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 三輪春彦、機関においては国内中枢を担う首都の役員かつ、協会の名門三家の一角「三輪」の背信者。権威を背後に寿命を伸ばしている、同族たちとやら三輪型の者どもが一番に唾棄する存在だ。「三輪」は、異世界を容認する「桜庭」と容認どころか介入もする「庭三」とは異なる。異世界があろうがなかろうが、祀るものが外の世界では有り得ないと否定する。この思想の極致で持て囃されるが、未だ外部からの調査を断っていた三輪だ。

 その至高の一人が抜け出し、五体満足でそれを暴く職に就いた、三輪型からしたら黙れない話なのだろう。それをしたり顔で使役する機関も然り、協会の人間が機関に頼ることがないのが多い。極端に言えば、機関に頼むという行為そのものは神秘と信仰の否定に関る。これに拘泥してしまうから、機関よりはまだ仲間である庭三に頼む。


 ――本当は機関に全部頼みたいが


 七面倒臭いが、三輪型は現実世界で立場をつくる以上は体裁を気にする。北条家に関わるカミサマの破壊とやらは協会で処理した方が、内部からの反発も少ない。庭三に依頼するのも反発が無いわけではないが、「死体処理係」か「死体傀儡係」かを選ばせたら明白だ。

 その辺りは、どこか倫理的な線を超えないと三輪型の人間には、機関に頼むという発想が出来ないのだろう。もっともヒラサカのような狡児こうじを飼付ける以上は、庭三が死体処理で事を終えるとは考えにくい。だがそれはそれだ、庭三が慈善事業で事を引き受ける訳はない。それはまた、下手をすれば足を取られるから自分の裁量が試される。もっとも、多少の出血を恐れなければ得るものなんて初めからないが。


 気付けば腕の中で銀が降りたそうにもがいていたので、そっと床に下ろす。三輪の紹介は聞いていたか、目線を合わせてお辞儀をすると別の方へ歩き出した。まだ立つことが慣れないか、這う這うの体で客人に近寄る。手前にいる三輪ではなく奥にいるもう一人の男、松山に寄った。


「このひと、いい匂い」


 眼前まで寄り、ひとり松山をそだたく。腰に手を回してふかく、自分がする仕草を真似するように、松山と自らの頬を擦り合わせる。後姿から歩いた拍子に着付けた和服の袖の緩みが見えたものの、松山の顔に嫌悪はない。

 当たり前だが、苦笑いを浮かべつつも悪くないといった表情で受け入れている。いい匂いか、自分には分からなかったが、銀は良い子だから繊細に物事を押し図る。彼にしか分からない、純朴な何かを知ったのだろう。


「申し訳ございません、ウチのが」

「愛らしいですよ」


 柔和な笑みを浮かべている以上は、松山はみだりな妄想も浮かべていない。銀はやや子供っぽい様子が目立つが、体は成人男性を成す。重くのしかかってしまうが、よろけながらもなんとか支えようとしている。気紛れで幸せ溢れる銀の慈愛を、誤解することはない。そこに安心した。引き剥がそうかと思案するが、すぐに嬉しがって銀の喉奥が高くなる。そっとしておいてやった。


 ――アレが松山か


 電話口では三輪が応対された、声も姿も初めて聞くがどこか可愛らしい。聞けば、歳は銀より三つ下らしく、若さはまだ可愛げとして残す歳だ。懐く銀に手を回さない程にはまだ動揺しているようだが、好意は察した様子だった。頬擦る甥に、親愛を返すが為抱擁を許すが接吻までとは行かない。既に銀の中では挨拶とかした口付けを、松山は躱してだが好意は手にとる。男性で、雄だが獣のいやらしさもなく、大きな手だけは信頼を呼ぶに相応しいと優しく触れる。こういった接待は、元から役員として慣れているのだろう。

 松山映士。機関首都の頭、松山家現当主の実子……と戸籍上ではそう扱われている男。関係性としては、首都に携わる三輪春彦は松山映士が編成する精鋭部隊の監督も勤める。

 つまり松山を引き連れている時点で、端の班での関わり合いにもなるが、これは三輪から説明された。機関も機関で自身の立場から「協会の介入」は重く見ていると同時に協会の真核である「神秘」を尊重する。仮に、もしも本当に不思議な神様の力があったら、対人情報商団は成すすべはない。その為一度使い勝手がよく、使い捨ての利く少数集団を利用する場合は少なくない。


