【ワン/ダイスキ】1
……ああ覚えてるよ、懐かしいね、その名前って庭三の姉妹ちゃんから聞いたのかな? まあどっちでも良いんだけどさ、どうせ君に届くぐらいその名前の価値って奴は摩耗されているだろうし。ただ物体みたいに扱うのはやめてほしいなあ、なんて、名前って冬の雪で春の桜で夏の蝉で秋の紅葉みたいなものでしょ? 違う? よく分かんない? それも良いや、僕にとってはそういうことだよ。
何、可愛い名前だから気になったりした? それとも、数年くらい付き合ってきた得体の知れない男の名前が知れて嬉しいとか? 別に今呼び捨てようが、このままワンって続けようが僕は良いけどさ。
――比良坂、どうしてそうなった
……そういうの、親しみ込めて悠って言うべきじゃないかな? いや、でも悠って言われると僕は気安く話しかけるな、昔のことはやめろって言うかもしれない。うん。多分どの道聞いても僕は不機嫌になるだろうね。死んだ名前を呟くのって、死姦じみた手慰めにしか思えない。
どうしてそうなったかね……そう言えば、運転席にいる彼、子金君、彼ユメちゃんが結構美味しく食べちゃってさ。あれ見てると僕は美味しくなくてそのまま捨てられるだろうって思ってた。それが、僕の目を見て綺麗だって言って、だからって襲い掛かってきてさ、迷惑甚だしいけど、ちょっと嬉しかったりするよね。
君は、エグチでもなくて仲介屋か。でも仲介屋もなあ、君本当の名前とかない訳?
――■■、幼馴染だけがそう言っていた名前
……あっそう、じゃあ僕が言う義理はないね。良い年して幼馴染しか言ってない名前を守るだとか。そんな夢見がちで痛々しいなら、僕なんか言うには勿体無いね、仲介屋で続行……へえそうかあ、■■ね、変な名前だ、変な名前で珍しい、まるでそれが特別だって言わんばかりに、それ子供の頃つけられた名前かな? それを守るって、案外メルヘンなところあるんだね。
名前、名前かあ、本当に価値もない。僕にはもうただの記号にしか見えない、朝のパニーニよりも歯ざわりの良いラベルだ。それさえあるだけで人間だって思えちゃう、思ってしまう物だって思うよ。
比良坂はね、比良坂悠は死んだよ。比良坂悠という男は、君と曲がりなりにも協力関係を結んでいたらしいし、比良坂悠という一般人は君をよく知っていた。だがもうそれはいない、僕はワンだ。情報機関の末端に位置する
比良坂悠は、確かまだ船舶事故でまた遺体が見つかっていない。老朽化に伴い、杜撰な管理の下で運用された故の事故死だね。正確にはまだ行方不明で、死亡を成立させるのは先とか言うけど、ま絶望的だね。孤児院出身で身寄りのない彼を救うものはない。そのまま一時はニュースの中の行方不明者の内の一人として十把一絡げに憐れまれ、適度に忘れ去られる。それが最も適した情報じゃないかな。
そう、比良坂悠は負けちゃったね。比良坂を生かして得る利益よりも、比良坂を死なせて得る利益が強かったんだね。でも無理しちゃったから、突如現れた変態セクハラ上司に余生を罰ゲームとして送っている。僕はもう人間じゃない、犬だ、犬に死者って言葉は使わないだろう? だから問題ないんだよね、ワンという僕は。あっ、ねえ子金君、後ろに糸くずあるから取ってあげるよ。
「すまな……」
……まあグロいけど気絶したね。
子金君、僕にはよく分かんないけど、土管おじさんみたいな生命の残機があるみたいなんだよ。本当に彼すごいよ? 首を引きちぎられても生きちゃうしさ。だから回復する前に、神経とか動脈のなんとやらを紐で括り付けてから見守ってあげた。そうすると皮膚も回復するから、紐だけが後頭部に突き出るようになってね、まあ死んでないから大丈夫だよ。ノーカンノーカン、というかあの子ちょっと若いし敬語じゃないの腹立つし。
仲介屋、運転できるでしょ? そんでもって、グルで何処かに連れて行こうってことも分かるでしょ? 庭三の連絡先も知ってるよね? 早く運転したらどうかな?
