【瀬谷鶴亀/无涯】1
【前回パートのあらすじ】
突如衰弱してやってきたバレーナ、彼の肉体にはなんと植物が生えていた。興味をもって瀬谷は職権濫用で研究しようとするが――
異変はすぐに。
そのまま部長との通話を終え、歪みまくった笑みを矯正して間もない頃に起こった。そのまま見張っているであろう柘榴とバレーナのいるリビングへ、そこに続く壁に手を付こうとするとよろけた。力を殺せず、勢い余って肩に激突するが妙に鈍い。想定した、骨への痺れを持たない。代わりに、持たざるはずの潰れた青臭さが嫌に鼻についた。
見遣るまでもなく成長を始めるが、既に片手が植物に覆われていた。植物だ。
浅く高らかに浮遊する生殖の菌糸よりも深く、地縛は根まで侵す。先程の不可解な無痛は手から伸びた茎がクッションになったらしい。壁にうっすら潰れた体液が塗られていた。
――何故気づかなかった
部長との通話からまず気付くはずだ。自分は人間だから自然とスマートフォンを見ながら押す流れで、そのまま手ごと注視する。目を離すスキはほんの数秒ほどだ。
――確かに興奮していたが
それも五秒もない、だが五秒もない異常たる成長は、機関に関わる甘美に相応しい。
青臭さが、そこに。
目前にそれは青々とした葉を見せた。文字通り
素手を漸く見たが想像はついた。痛みはないが、皮膚に裂け目を作りそれらは硬い茎を以て這い出ていく。毛穴という数ミリの細さから、数センチのものが割って割かれていく。蔦が、手型に覆い肌を見えなくしようとしていた。奇怪だが、出血で手が咽び泣かない。何もない、どうしてか奔流しない肉を植物の間から観察できる。そしてうぞうぞと緑の肉共が我のものと隠さんとする。
依然として痛みは感じられないが、少し気を集中してやれば痛痒ほどは感じられる。割かれる感触はそこにあるまま寄生されている。こうなってしまった要因、心当たりは、バレーナか。
彼の腹部に生えていた生花を素手で触り、正にその手が糧にされている。音はしないが、バキバキと剥離する実感だけが湧き出ている。これは、昔戦闘し損ねて頭皮半分ほど引きちぎられた時のものと似ている。熱はないが、代わりに脊髄を冷やす。燭台の炎、か細い吹雪に震えて、消えようとしている。
――早すぎる
バレーナと見た時よりも異なる速度で進んでいる。かなり早く、彼とは比にならない速度の重症化を早めている。
――魔力
否。バレーナの魔力の表れは特殊だが、レイアウトの問題であって濃度ではない。確実に瀬谷家である瀬谷鶴亀の方が魔力は質量共に勝る。だとしたら、それらに促進されるなら生花に触れて効く。そして通話中に進化を開始して、自分が気付かないはずはないのだ。
タイミングが悪いと舌打つ。あの時重症になっていれば気付くものを、どうして急速に出しゃばるのか。
――いや、待て
タイミングが悪いではなく、タイミングを図っていた。部長への連絡を後にするという任意であるなら――だが、理性が萎んでいく。血液を吸い取られている、深く太い針に生気が取られる。
生体が、停止に近い。
「
まだ侵されていないスナップ手前に片手を強く握りしめて呟く。視覚化された赤い線香が手首の上を渡り、軌道は割いて貫いた。次第に熱が急激に帯びる。脳が、生きていないと誤解し始める程に血の巡りが早くなる。猛烈に声として吐き出したい痛みを奥歯で磨り崩す。
荒い息を吐くが、流石に前準備をしていないせいか傷口から面白いほど出血が出ている。それを何とか、まだ力のある片手で患部で押し潰して結合させる。
これもまた魔法が必要だ、必要な詠唱が必要だが、痛みが脳への加速化を限界にして、情報処理能力を、痛い。痛いを言わない度に行き場のない喉が笑いそうで仕方ない。振動が喉を襲って、だが哭く前に息を吸いたく、痛い。
――死ぬほど痛い
だが死んでいないから、正しくは生きるほど痛いのではないだろうか。そうやって考える余裕があるくらいには、衝撃が次第に馴染んでいく。
次第に、水面に細やかに映る波紋まで至る。そこまで来たら多量に床を汚したせいか柘榴がこちらへ近寄ってきた。
「豚肉取ってこい」
そして第一に手を付けるべき元片手は、下に目を配るとすぐに見つけられた。ごろんと、自分の朱と対照に目立つ。それは運良く、手としての原型と肌を残したままだ。植物のまま、手は成長を続けている。手の原型がなくなり、さらに太い幹をつけても順調に。健康的なピンクの塊が、吸い上げられて新たな逆の生命に変わる。若葉、血管の上に萌えて、そのまま大人びて吸い上げる。枯れることを知らないまま、言葉通り骨の髄まで、汁すら残さない。
それは却っていじらしく清々しい程に自然淘汰を表している。観賞には良いが、柘榴の眼差しが心配から睥睨に移ろって、我に返った。
「あとトング、無機物で菜箸はやめとけ」
「そんなアホおらへんよ」
「それと奴の食器はしばらく触るな……多分、こうなる」
そうけしかけると柘榴が眉を顰めて少しぐだついて、だが即座に行動した。冷蔵庫の中、
「
受け取り、それを断面に擦り付ける。冷ややかなそれが熱と混ざる。一種の不快な雑味を強く神経に与えるが、構いやしなかった。
やがて血管が何かが合致する感覚を得てして、作業を終えた。こうやって別の肉で自分の肉として繋がっている間は、気分は悪いが失血は免れる。
自分のモノへと馴染ませ、神経、血管、皮膚を揃える時間は数時間ほどか。それまでのあの激痛が思いやられるが、その前に柘榴から手にしたビニール袋を渡された。それからトングでアレを掴みと、事前に床に敷いたビニール袋の上に置いた。自分の方へ手渡された方は、すぐに生肉ごと中に入れ、手首部分できつく縛った。そういえば、柘榴のあのブロック肉は尻尾用の贄だ。
「すまん」
「……何に対して?」
「色々」
「そか、色々ね、色々」
我ながら鈍い頭なりに、奴は少し不機嫌なことは分かった。
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