い息のみが微量を吹くのみ。誰も気づかれない時は、埋もれる足跡とよく似ていて、朝も昼も影や瞼の裏を使っては生きた自分を襲おうとしている。

 それがごつごつした質の悪い大地と変わって、蝋擦ったフロオリングでも変わらない。ここの世界の死は二度ある、一度は肉体的な死に二度は忘れられる意味の死。死と同じ冷たさが、足裏によく伝わるほどしか変わりなかった。

 それは、嫌だ、たまらなく厭だった。だから話し合いの合間に雑談を縫った。事前に用意した捕獲用の道具を引っ張り出す際も、口数を減らすことがなかった。彼は寡黙だが無口ではない、死人の最も容易な判別は喋らないこと。それがないように、ないと言いたいように、自然と口から何かを発していた。

 あまり覚えていない、趣味の話をしようにもそれとは無縁の世界に生きていたから答えもそう面白くない。自然と耳から通り抜けては、また質問を投げかけていただろう。睡眠剤を練り込ませた罠、非常用のロープと網を拵えながら、ヒヨの後ろ背を追っていた。


 渡り廊下から差し込み始めた光を浴びると、脳裏に殴打が走る。痛みはない。痛みとも言えない軽い衝撃の正体は共通して、遠隔作動させた本機のエラーに関係する。

 この身一つだけでは心許なく、首都には自分と寸分の狂いない装置を首都に置いていた。異世界から持ち込んだ薬をドラッグとして偽って売り捌く。繁殖させることで脳を一部分食っては、補完させて装置に接続する。簡単な試みだったが都会のネズミが異様に繁殖しやすいように、人数はある程度確保されていた。

 こちらの世界の草とは違って、こちらは自在に神経を潜り抜けられる。違法薬物と混ぜて売っている為、副作用に苦痛は確かに伴うが、表層的に異変が起こらなければ問題はない。この世界の薬物が味あわせる苦痛を、表立って出さなければいい。

 脳の神経にまで影響を及ぼせる人間なら造作もなく、凄絶な苦痛を体内に抱える人間を無表情にさせる。簡単に言えば側葉体の内部にある偏桃体の浸食。都合があれば視床までの自律性を停止させて本機からの電気信号を無抵抗で上書きさせる。言語機能と運動機能を、神経からある程度乖離させるのだ。そこから消費者は苦悶を強かれたかは知らないが、あの薬なら副作用が顔に出ないだけの違いだった。


 ――操るには申し分ない


 繁殖能力もだ。未経験としてその線を避けてしまったのだが、消費者が非消費者の性行為での感染は確認した。上下の口も同様、常連が摂取させて浸透しきった体との接触なら尚良い。調子が良ければ、例えばバレーナだったら汗からの感染も可能に近かった。


 ――だが


 瀬谷は強力な自生よりも先に、最重要である遠隔操作の線に触れていた。自分が用意した薬草その物は効力は低い、外部の人間の魔力が力を加えてからこそ発揮する。それ故本機の接続は、絶対条件として繋げざるを得なかった。


 頭部の衝撃を確かめる。

 これは、潰れるというよりも断たれた感触。昨日も似た感覚がある、それもまたバレーナを見失った時だ。だが違うことは、それよりも複数回の断線が過ったということ。つまりは、瀬谷に送り出した複数体のラジコンが機能不能に陥っている。生体反応すらない、例え彼らが死んでも動かす気概はあったのだが、いやそもそもまったく探れない。どこにもなくて探しようがない。


 ――嘘だろ


 この術をとる限りは、いずれ機関に知られるのは仕方ないと分かっていた。昨日の彼は詠唱をしていない、それどころか頭がおかしくなって自己紹介をしだしていた。

 だとしたら彼のアレは、あの金髪の上司とが生み出した奇跡的に反吐の出る連携。そう考えていたから、あえてあの上司を完全に引き離した状態での襲撃だった。事実上司は瀬谷の負傷からで監視を任させて部屋に居座り続けて、そして翌朝に帰った。彼がいない上での瀬谷の襲撃は容易だと、そう思った上であった。


 ――アレが


 瀬谷が、複数体を遮断させたと言うのだろうか。

 となると彼は、昨日の経験で攻略の糸口を掴んでしまったということになる。だったら呪文をどこへ出した、いつから詠唱していたが疑問なのだが掴めない。唯一分かっていて解除を担っただろう上司は、瀬谷が起きる前に外を出た、それを確認済みした。


 ああ、なら、じゃあ、どうして。


『イブ?』


 心配そうな機械音。それを耳にして顔を上げると、ヒヨがこちらを見下ろしていた。整って、硬い顔とはらしくない、眉尻を下げた面向き。それを以て佐藤イブに赤い目を向けていた。赤いが、血ではない。太陽を煮詰めた、もう届きそうのない生気を宿している。白い睫毛がしじまにまばたいた。彼は寡黙だが、雄弁に心配と語る。

 何でもないとだけ、佐藤イブとしていらえた。

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