201X年某日/ある些細な処刑人の聴覚情報

【前書き】

蓮の心情描写が浅いので新規挿入





 只今を以って、首都支局の代行として、この私、臨時精鋭班副班長による質疑応答を終了する。


 お疲れ様……喉を震わせなくていい、分かっている、「班長」というのは些か聞き慣れなくてね。

 周りから部長と言われ慣れていて、最初に私をそう呼んだのは……部下の、瀬谷って子だった。赤毛の可愛い子で、大腿部や耳朶の裏に黒子があったり……誘われやすい子だ。優秀だけど物覚えがあまり良くなくて、私が副班長だと訂正しても部長らしいから部長だって、そう呼ばれていた。

 君は質疑の初めに確か、端くれの残飯処理如きがと言っていたか……私にだって感情はあるとも、あれ程楽しくて平和な私の場所をそう言われちゃ、覚えたくなくても覚えてしまう。

 私は、君とこの感動と素晴らしさを語り合えないことを非常に残念に思っている。私だって不本意なんだ……本当に、悲しく思うよ。私は、君のような可愛い子と対面するのは嬉しくて、何を話そうかなど青臭く考えたさ、こんな残虐なことをするつもりはなかった……まあでも、可愛い顔を隠せないだけ良いかな。

 後生に一つ教えられることとしたら、人間に対する急速な人体破壊はショック死を引き起こす。だから、一度ではなくてゆっくりと切った方が死のリスクは避けやすい。

 今回のように指の関節ごとの裁断とインターバルを繰り返して繰り返して……そうやって丁寧に手順を踏まえることが大切だ。だがしかし願わくば、君の来世が平和なことであってほしいね。

 再三言うが、私だってこんなつもりではなかった、君と出会うなら雨の日に傘が擦れ合うような奇跡で居たかった……本当だ。


 だが君の言うとおり、扱いにくいという自覚は……あるにはある。確かに、私達は癖が強くて少々扱いづらい。例えば先程言っていた瀬谷は、優秀だから箍が外れやすい。

 君が脅しに言っていた体内で爆弾を生成する……ということも彼が聞いたら、今の職務を放り出してでも爆弾に会いに行くだろう……幸い、代々優秀な上司によって彼が殺人に手を染めることはないが、私は心配だ。

 ここに来た理由の一つに、彼が前に所属した職場の全滅があるんだ。これは同僚の脳内麻薬の過剰生成が原因で引き起こされたが、当時それに居合わせた彼は全員見送った。

 脳内麻薬の過剰生成と、その当事者の身体能力を把握して、彼は当事者以外の班員を救える段階だと考えて救わなかった。


 何故、それで彼をピックアップしたか? そう君の心が聞こえたけど本当かな? だったら嬉しいな。

 鶴の話はいつだってしたいのに、周りから避けられて避けられて………ああごめん、話を戻そう。鶴は当事者の魔法に何も関心は持たなかった。自分の知見では、それは解明した物に他ならない、対処可能の些事たるものだからだ。だけど、彼は同時に魔法に目がない。

 目の前で殴打される役員は皆恐れで理解できない感情的な恐怖よりも、大きな外傷を得ることによる予測不能な発見をするためだと鶴は考えて、そして止めなかった。

 当時私も立ち会いに来たが、話が噛み合っていなくてね……こんな話もあった。エージの計らいで親睦会を深めたその日、鶴が酔っ払って野良猫に話しかけていたりした、彼女たちに向かってハニートラップは良くないと宣っていてね……こうして語ってみれば、彼は本当に年甲斐もない。


 だが私だけ語るのは暇だろう? 読心術は大丈夫だ、執行まであと五分程ある、何でも聞いて構わないよ。


 私の、立ち位置か、手のかかる部下や上司、それと上層部の中間管理職……だなんて言うと格好付かないから、「部長」で良いかな?

 そう、私がさっき言ったエージがそれ。彼は寡黙、と言うよりも私も口があるかどうかも疑わしい程に喋らなくて、君が狙ったのもよく分かるよ。

 人形だって言われていることはよく知っている……実際その例えより程遠いほどわがままで癇癪持ち。本当さ、おまけに冗談も通じようとしない、社交界だったら一つや二つ笑ってくれるのに私の前では笑いもしない……だがおかしいことに、鶴と談笑していたことがあってだ……君は、私の何が間違っているか分かるか?

