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「はいはいワタクシが」


 ひょっこりと大女。三六九時中昼の影ばかり食べた色の髪と瞳を携えて、愛嬌のある笑みを浮かべてユメを抱き上げる。そのまま都夜子の後を仲介屋と同伴するが、それでもなお彼女は頭一つ分に大きい。巨躯ノルン風には柔らかい色合いが大分ミスマッチに、通りすがる関係者に会釈する。つられて同じ者に挨拶しようとしたが、彼らは自分を見るなり目つきを変えた。露骨に、細めはしないが品定めをする目。相手にするまでもなく逸した。


 ニワミノイヌ イヌガキタ ナニモナイ アアホウジョウノナガ


 と、義手の弊害かここでは通常聞くはずのない小声も拾う。別段、体型についてはずっと前から慣れていたから気には留めなかった。もう何も驚くような精神ではないが、ここは「北条」らしい。なるほど、それなら北条子金という人間を紐付けることも出来る。なんの事はない、ユメを所有していた家は実は北条家だった。


 ――ただ


 庭三の犬ニワミノイヌというのは、正しく自分のことをさしている。この場合の犬というのは蔑称だが、義手が感知する範囲では自分を機関の人間だと指さない。普通は、自分は部長の犬という認識なら真っ先に機関の犬か、部長の犬かだ。認めたくはないが普通はそう指す。


 ――僕は協会の人間だと?


 信じがたい。

 子金の思う通りに来てしまったのだが、北条家まで連れ出すことを目的としたなら不明瞭だ。彼らは神とするには、手の焼けるユメを処理する為に庭三に依頼をする。そしてどうしてか、機関の認識すら怪しい自分を借り出した。だが都夜子の口上では北条家の身内である子金を前に、ワンは機関の人間だと赤裸々に語る。つまり「機関の人間がいる」ことすら、現時点では北条家の中で子金しか知り得ないことになる。

 確かに、協会は機関の介入にはいささか懐疑的である。それは機関自らが綺麗事を立て並べても、覆いきれないほどの利害を過去に及んでしまった。特に三輪型なら機関への見方は過激的になりやすい。


 ――自由な発想とは聞こえがいい


 ユメを半端な方法で倒せないなら、桁違いの火力を叩き出す瀬谷を駆り出すことも可能だ。だがそれは、異世界と関与しないと断固として出張する三輪型の姿勢と矛盾する。その見た目を誰よりも気にするものだと考えていた。

 一通り巡らせて、だが説明不足が残ると都夜子の背中を見る。この状況は、彼女が深く知っているはずだ。


「つーちゃんさ、僕調査しろって聞いたんだけど、討伐みたいなふいんきで嫌だな」


 友好的に、かつ距離を感じさせない程度に親しい調子で。我ながら呆けた容姿に似て馬鹿っぽいが、周囲の雰囲気がザワつくことはない。周囲の認識は「ワンは庭三の人間である」という見方は間違っていないらしい。


「ユウさんが我儘言うもので……いやあでも手荒にはならないようにやるんで」

「嘘つき、僕いらなくない? 帰っていい?」

「そんなあ、ユウさんの綺麗さに神も見惚れると思ってえ」


 対して都夜子は、それをあったかのように返す。常時嘘は得意としているらしいか、淀みなく黒い腹の底からつらつらと欺く。これも、周囲の反応に異常はない。多少一人か二人、顔に翳りは見せたがアレは都夜子の言動のある種の神仏への矮小化神も見惚れると思ってえが起因する。何にせよ、訝しげに視線を辿らない。これだから庭三家は、その嫌悪のみか。


 ――となると


 三輪型としてのある程度の崇拝は、保たれている。社会的には落ちていても、北条には神への信心はあると見る。ここで皆が皆、機関へ依頼することは考えにくい。子金かもう一人の誰かが独断で機関が関わると知っておきながら、北条家に嘘の連絡をした。こういった構図で間違いないだろう。

 加えて、予測は間違っていないが、自分はユメを討伐すると示唆する言葉を添えた。だが北条家の周囲の人間は、誰もそれを怪しいと思ってはいない、ひとまず、そこまでは考えついた。


 ――だが


 北条家そのものに利益があるとは考えられない。助けようが何であれ、機関は情報を対価にする私的団体だ。独断での依頼は北条の存亡を大きく左右する。では何故北条の誰かは、機関ぐるみでの依頼をしていたのか?


 ――ああそう


 一つ、明快な思案を完結させたが今出すのは早すぎる。

 つついて、都夜子に身を寄せる。恥ずかしがり屋なんですよおこの方と、おどけた拍子で彼女は言うが特に振り払う気もない。これもまた嘘をつく度胸はあるのか、彼女は余裕気に玄関へと向かう。

 その歩幅を合わせて、彼女の袖から素手、生身の腕に触れる。


 ――伝えろ


 答えより確実な、予測より確定する予言を。

 彼女は歩みを乱した。カンマ四秒につき一歩を、カンマ八秒にまでの一歩に一度だけ変わる。動揺か、思考の停止か。それをユメの重みに耐えかねたと、些事と処理したフリをして近づく。


「……子金君怖いし、よく分かんないよ」


 よく分からないから、分からせる説明をしなければならない。思考は、結論は幾つかの分岐に立たされているが都夜子に真実は求めていない。誠実かどうかだ。犬相手だろうが何だろうが、易く酷使できるほどには庭三は偉くもない。


 ダカラエラバレルンデスヨ


 ふと、声と音の間の子がそう自分に話しかけた。呟きではない、ただ自分に向けて賞賛か侮蔑かもつかない。だがそれは、飼い殺すものでもない。むしろ、そうしてくれと暗に言わんばかりの言伝。


「桜君が話してくれると思うので、それまでは」


 そう、彼女はにこやかに答えた。阿呆な犬にではなく、狡い人に向けて。

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