【瀬谷鶴亀/Appelknyckarjazz】1
自宅待機を命じられて数分後に、上司が自宅を尋ねてきた。初夏の始まりの始め、だが春の初々しいいさを過ぎて、四季の妖精が強かになる湿度の強い当季。クーラーを付けるかまだ早いか、それよりも柘榴の換毛期が鬱陶しいと口論していた最中に彼はやって来た。いつも通り涼し気な笑みと、まるで目を合わせることすら有難く思えと言わんばかりの圧で。
出会い頭に、部長に寄りかかっている青年が目につく。黒髪の平均的な身長、髪の長さで誤解しそうだが骨格としては男性だろうか。項垂れているが、時折こちらを見る視線はまだ光が宿っている。顔は変に赤らんでおらず青褪めている、性行為の名残というよりは体調不良によく見られる顔色だ。その青年が両手を手首ごとビニール袋に縛り付けられているが、下に赤褐色の液体を垂らす。
部長が部屋に入ってすぐ、彼を玄関前の壁に凭れさせる。青年を縛った袋を解くが、手首にはロープの代わりに肉塊が手首を囲っていた。
――肉
腫瘍、腫肉とも言い難い。試しに指で押しやったらほんの少しふるんと震える。ぷにっとして、美味しそうな色をしたピンク色の肉だ。
時々、そのから胡椒そのもののスパイシーを嗅ぎ取れる為、恐る恐る触った指で舐め取る。異様な、薬剤的な苦味が強いが、奥から直ぐに食材としての旨味の影がある。ほんのりとした塩気なら、揚げたてにレモンを軽く絞ったらたまらなく爽快に美味しそうな何かだ。
「唐揚げ、ですね」
「唐揚げだった、レンが体調を崩して食べられないと分かったから」
子煩悩なのか、ワーカーホリックのつもりか。完璧主義者かつ
大方、
「回復は任意で、エージを一度襲った理由とか聞きたいけど、生憎忙しいのと、私は尋問は禁止されていてね」
長い指で青年の頬を撫でると、冷えた指が心地良いのか大人しく受け入れている。誘惑に堪えるかどうかよりも、肉体的なダメージの消耗が激しいだろうか。外で見た眼光は薄らいで屍まで緩慢に見せられている気がする。
「拷問は除くと」
「心が悼むから駄目」
そう、上司なりには
尋問官という役職を無理矢理与えられた後は、部長から事細かに今日の後景を言い遣った。松山はこの青年からの襲撃に遭い病院へ搬送、ワンは発情期の為休止、Yは個人間の依頼で不在。蓮は学業があるため、そうやって消去法に暇を持て余す魔法使いの瀬谷鶴亀を適任としたらしい。なにゆえ、Yの依頼は松山が懇意にする人物からのもので、直前のブリーディングに傷を負ったらしい。そして主人の危機に駆け付け、肉を張り付けて拘束まで至った。が、個人としての仕事と、青年は毒が回ったか喋らせようにも呂律が回らないらしい。
唯一分かったのは、青年のコードネームはバレーナであること。〆に自分は粗忽者だと部長は照れ臭そうに笑っていたが、青年への馴れ馴れしい手付きで見え透いていた。
途端、部長は首都からの呼び出しか携帯を取り出して一人玄関へ出る。
つまりこれは、完全に押し付けられている。物音が気になったか、未だ家政婦気分の柘榴がゴム手袋を装着したままこちらを覗く。部長の声から機関絡みと言うのは理解しているらしいが、バレーナに張り付く肉塊を二度見してから漸く理解した。
バスルームから漂白の香りがする。あの香りだ、あれを血管にでも捩じ込まれたら、自分だって無事では済まない。
「この子どないなってん」
洗剤を飲んだら誰だって気分が悪くなる。それを動脈に直に入れられて、かつ不純物を捩じ込まれたらきっと身体は悪くなる。きっと、何かしら悪くなる、そこまででしか言語化出来ていないほどによく分かっていない。
仕方なくスマートフォンを取り出して検索エンジンにかける。「肉 合成 体調不良」はおんぞろか期待出来るような結果は出てこない。ここは無難にと「動脈 注射」を基軸に検索にかけた。
――物質の大きさにより末梢血管を詰まらせて最悪死に至る
――体内血液の酸塩基平衡の崩壊、最悪死に至る
――溶血を引き起こす
「……塩分濃そうだから、水飲ませば何とかなる」
「も少し丁寧に考えとき」
そもそも魔法使いに絡む者もそれなりの覚悟を持っているのだろう。だとしたら死の淵の一つや二つリアス海岸みたいな物だから、そこまで心配することもない。そう答えたかったが、柘榴が珍しく眉を顰めた為何も言わなかった。
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