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 不定形人外、俗称スライム、ゲル、それが今回の魔法少年の根幹に関わる異世界種族と思われる。


 通常古来から伝わる神話は、人間や動物のから神仏魍魎のフォルムを作り上げる。蛸は海の悪魔、山羊もまた悪魔の象徴と、大いなる物といえど肉眼で判別できる物からイメージされる。

 対してスライムという概念は、元は粘液細胞からの派生によるものとされる。顕微鏡等の人間が作り出した物理学の内光学の発展から、人の目で観測できた物体。化物として生まれることは必然的に早く、神話上で不定形らしき物は今も確認されない。

 神と違い語られるエピソードはなく、その為かフィクション上における強弱は作品各々異なる。爆発的人気を誇るRPGゲームの影響により脆弱なモンスターとして扱われているが、最初からそうではない。むしろ現在確認される起源に近いスライムの能力は物理攻撃を無効、酸化、増殖可能と極めて高い。


 現実世界の創作は自由故に、常に不定の存在となる。だが異世界に存在する不定形の場合は――その初期の創作物とよく似ている。構成成分を極限にまで減らし、魔力を養分にすることによりどこでも生殖を可能とした姿。その構成要素の少なさにより知能は低く、魔力の糧として捕食対象にされる。その様子から『猫に小判』と同義の『スライムに杖』等との俗諺が異世界にも広まっていた。

 しかし今のあの世界には、進化の末に知能を持った不定形が誕生してしまった。経緯はどうあれ機関が『大罪国』とラベリングされるまで高知能化した不定形個体が一国を統べている。


――強欲ではないが


 不定形が一国を統べたのは『怠惰国』、正式名称ンイブロージャ。それはさておき、高知能不定形の増殖につき、それまで利用する立場にあった他国も考えを改めた。類まれなる魔力含有量、魔法学を牽引する強欲国も彼らを迎え入れた。

 ただの人間一人が行う魔法とは比較にならない。彼らの脱走、そしてその能力の暴用はたかだか自分を含めた二人で制圧は本来無茶苦茶な命令だった。

 魔法少年の集合場所に向かう間、電車にて役員に懇切説明を施して納得させ、携帯類を預かった。集合場所から近い公衆電話は一キロ程離れている。建前、だが想定できる脅威として不定形からの電波ジャックと嘯いたが、上司の連絡を遅らせたかった。

 役員には廃ビルの前で待たせるかたちをとらせた。緊急事態には呼ぶが、基本的には自分が行動する。目安として五分、五分帰る様子が見られなかったら死亡として連絡しろとも命じた。彼女は了承こそはしたが、二言三言、自殺行為なのに愉しそうだと茶々を入れた。

 不謹慎と、先輩のように静かに窘めた。


――ん?


 そこまでは計画通り恙無く行われていたが、何かの違和感が視界からせり上がって来る。

 日の光を一切ささない暗い闇に、ビルとしてあるはずの階段、それらすべて一段一段総崩れに、いや、何もない。段が礫として山積みにされ、キープアウトと遮るテープの粘着面には白い粉がへばりつく。

 中での暴動、魔法少年らの身の安全が危惧される。ひとまず中には入らず、また吐き気のする視認に頼ったが、死滅せずに活性化が見られた。眼球の負担で闇が土留に変わる。そこからきらきらと階段ではなく右折する魔力、光の屑。それに導かれて中へ一足踏み込む。


 壊れきったセメントの擦過音、白く汚されるスニーカー、燦爛する魔性。

 途端、冷え切る室内。


 当初柘榴と向かう頃にはドアがあった一階の扉すらない。

 音が聞こえる、音が、いや声が。

 叫びではなく、雑音の、男の、子供の声、騒ぎ、障り、それら右耳に鮮明に。水音も刺す。

 あの音と声、視界に入れようと拒んだ物が遮る物ないいま、騒がしく夥しい。


――確か三階だったよな


 一夜にして内装すべていてしまった、ということだろうか。

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