 ――通称「腫瘍「T」umor」ね


 Tの良い噂は、残念ながらあまり聞かない。少数精鋭とは聞こえが良いが、実際は機関のビジネスライクにすら合わなかった異端中の異端だ。

 その一人、本家でさえも出入りを禁止されている一個体にして一兵器の瀬谷鶴亀を彼らが従えている。Tの悪名の大半は瀬谷に依るもの、噂の誇張を越える狂人、小説よりも奇な事実の擬人化、厨二病。とかく臭い話が蔓延しているが、今回は彼は同行しなかったらしい。北条家から聞かれる話なんざ聞きたくはないものの、誰も彼も瀬谷にだけは恐怖を示している。瑣末な三輪型でさえもならと、よく覚えてしまった。自分の計画であれ、子金の目的であれ瀬谷の介入は心配だったが、どうやら今回はないらしい。

 安堵して見渡すと独り、子金がこちらを睨んでいたので目を逸した。彼も立ち聞いて瀬谷を恐れてしまった、ということだろうか、なら今までの不機嫌さも無理はない。だが、この和やかさではいささか棘が目立つ。不思議そうに、まだ無害に見える三輪が子金を捉えていた。


「……彼は」

「子金は……彼は私の息子、北条家嫡男といったところですね。妻がいたのですが協会以外の者は人に非ず、といった風習からつい最近まで会えずじまいで。病弱だった彼女を看取って、そして私と同じ素質があると分かってやっとです。彼女には苦労をさせました」


 これには多少嘘は用意されている。銀がいる以上は妻帯する意義はないが、その辺りは上手くやりすごせない訳にはいかない。三輪型の中には、少数派だが一般人の感性を持ち合わせている人物はいるが生き辛い。

 その彼らが性の発散として、あるいは愛とかいう幻想曲を歌うために選びやすい。今回は、首都に通達することを考えて露骨な態度は避けたかった。表層上の演技であれ、それが記録になる以上言葉遊びでは済まない。


「ご子息がいらっしゃると聞きましたが、そうとは知らず……申し訳ございません」

「いえ、私もこの身で投じた者として、無責任であったと承知しています」

「しかし、彼もまた北条の血を?」

「ええ、ですが妻は子金の為に一般人として手塩をかけて育ててくれたのです。妻の骨すら奪われ、頭目争いの負け犬だなんてすっかり言われてしまっていますが……私としては銀にも子金にも、このようなことはもうさせたくない。それが私に残された、家内からの意思だと存じています」

「素晴らしい……こちらも是非とも、協力させて頂きます」


 すべて嘘ではあるが、経緯としては協会に起こりうるそれらしいことを陳列させた。この情報だけでは追求する必要はない。非業の死を遂げた先代達、残された神体を討つもの、一般人としての隠匿を望む実力者。陳腐だが、この筋書きが通りやすい。

 「神体を滅して駆け落ち」するという点でも、機関は協会の内部を察している。自分が機関ではなく庭三を選ぶことも暗黙知で聞くはずはない。神体が機関に関わる、ということは本来避けるべきとして念頭に入れている。


 ――それに


 自分は神体よりも、価値がある情報を手にしていると自負する。何も機関は善意での活動ではない、だが要は見合うものがあれば良いのだ。今回の場合一般人数人の社会的救済の引き換え、そこから鑑みるとむしろ釣りが出る。


「本題に移りますが、貴方が首都に協力される。これに変更は?」

「ええ、私が


 だが、これについては子金には言っていない。

 行ったところで子金、ではなくあの男には何ら関係がない事項だ。神体は、元々は自分は神として祀られて、本能と衝動のみを残したあれだけを置いて人間に化けた。これについてのシナリオは三輪に事実として聞かせたが、とんとん拍子にここまで来た。北条子金は、機関の中では元神様と人間のハーフだとかの情報が植え付けられる。だが以前から、自分が泣く泣く息子を巻き込まないでくれと頼んだ。

 子金は目を丸くして立ち尽くしている。向ける視線は、驚愕。それはあたかも、そう、北条子金が神様と人間の血を引いたハーフだと知らされたことのように。

 ただ、だ。それは自分が考えた見栄えの良い言い訳、機関が出した見解だ。決して事実ではない。多少、神体に関係があるという意外性には驚くかもしれないが、少し過剰ではないだろうか。


 ――とすると


 現在の神体の一部に自分が混ざっている。そして機関が今のものに目をつけるという危機感からの表情だろう。相変わらず、心配性というか神経質な男だ。


「ごめん、言ってなかったか」


 ひとまず、父親ふうにそう言ってみる。

 情報を売りにする機関、彼らの手にかかればその嘘も見破られるだろうが、その前には神体は鎮められる。

 子金の目的は、今の神体の破壊だ。原初たるホウジョウイチカ

 が暴かれるのを避ける為ではなく、自分の秘密を隠した今の神体を壊すため。


 ――けど


 何故彼はこうも、怒っているような目付きをしているのだろうか。

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