7
「
先手と、踏み込み様子を伺う。大胆に抉られた室内は駄々広い。ほんの少しばかり差し込む穴からの紫外線じゃどうにも陰気臭さを死滅しそうにない。
理性を侮蔑するかの様な異臭、海綿体の吐き出しがむわり漂う。天蓋は最上階の天井そのままか、異様に高いが通気性は悪い。初夏の季節の中に、夏の不快指数、一生分の性行が凝縮する。
それを敢行するは、喉という振動を出すかつて雄と呼ばれた肉の塊数体、そして半透明状の何か。形容するにも間抜けな物しか思いつかない、大きなわらびもち、瞬間接着剤。
意思を持った水。
――それは
脅威だと、最重要として叩き入れた。
人間が急所とされる器官すら、アレには持ち合わせていない。単一な物はまた単一な物を迎合して繋ぎ合わせる術を知っている。水も、その一例に過ぎない。
――これがか
体長は目視三メートル、幅は測定不可能。機関が定義する異世界の不定形よろしく、それも内臓と呼ばれる機関は見当たらない。
外界への防音は振動の調整、あるいは不定形の持つぶよぶよした物体からなる断音とも見えた。建築学には門外漢にせよ、中が詰まったものより空洞が脆さはより高くなる。
その点での自らの身を使っての補強も蓋然、その傍ら補給活動をするのも易しいことだろう。
――それを独断で?
独断で、やったと言うのだろうか?
機関は、異世界に存在する大国同士の国際法も周知する。
その中の一つ、怠惰国建国の条件として『君主は現実世界への不可侵』を掲げた文書を確認している。
現怠惰国君主、群雄割拠の覇者として御座すレジィ・ンイブロが不定形の原理を変えた存在。彼が手につけた同種は、皆高い知能を持って人格を形成させた。
人格、思考、形而上における概念を皆無と思われる個体に植え付けた可能性は計り知れない。極まった栄枯盛衰に立たされる。
現実世界の海は、彼らの武器に他ならないからだ。
――どうしてこんなものを
脱走させた、みすみす見逃したのだろうか。
不定形が単一な構築であるための瓦解方法を魔法使いが知っている、だから安全ということはない。
自らの一声で撹乱音は静まったが、肉に対して動かす挙動は止めない。それなりの動作、及び人間の役職を識別できる機能はあるらしいが、人間を離そうとしない。
柘榴と共にいた際は、不定形がまだ知能の低い段階でも可能な機械的動作だ。
だがもしも、彼がこの行動を独断で取り、人間に一切の不審を抱かせずに行動したこと。しかしてその行為は無意味であるが――だがその繊細たる行動が、確かな計算と意思としての扇情。
「
頭部と思わしき部位はあるか、巨体の周りを歩くが反応はしない。
だが最低限のおさめている。自分が彷徨っても無闇に攻撃しない、傾聴、そして遂行、ならばある一定の知能はあって然るべきか。
――しかし
それと同じく、一点の異質。
柘榴の時も想像していたにせよ、視界の暴力は凄まじい。
目にした者にすら精神的に強姦をいとも容易く行う。
この休日において、魔法少年らは松川を除いて集合して、絡み合っていた。
よくわからないことをされ、よくわからないことを言って、よくわからないが、よくわからない。本当にこんなものをサブカルチャーは受け入れているのだろうか。脱がされ、喘いで、よくわからない。
よく、わからない。
性的な暴行を丹念に受けている、半透明の物体のお陰で、中年男性に見られるはずないものが克明に見える。次第にどこか上司の顔を思い出して、更に深い理解を脳に追求しなかった。知らなくても仕事に支障ない。知ってしまった方が支障になるだろう。
――精力の変換、式、は
詠唱も終わりに近づいている。吐き気のする口上ではあるが、静かに聞いている以上はこちらも手出しはしない。
先月採取した、松川の死骸、不定形の欠片から利用した呪縛。形式としては自分独自のものとまだ知る由はないか、ぴくりとも動きやしなかった。
「
まだ、大丈夫だ、声は震えず、怯えず。モーションの一つも見えない。
