6
身内が、リバーシを好んでいた。
本来は端麗ではある見目に沿うようにして、チェスが好きそうだの周りは口々に叩いていた。だが現実、駒の形を格好いいしか思わない彼は単純にコマの数を競い合うリバーシを選んだ。チェスは嗜み程度には遊べるが、死ぬまで彼に勝てなかったのはこのゲームだけだった。常に茶を、チョコレートを側において一局交える。生きていた頃はそれを週末の習慣にしていた。
そして古今に至り、それは仕事としての意味合いを変え、だがゲームとしての意義を残す。単純に、部長が一枚でもリードしたら、自分は報告を一つ呟いて逆転をしなければならない。そうしてこの世界で全戦全分を保っていた。
「僕が選ばれたのは使い捨てだからを前提にだ、大事なのは機関の人間であるかどうか」「断言するけれど、幹部自身が自分らは三輪型ではないと自覚している。子金から裏は取った」「実は僕のために命からがら助けてくれて、彼はすぐに死なないことを知ったんだ。そして彼は、ユメは薬で暴走を抑圧されたものと語った」
部長はというと、相変わらず見てくれだけはいい。貪欲さは他人の欲に聡く、羨望の色素を
部長はこうして他人の意識の中に入り込み、本体に向けての情報収集を可能とする。
不全の松山を除いて、五人だけで十分な情報を得られるが、共有はしない。共有してしまえば、裏で進めていたことが都合良く攻略出来て周りに不審がられるからだ。だから瀬谷は何をしているか、何を得ているかはこの世界で聞くことはない。
「庭三の代わりに教えよう。北条子金は神子だと言われている」
今みたく周囲が言うであろう情報を先に伝えることはあるが、それのみが例外だ。それは分析を潤滑させるためだけにある。彼は答えを与えることはない、考える時間を果てしなく与えるだけ。
「更に駄目だ。それに僕のために一部であれ神様ではあるユメちゃんを攻撃した、薬物投与を良しとした」「僕が子金なら、腹の足しになるワンをそのまま見殺しにしていた。だけど彼は僕が殺されることを恐れていた」「それなら神子は嘘だろうし……その役割を認めた北条家も怪しい」
「つまり?」
「北条家は異世界人を飼い殺ししていた、前身は異世界人を手に入れただけ。そう考えるよ」
快く、部長は頷いて最後の一枚を捲る。ざっと見て32枚の赤と32枚の白、また引き分けになってしまったらしい。だがもう一戦とも口に出さず、静かにポケットにしまう。薄味だが証言としては終えてしまった合図だった。
機関は、確かに神秘を問う要素はあるが、根幹に異世界と現実世界の関わりがある。それを否定する以上はある意味でも協会と言えるが、それさえ出来なければ機能がどうあれ違う。
そして肉薄の幻想は恐怖を与えやすい、異世界の場合はあまりにも距離が近い。協会の人間でもその感情がないとは言えない、だから北条家は三輪型を貫いている。
――利用すれば化けるけど
恐らくは数百年保管できた時点で、ある程度の親交は考えられる。運が良ければ小国どころか大罪国だって可能性はある。
だが北条家の現状は凋落の手前、長期的な関与を当たり前とする異世界側は見越して手放したか。あるいは異世界人が消えたことすら知らなかった、それもまた有り得る。小市民なら特に、人ひとり消えようが世界は回る。国次第では権限すら低く、探し出そうとも思わない。
北条子金は半不死という特性上、協会相手にも表沙汰には出来ない。残機を持ちうる生存は、人間から見ても特異だが、その彼すら異世界を認める。これで、彼は異世界においての関わりはゼロとは言い切れないことは示唆される。
――証拠はあるけど
となると、彼は初めから機関への要請を望んでいたことになる。家は三輪型を保ちそのまま緩やかに足を洗い、狂った
――薬物
どこまで意思を残しているのか、種族は人語を解せるかは置こう。彼は強制的に薬物を埋め込まれたと子金は言っていた。経験者から言わせれば、複数回重ねることによりどんどん餓えてしまうのだ。その為の資金の削減から、神を処理したいのも間違ってはいない。
『イルディアド家にしか所有されていないような希少な植物』
彼はそう言っていた。イルディアド家、生きた天才を排出した、植物系なら知る人ぞ知る名家。彼らは現実世界だけでなく異世界の植物も収集している。
