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「敵の動きとして考えるには、不自然な程に不利な状況を進めている。加えて、組織側も味方の人間に対して与える情報量が不足しています」

「魔法については用法は間違えていない」

「間違えているのは、正義か悪か辺りかと……正義の国も悪の組織も別世界には事実上あの世界にはない。

 ですがここには創作物として魔法少女があり、勧善懲悪として正義の味方、悪の敵等の組織を作る傾向にあります。異世界に無知であるなら、操るには十分な嘘の素材にはなりえます。その辺催眠誘導が可能かは瀬谷さんにお聞き下さい」

「随分と怖いな、そのまま信じた彼に嫉妬してる?」

「主観が過ぎていましたかね失礼しました……動きやすい、使えやすい点なら、松川以外にも替えの効く学生はいます。精神的な問題で男性に限られるのは、組織側の本音でしょうか」


 へえ、と間延びした声が、部長のくちから漏れる。

 無意味な発音は今日で初めてだが、品定めをする視線と前のめりかかる姿勢は変わらない。

 それに乱れまいと手を強く握り、気を紛らわす。

 相手を揺さぶる技能については、対象間の情報流通を把握する仕事についている以上は仕方ない。

 世界と異世界間の規模になれば、狡猾な手口を使う頭には、頭で対抗する他ない。部長は種族共々、感情と知性を持った者共を弄ぶプロに立つ。


――だが


 弄ぶと言うものは、あくまで上層部が用意した計画の上での他人の翻弄だ。確かな才覚と技能の上での余裕であり、決してフェチを満たすための道具ではない、はずだった。


 機関は名目と手段の性質上、やり取りを監視とも言える干渉に入らなければならない。


 魔法少年とその敵集団との状況を見逃した――言い換えれば、赤の他人の侵入者が用意した傍迷惑な箱庭――は機関に属する部長にとって、致命的な出来事である。

 ゴーレムの攻撃力は松川の証言通り、一般人が防げるものではない。知能のなさから運用するには難しく、そのまま公に放てば大惨事になる。


――笑ってるか


 だが、自らの立場を危うくする重大さに反して男は笑っている。自分の振る舞いによって笠井蓮小市民の社会的命運を影響させるこの男が、何一つの知らない訳がない。

 では何故か、と部長の目を一瞥する。答えはそこにあった。この場所で悩む自分を虹彩に映し見ているようで、全く見ていない。


「……気になるのは汚染が進んだと言われるその他です。特に水木、土御門の二人、ストローの包装紙と紙カップから、手形に不相応な量の付着が見られました。松川は性格的な問題で省かれ、他の魔法少年同士で話し合いがなされている可能性があります。

いずれにせよ、ポルルンとゴーレム集団敵対関係にあるとは断言しきれません。

 敵としての合理的な行動、味方としてするべき仲間への配慮の欠如は強い違和感があります。結託していた可能性を考慮して、周辺の調査は続けます」

「ならまた来週か、お疲れ様」


 小手調べにしては上々と言いたげに、傍に重ねられたうちの一つの透明なファイルにしまう。

 このファイルが何処に行くのかは分からない。

 調査は瀬谷から渡された簡易的な検査キットで調べたが、どういった濃度か成分かはまた専門の他人が調査する。部長が聞く限り、少数精鋭の域を未だ抜けられず、当初から魔法調査の担当は変わるという話を聞かない。


――そもそも、魔法があるかどうかも分からん


 それが今の自分にとって正直な意見である。

 非日常的な衣食住、家庭、心身環境、そして非現実的な事実を調べても実感が未だに沸いていない。蓮自身、化物の血が混ざり、極度の不眠体質持ちであれ、近くに起こるファンタジーには歓喜が起こらなかった。