 本来健康というものは社会的にも良好なものであるべきであり……死活問題、悩ましい、痛ましい! 君は同じ職に就いたものとして何か上司に悩みはないかな? もしかしたらその類似した箇所を私は冒して……


 ……今の意志、言語化して良いのかな? それとも私の聞き間違いか?

 今君は「お前らは人間を駒としてしか見ていないから、何一つ理解できない」と、君は一度でも理性的にそう考えたか?


 ……そう考えたとしたら、残念だ




 ――予定より五分早くなったが、こういう時もある、気にしないで欲しい。処刑は恙無く行われた。

 レンにはまだ見慣れないと思うが、これは見ての通り、遺体だ。手筈通りに絞首を済まし、頭部の乖離、心臓も目視出来るように開いている。

 この様に、今は痙攣して動いているが、彼は息絶えている。


 彼の身柄については首都が拘束して、尋問を終えたこの後は私が処理を担当している。首都の端くれとして……こういった仕事は些か度し難いが、君の仕事は遺体から得ることもある。だから今回の訓練で何か発見出来たら嬉しいな。

 今回の身元と言っても伏せ字が多いが、彼は元は清廉たる異世界の某国の伝達者……と言うべきか。潜伏中に煽られてしまって任務を反故、寝返った国の糧として使用された薬物横行に斡旋されて、こうやって捕獲されてしまった。

 途中で裏切る侵略者は少なくないが、今回の場合は少々特殊で、一時の欲ではなく外部の計画的な阻害行為としてでも可能性……まあそれも、首都の手筈で私達はこういった、何でもない処理と事実確認をしている。


 今はこの通りだが、彼の証言は多少事実と異なった虚偽の情報を含んでいた。しかし極めて理性的な精神状態であったことから、多量の薬物摂取による事前の脳の損壊が伺える。彼が投与されていた薬物から見ると……記憶の改竄を無意識の内に行わせる寄生虫が体内に孵化された。

 これは摘出した後に詳しく教えるけれど、習性から見れば脳内に成虫が、胃にその殻が残っている。ゴム手袋を付けたら始めよう。


 ……彼はもうここにはいないよ。大丈夫、君が傷付けても彼は傷付かない。

 これは、私達の中で重要な証拠になるんだ。彼は暗黙知の中で双方から見限られて処理された……だが、ここにはまだ意思は生きている。確かに生体活動そのものは停止しているが、私達は彼の行動を暗愚ではなく、賢明な物であると証明することが出来る。


 レンは優しいな、彼はもう動くことはないのに。

 何も苦しむことはない。この内壁だって、彼はもう君と同じように苦しむことはない。君が受けているこの痛みは、息絶えた彼は受けることはない。この内臓を掻き混ぜられる苦痛、彼はそれを感じることなく安らかに眠っている。

 それでもまだ実感が沸かないなら、脳髄も擬似で出来るけれど……私はおすすめしないかな、今日の夕飯は唐揚げで、まだ下拵えが終わってない。

 柚子胡椒にしたくて塩麹で漬けたんだ、早く食べさせたいし、ちゃんとした状態じゃないと食べ物も勿体無い。


 と言うのは、父親のわがままとして、上司としてはそう焦らなくてもいい……ああいや、今回は寄生虫の寿命から考えて十分で摘出してくれ、そこまで進んだら今日の仕事はおしまい。


 ……震えているか。

 異世界人として、淫魔として、今日は何もしないよ、何もね。私にだって、レンとは場所を選びたい、こんな薄暗くて腥い場所、私だって敬遠する。昨日のようなところが好きかな、明かりがついていて、白檀の香りが混ざって丁度いい―ああ良かった、力が抜けてる。落ち着いてやればいい、切開で失血が気になるなら私は教えてやれる。


 ……なら良かった、君が聞き分けの良い子で本当に良かった。人間の価値観は私達にとっても重要な要素だ、それを何とか瓦解せずに、私も尽力する。


 それじゃ、随分時間が経ったが五分以内で終わらせるとしよう……これは、かれのこえではなくて、せいたいがしんどうしたおと、けいれんじゃないかな?


 ながくなったが、はじめよう。きたいしているよ。

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