3

蓮に呼び戻されることもなく、ゆっくりと瞼を開けたらしい。作業していた手がゆっくりと止まっ、て、次第に彼の輪郭が映った。次に天井の白が見えて、ピントは正常に。照明と時間か、あれよりも明るい肌と細くなった顎を持っている。血は、潮として静かに皮膚の中に閉じ込められていた。そうして、血の赤と何かの青が混ざった紫。ただ海底といった禍が縺れる、生き生きとは程遠い紛った生物の左目。ただ奇麗な紫の眼だ。


――これは


 だがこれは偽物、贋作だと、遅く理を解した。

 この位置はこの眼窩に嵌められている物は球体。まるで角膜のようにすべすべとつやめかして、まるで網膜のように幾何学模様をアートに見せる造物。まるで人間の視神経のように多彩をスレた脳味噌に叩きつけて、人間のように血と涙は溜まるだろう物。多分、未だに溜まるだろう、生命もどきの妖美、それ今日においても機能しているらしい。

 可動領域内の届かない腕を伸ばしかけて、我に返ってまた断面を水面に戻す。ただ綺麗だったとボートオールに短い両腕を揺らした。まだ思い出せる、寝起きには激しく、脳を刺すいろだった。下手したら下劣に変わる、危ういアメジスト。アメジスト、毒の虫、玉響たまゆらの紫煙じゃない破片。紫水晶だと、他人にそう思わせるために彼の目を付け直しただろうか。


「……ごめん寝てた」


 腕代わりに目でとらえても、色素の美が不理解に溢れてしまう。よくもこれでもあれでもああでも、彼はヒトに見合った部品を調達する。

 寝る前までは頭部を洗っていたせいか、見上げた先の蓮の上着は水飛沫がいくつかかかっている。ただ張り付く不快感より先に、目を合わせた自分への戸惑いかが瞼を動かす。相手があの話の聞かない野郎で目の前で無理解を振り翳されたとは言え、露骨に疲れただろうか。


「トリートメントまでしました」

「ああじゃすごく寝ちゃったね」


 ちょっとだけですよと彼ははにかんだ。そこまで濡れていないところを見ると、自分は寝たとは言え激しい寝返りはそうなかったらしい。常時、バランスを取りにくいこの身体はその分の軽さ活かして、洗髪機をよく使われる。シャンプーの濃いミルクとは違う、トリートメントの蜂蜜の香りがまた現実を呼ぶ。ただこれは彼のお気に入りと自分への理想だと気付いて、快感として誤らなかった。

 彼、と夢見と同じ姿で思い出す。蓮は自分のこの姿こそ分かってはいれど、この身の過程ゆえの顧慮を知る由はないだろう。考えたくはないが、この身体をどう扱うかよく理解しているのは彼だ。これ以上の少し先は、ハンディを越える。


「アイツいつ帰る?」

「今日中には帰ると」


 ならと、浴槽へ少し深く凭れかかった。平生分刻みの報告をする彼がその返事なら、まだ中間管理職と調教師としての仕事に追われている。調理は二人共行っていないが、昨日冷蔵庫に作り置きのタッパーは入っていたから、予測出来る範囲の忙殺。大方、瀬谷の回収か修理か説得か、彼については行動が常軌を逸しているから無理はない。魔法少年の件も、あれほど忠告したのにも関わらず部長の連絡がこれだと気の毒だが想像はつく。


――僕が出来ることは


 最早、ないものを見返して無い者として嘆く癖はとうになければ、凡人らしく感傷も薄い。風呂に浸かって覚醒の開花が心地よくて、嗅覚の覚醒を先に嬉しく感じる脳味噌だ。君の夢を見てしまった、眼球を彼に抉り取られて可哀想だったと感想を呟けもしない、そんな薄情だった。そんなあやふやな自分が、よりによってそれよりも不安定な彼に何を話すべきだろうか。


「面白い話、しよっか」


 不意に、口と喉がそうやって動いてしまった。年下の部下を持った瀬谷への何かだろうか。ただ何でもないとは言わずに、そのままくちを閉じて返事を待った。


「話というと」


 来た、と心のどこかで喜んで、次第に話したいネタが種から咽頭へ届く蔦に変わる。言ってしまえと、言いたい話題があれやこれやと出始めていた。それは高校生らしい彼の、彼の為の青春指南ではない。彼は及川という、性格も好きな人物も同じ多重人格者がいるらしいがその話題ではない。他人への好奇より先に、もっともっと伝えたいことがある。


「何か変な話ししちゃったし、ここは先輩として楽しい話したいね」

「先輩と言うと、仕事ですか?」


 理解が早いのは元々だが、つい笑んでしまう。


「前の麻薬事件、君にとって勉強になればいいけど」


 しかしだが、彼は、笠井蓮はこれから語らんとする事件にアルバイトとして、どのくらい関わっただろうか。

 その点も彼と語らいながら、耳を傾けよう。



【後書き】

https://kakuyomu.jp/users/potikura/news/1177354054887482537

こちらに別に参照しなくてもいい細く書いてます_(:3」∠)_


次から時間スリップします、留学中に書けるかは不明です_(:3」∠)_

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