第一章【ミスター・シンカー 上/10万字】

あるラブドールの談笑

 蓮君、ノエルエティって何してたか覚えてる?

 ああいや、瀬谷君とそういう話してる時にその単語が出ちゃったんだよ……あのね、すっごく魔法の中で大天才のすごい奴ってことはよく聞いてる。

 瀬谷君ってさ、魔法にこだわってるみたいで、僕みたいな一般人が口にするとあからさまに不機嫌になって。誰だったかなあって、今思い出そうとしてるところ……何か知ってる?


「『ラステラ』に最も近い男」……ラステラって何……終末の星の観測者、ラストステラ……それ瀬谷君の厨二病じゃない? ほらだって瀬谷君、変なゲームとか、ギリシャ神話とかやたら詳しいんだよあのポンコツ、変なこと聞いてない? 大丈夫? いや機関がそういうのつくるって事実もアレだけど……まあいっか、とにかくすごい人ってことで良いか。

 部長っていうか、飼い主にはあんまり聞きたくないんだよね、というか話したくない。こうやって「ワン」とか犬の名前で呼んだり、付け耳とか尻尾とか首輪とかって填められてるけど、あまりその気になれない。

 何と言うか、教えて欲しいってアレに請いたくもないというか……ああ分かる!? ありがとう! だよねえ……すっごい良い顔するしね、もう笑顔だし、お風呂とか今日蓮君がやってもらってすごく幸せ……ああ、いや、今のは口説いてなくてね。褒めてるのと現状の半分、僕だって一応一人でも出来るんだけど、あれ構いたがりだしさ。いつもいつもしつこい訳、だから今がすごく落ち着く。シャンプー上手いし……そこ、そこイイ、……あーそこ……そう…………さいッ、こう……ぅん……。


 身内の話ばっかりで思い出したけど、アルバイトから昇格おめでとう、松山から聞いたよ。

 大変だろうけど、慣れれてくると仕事って楽しいものだから、これからは社員として宜しくね。腐っても部長の部下だし、アレ仕込だから僕は期待しててね、君は認められたって自信持って良いと思うよ……うーん、違ったかな? すごく最近悩んでそうな顔したから、若いしそういう不安が大きいのかなって。


――よく、見てますね


 そうだよー、確か蓮君って情勢分析とかだったっけ、見るって点では同じような仕事とかしているんだ。勿論、機械の通信とかそういうのも色々やってるけど、ここ少数精鋭って名の人材不足状態だから、結構兼ねてやってる。その一つは……じゃあ最初に意外性のある奴、筆跡鑑定とか。書類とかまだアナログで保管してるし、筆跡って聞くとこの字の癖はあの書類と同じだから、名義が違っても同一人物ってあるでしょ?

 勿論そういう調査もあるんだけど、書いた書類をもっと細かく調べて個人を絞ることも出来る訳。筆圧とか、書いた時の角度とか筆跡全体の向きで、本人はどのくらいの筋力であり腕の長さや姿勢か、体調も推測出来るから案外細かい作業だったりしてね。

……どうしよう、瀬谷もこういう気分なのかな。後輩が出来るって楽しいからつい自慢したくなるかも、もう少し聞いてくれていいかな?


 ありがと、そういうことも僕の仕事だけど、今は専ら精神鑑定かな。プロファイルとかその類で、普通の人間相手にも、魔法相手にもやってる。厳密には、魔法を通して使用者の精神状態を伺うって作業かな。

 君には知らない秘密の場所で、そういう勉強をしてる人もいるって僕は聞いてる。犯罪心理学で言うならロンブローゾみたいな人もいて、そこで教わって貰ってるのが普通かな。

 僕はね、部長から教えてもらった、というか脅迫した。

 機関が僕をこんな姿にして、不本意にも部長に助けられて家で飼われてるって、前言ったと思うんだけど、だけど僕は犬じゃなくて人間だよ?

 そんないい歳した大の男か女か分かんないのに可愛がられて正気でいるのは無理だから、こうやって理性的な仕事もやらせてもらってる。まああっちも人で不足らしくて、利害の一致ってことで済んでるけど。


 ええと、確か精神鑑定の話だったね。そう、精神鑑定。

 僕は人よりも魔力とか見えるタチではあるから、実物とか見てるとどういう傾向かって慣れてきちゃって。例えば行方不明のAさんの自宅は、Aさんの魔力の動きが激しいってなると、Aさんは最近まで興奮状態に陥っていた。魔力の動きは電話を中心に騒がしいから、誰かと通話していた、とかそんなの、最後は精神かは微妙だけどそんな感じ。


 あとね、魔法にも出てくる時はある、落ち着かない時は魔力がどうしてもバラけるってことはある。これは魔法使いが訓練次第でどうにもなるらしいけど、たまにいるのが感情的に魔力を使って力任せで、魔法を使う子たち……機関では超能力者って定義されてて、これは『協会』所属とかの現実世界側で大きく見られるかな。


――子たち?


 そこで反応しちゃうか。子供はそういうのって万能感っていうか、強い力だって間違った認識で覚えて、大人がそれを利用するって構図が多いかな。

 機関って魔法使い至上! 魔法を使えないやつは駄目って感じがするじゃない? 超能力者って機関からしてみれば「ただの蛮行者、子供の遊び」ってイメージが強いし、それを教えないまま、本当の使い方を隠したまま、夢を与えて使い回す他人もまあ多いことだよ。


――俺は、超能力者でしょうか?


 蓮君、は、確か不眠不休でも働けるのが特異体質だね、それは超能力ではなくてただの体質だから大丈夫大丈夫。


――何も知らないまま、従ったことをこなす俺は彼らと同じですか?


 ……それは超能力者の定義ってより、君が言いなりかどうかの話かな?

 君は十分に自分の道を選んでるよ。君はここに残った、君はこの仕事を選んだ、どんな理由であれ、君は「知らなくても良い」ってアレの配慮から、知らない方が嫌だってことでここを選んだ。


 ……それでも浮かない顔するなら、とっておきの言葉言ってあげる。

 アレは手段を選ばない、君を本当に自分の代役とするなら、洗脳も厭わない。君は奴に選択肢を与えられた時点で、その線はないということ。

 普通に考えてみて、仕事をしなくても、あのまま高校生として生きても、高所得者との衣食住がほぼ無条件で暮らせるって、君は提示されたはずだ。才能があったとはいえ、君が選択するとは彼も思わなかったんじゃないかな。


――もしも、選ぶと分って選択肢を与えたとしたら?


 そうかも知れないと思って、蓮君は選んだの? なら、もう分かるんじゃないかな。

 あいつは、君からの裏切りを心待ちにしている、とかさ。

 だったら遠慮しないでがぶっと……いきたいけど……うぅ…………なんかすごく疲れた今日……いや、今は寝てないよ、眠いだけなんだ、寝てないよ……本当に……だって蓮君と話すの久し振りだし……5秒だけ目を瞑って良いかな?5秒だけ……


 …………………………やっぱあと30秒、良いかな?

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