――夢のないアルバイトだ


 異世界に対して、ただ生きている者共に起こりうる、対人心理に徹したからに尽きると自嘲する。


 例えば、「AとBが喧嘩して、Bがどこからともなく火を出してAを燃え尽かせた」を依頼とする。瀬谷のような魔法専門はBが得た魔法について手法とルーツを調べ上げる。

 だが自分の場合は、何故ABでのトラブルが勃発したか、を焦点に当てるのがメインであった。

 加えて、差し出されるものは、調査と言っても存在そのものに希少性は低いものが多い。今回も例外に漏れず、部長の所属する支局が些事だと判断して、ここまでわたってきた。


――だが


 あるはずもないゴーレムと一般人とが戦っていた。自分らの監視下で密造していた可能性もある、というのは重要な情報だと見える。

 ただ大したことがないと判断を下し、自分のような下っ端に明かされているのは、それだけの価値しかない。大したこともない調査を徹底的に強いられ、苦労して作った物はどう行くかは知る由もない。


 ただ部長が何一つの顔色を崩さずしてスムーズに終わらせた時点で、取るに足らないと判断されている。

 つまりは徹底的に予測範囲内であり、究極にどうでも良かったことが確実であった。


 だが、こちらが不透明に終えて一旦区切るとしても、また一週間くらいには追撃が来る。

 どんなに価値のないものでも、上司の声と指先一つで齧り付く犬としていなければならない。


「レン」

「何です?」

「君に提示した内容は『強欲国からの侵入者』及び『多大なる愛国者』の関連性が非常に高いとされている……君は、その推察は正しいと思うか?」


 逆らえばそれなりに仕置が酷くこびりついてくれよう。


「結論から、その可能性は高いと考えられます」

「根拠は?」

「前提として、人間に多少の危害を与えているのであれ、それらはサブカルチャーとしての危うさの再現と考えられます。松川の話を聞く限り、モンスターと指定されている怪物は質量共に殺傷力はあります。然しながらその時点で彼らは攻撃に耐えうる汚染がなされている。つまり段階的に肉体を強化していることで……『怠惰』、『色欲』、『憤怒』攻撃的かつ牽制的な国家とは考えにくいです」

「一つ補足するが、『怠惰』と『色欲』は確かに牽制的な態度の『憤怒』とは同盟を結んでいる。だがこの二国は新興国と改革として知世として不安定な状況にあるからだ」

「覚えてますよ、ただ力関係として『憤怒』と協力的になることは有り得るかと思われます。それに依然として二国がその状態なら、彼ら単体が異世界であるここに介入する程ここに旨味を覚えているかは疑問です。彼らは内部の状態さえままならないのですから」

「では君は、この三国は『憤怒』主導の元で危害や牽制を加える目的ではないとここに赴く意義がないと」

「そして聴者の状態から彼らが関わっている線は薄いと考えます。

異世界からの大国においてここと積極的な交渉を希望する国家は『強欲国』と『暴食国』があります。しかし魔法の自由度から、統合を強く押す『暴食国』というよりも」

「ああ、また間違えたな。暴食は『統合』ではなく『統一』を旨としている。『統合化』は強欲国だ」

「……なので、消去法として個人の魔法の所有を可能とする強欲国かと。

第一として直接接触が出来る俺がすぐにコンタクトにある状況にありました。多少の隠密行動とはいえ、『秘匿』行動ではないと考えます」

「『機密』でも良いのではないかな。君の幸運で見付けられた、というところで」

「……今回の例が山の奥地の場合ならそうだろうと思いますが、今回はかなり限定的かつそれ故に調査が早かった。なら『何者か』は、わざと知られる為に接触したかと思います。

強欲国は魔法の研究がかなり盛んに行われていることから……『一般人の魔法の育成』、『同業者に見つからずに隠密行動をする』、この2つを成功させている。だとすると、ある種の誇示を機関に示す目的で『何者か』が接触したと考えられます」


 そう、逆らうってはならない。彼にとって、人の人生そのものについては玩具の引金に等しい。人を殺す罪悪なく、硬さもなく柔く気軽に弾いてくれよう。そうして、気に食わなければ額に穴を開けては理屈の縫合を趣味とする。


「ではこれを『私』ではなく君に依頼された理由は?」

「……弾除けですね」


 それを人は嗜虐と言うらしい。その引金に類する言葉は退屈しのぎ以外の何物でもない。故に、丸腰の怯えようを楽しんでいる。

 

「──良い断定だ、成長したな」


 それでもどんな暴虐であれ、逆撫でを愛撫と媚び諂わないと何処も生きていけない。

 目の前の相手が、父親の顔を持った上司であるなら尚更だった。

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