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夢見心地にもなれないが、機関はファンタジーとリアルを情報で繋ぐ組織とは聞いている。対人情報収集があれば、電子工学に長けた異世界人を考慮した上での、電子情報収集もある。
異世界人から見れば、高度科学至上の世界は非現実的、甘美であり、また知性を持った餌か敵と見ている。そこから揚げ足を取るように、自らの利益の為に情報を獲得する集団、と部長から聞いている。そして、それ故に機関という現実的な存在が出来上がるのも無理はないと。「情報」、彼らはそれを欲している。悪鬼羅刹を討つか為るかの「魔法」とやらよりも、「どこかの世界の、どこかの国」の情報を主としている。どこかの空間では別の世界が併存されているが、彼らはそれを「国家」とも「資材」とも捉える。やり方は、もう手垢が付くまで使い回されたスパイ映画と大差ない。
とはいえ相手にしているのは、化け物ではある。加えて──彼らが糧であるはずの人間がここには腐るほどいるにも関わらず無闇に関与しない不可思議さもあるが──それぞれの信条として世界間の時点では認識のちぐはぐさはある。それ故の折半の至難さから暗躍は必然かつ、その「実態」を追求する組織に益が及ばない訳が無い。
故にこの世界を拠点としている以上、中立的な立場であれ人間寄りの組織ではと巡らした……が、目の前の部長によって一瞬に否定される。彼こそは人間に対しても、異世界人に対しても最も有害な存在だった。
帰り際、部長をじっと見つめる。金髪碧眼の白人男性。ハーフバックに崩しネクタイは外されている分、やや軟派な印象を与える。デフォルト、いつもより五歳ほど若めに設定されている。
時間はもう深夜の三時か四時辺りかと記憶しているが、眠たげな様子はない。ラフだが格好だけは計算ずくで整えている。いずれにせよラフは守るが隙は見せないということか。
髪の先から爪先まで、他人に怖じを生ませるために1ミクロンまで拘泥した造形がそこにある。
――むしろ気持ちが悪い。
完璧愛好者と称されるべきだろうか。仕事も同様に完璧に理解した上で、下請けの自分に裏付けの裏付けを取らせて、完璧を証明させる。対象者がアリで謎がアリの巣でも、卵の数から人口まで網羅しなければならない。
簡単だ、完璧を求めようとあたふたする人間を見るのも、部長は好きだ。だから無理難題を躊躇いなく押しかけてくる。
当の本人は、機関の部長としての役目を演じ終えたらしい。深い息を吐いて、父親のフェーズへと目つきを変える。
――違う
嫌な目つきを変えずして視点をこちらに向け、見据えていた。
何も変わっていない、未だ部長だと気付いた頃には、既に長い指が腕を捕らえ引き寄せた。いつの間にか距離が目と鼻の先にある。より近く、際どく伝う吐息に悪寒を出す猶予はなく、片手で顎をすくわれて口づけられた。
ふわりと、後に常時身につけていたコロンが漂う。肉厚の舌に反した、瀟洒で潔癖を表すシトラスの香りがするが、奴の一部として鼻腔を侵される。
顎から首筋に手を滑られ、喉元を撫ぜられた。爪を軽く立て、浮き出た骨をなぞればむず痒く、以前より鮮明に伝わる。爪が、多少伸びていたらしい。親指で軽く脈を抑えられると、呼吸を求め口が嫌でも自然と開き、舌の侵入を許した。
部長、養父とは頭一つ分に身長が違う。多少屈んではくれたが、それでも無理に背伸びさせられる。不意に内壁に舌が触れると身を震わしたが、身じろぐ度に腕は強く引き寄せられた。
舌は恐らく、異様に長く設定されている。蓮の舌と歯茎をいたぶる代わりに、舌先が喉奥に触れて丹念に舐め回された。嘔吐感、嫌悪の情に唇と歯を閉じようとすると、屈折して食道に入らんとする。嫌ならそのまま胃まで入る、と教えたいか、しばらくそれは続いた。
身体が揺らぐ、が、前後にはソファがある。奴に身を預けて倒れ込むのも、身を委ねようと後ろに倒れるのはどちらも考えるだけで総毛立つ。まだしっかりしていた両足で支え、背伸びで維持する。
それを部長は褒美としたか、舌が上顎を擦り、耳の穴に指を突き入れ水音を聞かせた。膝が崩れかけた。指でえづくのと何ら変わりない動作、不足した血液の酸素が駆け巡り苦痛が滲み始める。
恐る恐る、目を開ける。談話よりダイレクトに青の網膜に蓮が入りこむ。苦しみと混じり、それは海中の青として自分を閉じ込めていた。目が合えば、舌の筋が和らぐ。爽やかさ、清涼とは何一つの程遠い目が細められた。
ようやく唇から離されると、空気欲しさに浅い呼吸を繰り返した。息切れする喉は痛み、唾液が止まらない。ただ咽頭淫を施されるより軽度に、養父を父と認めないものとしては楽ではある。恋人風に可愛がられるよりは、ずっといい。
「……話す時は口をもう少し動かして、水飲む?」
口端に溢れた唾液を素手で拭われる。お前の気遣いなど必要ないと、黙って首を横に降った。
「普通に言え」
「言うだけじゃ聞かないだろう?」
自らまた口を拭えば、鼻からチョコレートの香りが抜ける。濃い味をした、カカオマスの、ビターを彷彿とさせる色香。風味が一昨日口にした養父の贈呈品とよく似ていた。部長は今の父親ではあるから、それもそうだろう。
部長、養父の口調は柔らかくなったが、それでも意地の悪い口調がチラつかせていた。一段と、眉を顰めた。
「父親は傷付くな」
「セクハラをご存知でない?」
「……何だかエージにも同じこと言われたか」
「上司に何してんの」
「そんな硬いものでもない」
何か言いかける間髪、部長のスマートフォンが鳴り出した。通常、そこで気を悪くするような人物だが、今日に限って一段と笑みを深くしては取り出した。
「運命共同体」
「だからやってもいいって?」
「もうプロポーズもされた」
「されてない俺はどうでもいいと?」
「ああ、今はこうも言えるな、婚前交渉だと」
「……死ねよ、お前」
ああそうと呟かれたが、残念そうよりも浮かれきった口振りをした。多少、用件はあるのか書類を提げながら先に退出された。
恐ろしく広い書庫に、自分だけが取り残された。一旦、誰も居なくなったのを再度確認して、ソファに深くもたれかかる。
肉体の弛緩を実感する。化物の血はあると言われど、嫌な者を目の前にしたら緊張状態には陥る。急に口づけをされたら勿論、余裕に受け身でいられることはない。
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