――異世界だ
機関的に考えるなら、子金が望むように考えるならばそれは異世界のみ自生したものと考えていい。自分はそれを知らない過程で生きているから、細かな分析は出来ない。そもそも今回は瀬谷とも連絡が取れないからその望みは捨てている。
これは後で子金にそれとなく聞こうと留めて足を戻す。妙に寒くも熱くもない黒の床を。
「一ついいかな」
「なに」
「何故姉の方と会話を? 妹から聞き出したならする必要はないじゃないかな」
露骨に舌打ちするが、出歯亀は微笑んでいる。そこまで覗くことを趣味としているなら、もう人権なんてないも同然だ。だが奴はそれを言う度拗ねるなだの理不尽なことをつらつら言い出す。
見通されている。手の甲で鼓動を撫でて確認もするだろう。桜子に抱いた感情を、彼が知らないはずはない。ただ救いは、同じ姓だとして彼女を呼び捨てにしなかった。していたらティーカップで溺死させていた。
あの顔、桜子の見せた表情は今も脳裏によぎる。実に、悲しそうな顔だ。情報的死、社会的死した自分には向けられないはずの表情を向けられた。紙すらも
故に押し負けてしまった。だから、いいや死んでいると言い返せずに有耶無耶にした。自分はまだ生きている、嘘はつけさせないと彼女は自分を見ていたのだ。
「瀬谷なら必ずやる、それを僕がしないのもおかしい話だ」
「なるほど愛か」
「……」
「失敬、なら恋しているとして」
「生きていることに妬いてるから、それでいい?」
「可愛い子の前でみっともない」
「僕達は犬だよ、知ったこっちゃない」
派手に笑うことはないが、人生は喜楽に満ちて怒哀はそのアクセントのようと生きる。人格として二度と付き合いたくはないが、話を合わせ、楽しませる時は適度に乱す。認め難いが、幽かに乾いた喉に紅茶を潤して会話を投じ続ける。いやでも、美味しく感じてしまう。
――調子が狂ったが
自分には仕事の為に残したはずの感情が、知識から体部に変わっている。肉片として、じゅくじゅく痛めつけて縫い合わせられた。桜子と会話をして、この生活は嫌だと助けてくれと願うことはなかったが、どこかで軋む。だがそれは悪くはない。だから奈落にいても狂いきれずに、瀬谷と性に合わないのだ。
彼女の最後に見た顔が浮かぶ。ぎしりと心臓の恐悸それも噛み締めながら生きる。生きたかったんだと、抱えるしかない。
「今日はついはしゃいじゃった」
「人間に戻る気は?」
「お願いしたくて来たわけじゃないんだよ、君の姿は死ぬほど嫌いなんだ。あの子を肴にして寝る分には良いが君との夢は見たくない、つまり前払いだ」
「犬は夢を見るのか?」
「……」
「いや、何でもない」
戻ることはないと、それは何千回も彼に言った。もう戻れない、戻ったら進められないからこのまま、このまま果てるまで行く。後悔する前に、戻りたいと思うまで短い足で歩く。それ以外の弱さは海に捨ててきた。
死人は口無しだ、それが便利だから死人は起き上がっている。骸砕いて、生者の歯車を火花散らす。
「……それに桜子を泣かせた、逃げるのは有り得ない」
「まるで人間のようだ」
「君らよりはずっとだよ、ばあか」
彼女はいても、この道は変わらない。その光は星として届かない、暗い闇の中、紙に置かれないインク瓶の底に沈んでいる。ああそれでも生きていると思ってしまうのは、よほど自我のある死体らしい。
自嘲して、だがすぐにでも決めれる。狼狽えてはいない。静かな温度は自分を是と肯定してくれた。
このボードは内蓋としてやや厚く作られている。片付けた盤上を開け、中に仕込ませた拳銃を手に取る。小さい手に十分収まる為の、レディース向けの小さなもの。用途は覚えている。弾は、ここに来る前で装填されている。安全装置を外し、こめかみに当てた。目の前の部長は変わらず、顔を歪めるなど醜いことはしない。相変わらずの呆れと、君らしいと言いたげの、自分をここまで連れ出した気高で見送る。
これもまた儀式だ、自分と彼だけの。こうすることで自分は選択できるのだから、こうして現実まで生きることが出来る。
そして引き金を引いた。
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