「
文字の代わりに、血。噴き出して、地を汚した。
口内から鉄錆の薫りが溢れ出る。湛えて滂沱して、留まることを知らない。
ゆっくりと、痛みを発する箇所、下腹部の右端に目を向ける。半透明の何かが貫いて、表面を
『黙っていれば死にやしない』
不定形は、狂信者らしい。
傷口から差し込まれたそれで持ち上げ、打ちっぱなしのコンクリートの壁に叩きつけられる。
俊敏な速さ、と感じる前にめり込まれ、肉骨が歪んだ。壁の前に骨に亀裂が、不気味に柔らかい傷の不定が腰から巻き付いて、幾度か壁に向けて殴打する。
楽器の音が聞こえる。壁に張り付いたペンキか、自分の髪かも判別できない。だが広がっていく一方ならそれは血だと、がんがんと、じゃぷじゃぷとなるまで執拗に叩いては擦り付ける。
それの締付けは強く、肢体は既に折る音を喪った。が、言葉どおり死なせる気はないらしい。頭蓋骨の亀裂音はしない。まだ自由に動く足を使ってもがくが、また一本が耳孔を滑り込ませた。
鼓膜を貫かないが、この先は修正が難しい器官、内耳がある。ぬるぬるとしたにくたいを往復して、教え込ませ、再度頭を叩き込んだ。
――聞こえない
しつこかった未成年の肉声がぼやけ始めていた。
吐き気と同時に三半規管と脳を貫いて、警鐘を鳴らし始める。痛い、との限度を超えている、ただかすんだ意識が苦しい。
行動の治まりに満足したか、縛り付けた触手が緩み、地へと倒れ込ませた。滴って水溜りになった血は、気色悪いほどに温い。
その鏡から自分の顔を覗く。頬から歯茎がよく見える。骨肉が歪むどころか、貫いていたらしい。黙ってくれと言わんばかりに、そのまま口元まで割いた。
恐ろしい程に落ち着いた動きで、捨てられた。
生暖かい息が、頬から通過する。その為の治療魔法は分かる、が、人間の本能か何かか、喉が収束している。仰ぎ見て、不定形は様子見にふらふらを視界を邪魔するが、攻撃の素振りは見えない。
壁に目をやる。あの血飛沫をつくり上げた人間がこれだとしたらアレが安静にするか見守ろうが、抵抗は出来まい。
ごろんと、楽にしようにもあちらこちらが創痍に満ちている。そして血を流す。
生存を強いられながら、短い出来事を反芻する。自分の油断から隙を見た攻撃。
腹部を貫いて、叩いて、叩いて、叩きこんで
――叩いただけか?
叩いただけだ。そんなものは低知能でもできる。
「
口より先に身体が動いた。舌はまだ機能する、その前に血で溺死しないかどうかだ。
先程の束縛で不定形本体の成分は付着された、そこに飛び散ったであろう水たまりを一度舐める。まずいが、人間の体に染み入る。
出血量は多い、加えて外傷もだが、足だけは動く。外に吐き出された血を、骨折した箇所に当てる。そうして一時的な回復を施そうと巻きつける。
「
傍にいた不定形、一つの触手の猛攻は首を狙う。その位置は人間を制圧するには理想の手だ。純粋な思考は興奮して、そして返したくなる。
頬から口に滑らせるような迎合を、それを実現させて、噛み砕く。この動作には予想はしていなかったか、食べやすい食感と嚥下を果たす。
「
内部の触手が反抗される前に、肉体が食物ととろけあう。触手は、生まれて初めて食べたかも知れない。
何故体内に取り込めるか、この量は致死だが、触手自身も殺すつもりはないのだろう。
「
だけどそれじゃあ、全く人外ではないのだ。
――――――――――――
引用文
死刑囚最後の日(原題:Le dernier jour d'un condamné)
原文(仏語)
http://lettres.ac-rouen.fr/francais/dernier/dernier1.htm
和訳文(訳:豊島与志雄)
https://www.aozora.gr.jp/cards/001094/files/42610_31517.html
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