――変わったな
だから、比良坂悠じゃないって言ってるでしょ? 変わるも何も、比良坂悠は優男のまま死んじゃった……ああでも、僕は昔はそこまで暴れなかったんだよ? いや今も大人しい方、機関とか言う自称天上人の脳味噌が遥か宇宙のお花畑軍団怖いね、ホント。
――良いや、思い切り良くなったなって
それは昔から暴れん坊だって? ……君物言いは瀬谷くん並みに酷いけど、運転は好きだよ。安定しててよく眠れそう……だから、そうだな、今ここに比良坂の亡霊がいる。眠ろうとしている僕という哺乳類を使って、口寄せしている。
比良坂悠は負けてしまった。
かつては最上に煌めいたゴミを手にした、無価値の亡霊と成り下がってしまった。その戯言を聞くなら暇潰しにでもなるんじゃないかな? まあ僕が言いたいだけだ。
端的に言おうか、というのもクスリで少しキメられちゃってね。飛び飛びで詳しく言えないのだけど、僕は一般人でこんな世界に踏み込むはずではなかったのは確かだ。
親はいなかったが、親代わりの人がいた。伯父だね、伯父は雑誌の記者をやっていて、ニッチな範囲での物だったから雑誌としての知名度は低い。せいぜいそれを学問とする大学とか研究員ぐらいが見るものだけど、家に帰れば際限なく色々なことを話してくれた伯父が好きだった。その人の背中を見て、自分もああなりたいと憧れた、半分不幸で半分恵まれた家庭にいた。
で、人としての適正はあって、伯父と同じジャーナリストよりも別の道に進むか悩んでいた。そこで出会ったのが死ぬ直前まで上司だった奴だ。そこまでは覚えているよ。
で、ちょっとしたオカルトから運悪くこの世界を知っちゃって、君に出会った。あの時はまだ悪くなかったよ、どうせ大学のサークルで巻き込まれたからすぐに終わると思って……ごめん……ちょっと記憶の乱れがすごい……ただこれだけは言いたいんだ。
……ノエルエティを殺そうと考えた、その末路がこれだ。
謎の死で騒がれていたらしいけど、生きてるらしいよ、彼。僕はそれを突き止めて、どうしてか、覚えていないけど、殺さなくてはならないって僕は考えた。それで成功する前に死んじゃった。ただそれだけのことだよ。
ノエルエティってさあ、大仰な名前らしく御大層な成果を上げて、さぞかしここで愛されていたんだろうね。いや愛でられていたのかな、「僕が死ぬこと」か「彼が死ぬこと」を天秤にかけたら僕は真っ先に始末されてね。胸いっぱい溜めていた記録も一緒に海の底に沈んじゃったんだ。
――何が言いたい?
死ぬ前まで、その人のこと僕調べたんだよ? 神に愛されたから何処にも行かない為の全身不具者、そして地に降り立った後は誰もが歓喜する天才……でもその人もただの人間なんでしょ? 魔法がすごかったのはともかく、彼もまた何かしらの情報のお陰で価値を得ているかもしれない。そう考えると馬鹿らしくてさ、天才だとか黄金の君とか反吐が出るよ。
ああ本当に反吐が出る。一般人をこんな目に合わせて死ねば良いのに――って、僕は思うよ。
そんな僕の、もう誰も聞かない個人談があるから穿った見方になるんだろうけど、協会とか見ても同情しちゃってさ。
彼ら、秘密があるからこそ生きてるようなものでしょ? 心臓の位置が分からないから、今は殺せないって保留されてて、どこかでその罅を隠している。異世界だのトンチキな所からの人もそうだ、一瞬になればゴミになるものを、さも金銀財宝のように見せかけている。それをあえて騙されて買うものもいれば、都度用無しになればさっさと燃やす。
無情だねえ、無情な世界だね、悲劇のバーゲンセールしまくっててもうどんな顔すればいいかぼく分かんないや。
……って、比良坂悠の怨念がそう言ってたよ。どうでも良いけど喉乾いちゃった、パーキングエリア寄ってよ。
僕はね、ご主人様のご道楽で天才ごっこしているんだ。動けないことくらい分かるでしょ?
【メタい話】
読んだことがあると思ったことがある方、ごめんなさい。_(:3」∠)_
一日目午後編まだ始まってた頃、ワン編の初回(この回)出した直後に「これ展開的に一番最後にしちゃえば良いんじゃない?」って後で瀬谷編の次に持っていこうと考えていたんです。セコいことしてごめんなさい_(:3」∠)_ツギカラアタラシイヨ
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