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 ソフトクリーム信玄味税込み500円。

 風光明媚と謳う富士の厳峻の如きソフトアイスに、火山灰を意する黒蜜ときな粉をまぶした一品。名物商品として幾度となく使い古されそうなものを、長談の幕間に差し出された。

 子金と仲介屋の席を移したところ、控えめに〆たというのに掠った血糊は微量でも鼻につく。香りとしても甘さとしても、我儘なお姫様としても控えめなものとしてセレクトを。そう、彼は言っていた。


 そして相変わらず、一期一会ほど綺麗でもない汚い世界の住人というのに気配りは良い。まだ再生中途の気絶した子金の傍、空っぽのドリンクホルダーに缶コーヒーを入れた。確か軽く神経を切ってやったのだが、即死状態なら確か数分で再生したもののどうにも遅い。つくづく面倒な能力を持っていた。

 アイスで喉を潤している間、運転を変えた仲介屋から今度はお返しに自分の話と率先した。それは子金には言えないいやらしいことかと、まだ熱いコーヒー代わりに茶化したが


「そのままガッツいてる姫さんに何も思わないな」


 なるほど、喉奥にスプーンねじ込まれても致し方ない男だ。喉に通るアイスは、まだ素朴で甘くて冷たかった。


 仲介屋曰く、新事業として庭三との接点を図る、というのは自分を呼ぶための口実であった。

 庭三との接点はこれが初めてではなく際会による借りをつくり、彼女らが願ったとのこと。そしてそれっぽい依頼のようなもので誘き寄せるために、語学に明るい部長でもなく自分が抜擢された。自分と言う、最早住所不定な男ではあるが仲介屋が会得した言語は確かに心得ている。そして庭三は、協会の中でも海底の陸地すら繋がっているか怪しい孤島だ。

 今もなお首都が監視する部長よりかは、名前だけが死んでいる自分を指名した方が怪しまれないらしい。


 続けて彼は、仲介屋は国内での本職を務める際に奇怪な出来事に遭遇したと言った。

 仲介屋とは、仲介屋だ。バックコンサルタント、姿かたち指紋すらも任意に変え個人の特定を困難にする異種の血を悪用した者。千変する容姿を生かして誰のものでもない顔を作り、誰かのために死ぬ者を仲介して売りつける。

 通常、彼はここに行かずとも本地だけでも十分稼げるのだが、そのクライアントは多岐に渡る。

 古代から栄光で盃の縁を輝かせた国の者だ、フリーランスから暴力団の末端に至るまで彼の顧客だ。斡旋牙行を主軸として担う彼の仕事にも、本地のツテで国外に飛ぶ場合もある。よからぬ者どもが団体として活動する上で、この時世では海外との関わりも欠かせない。


 国内でも本地の資金運用の為、反社会的物品の売買や資金洗浄マネーロンダリングの中継地として構成員を派遣する団体も少なくない。

 その海外ここでの仕事として本地から命令された邪魔者の排除もある、要は効率の良い処理屋だ。だが団体によって制約や監視がそれなりにゆるければ、暇をする者もいる。あるいは途中本地の本部が抗争で消失して、稼ぎを失うものもいる。


 字通りを削りあう熾烈な日常と、糊口を現実の板挟んだ者の典型の末路だ。そういったものの為にも、仲介屋はカモとしている。


 その客の一人、滞在中で抗争により親元を失ったバレーナもその一人だった。ごまんといる客の内の一人だが、住みかの四畳半に貝殻が所狭しと並び、目は澄み切った青色だとかでよく覚えていたらしい。

 その彼からいつもの通り、別の組織での委託処理の契約に伺ったが自宅から戻ってこなかった。そしてそれをキッカケとして、国内の客たちが都内を中心にまばらに姿を消えていた。


「そういう住人ならいつ消えてもおかしくないんじゃないかな? いなくなったとしても君に足はつかなさそうだし」


 アンダーに生きる者たちは地下室に咲いた花だ。誰にも知られず、知らせる力もなく人知れず咲いては枯れることを繰り返す。それに気まぐれに水遣り生かす立場が、それを一々気にするとは思えない。

 仲介屋はズボンのポケットから一つ小袋を取り出して見せつける。ピンセットと中に一粒、生っぽい深緑の物体が入っている。水気を含めたそれは、袋の底で張り付いていた。


「消えたやつに一人気性の荒い奴がいてな、何か棚の上まで探したらこれがあった」


 緑の泥、仲介屋の異種としての勘だと異世界のスライムに相当するか。


 ――スライム


 代表格だとあの王だが、強い制約により表では現実世界に動けない。仮に極秘裏に、としても暴れて飛び散ったから回収しきれなかったはあまりにも杜撰だ。


「まあでも、催眠じゃないかな、不自然な失踪なら」


 仲介屋の返答を聞かず、唇から捲れた薄皮を軽く剥いで小袋に入れる。

 それに触れた泥は忽ち活性した。皮を捕まえ、小さく触角を伸ばして皮の全体を覆う。こぢんまりと、若葉を発芽させていた。


 ――これは


 だが曖昧な返事のままにして、何だったんだろうねと仲介屋の前でおどける。自分は、瀬谷や笠井よりも異世界に疎い。魔法もそのつもりだが、科学的な手法と発想と手順の上でも成り立てるのなら、推測は可能だ。

 知らないふりをしなければまた厄介なことになると、直感した。自分としても、仲介屋としても、ヒラサカユウとしても。


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